第24話:常夏の海とサービス回(逆)
翌朝、第11層に突入した俺は、10分もたたないうちに外套を脱いだ。
眩しい空を見上げ、外套を引っぺがし、さっきまでは影を作ってくれていた、今は汗に濡れて鬱陶しい前髪を払いながら、俺は呪うようにつぶやいた。
「なんで真夏の海なんだよ……」
真っ青な空と、同じ真っ青なのに少しだけ違う色の海、そして砂浜。
見渡す限りの常夏の海がそこにはあった。
盗賊丸出しの黒装束にはあまりに酷な環境だ。
アニメなら水着回待ったなしである。
「気持ちは分かるけど脱ぐ前に一言断りなさいよ」
俺をとがめながら、シャルも外套を外す。
確かに、汗みずくになったシャルの肌に張り付く白い装束は目のやり場に困る。
いつも通り腹の立つ言いざまだが、今回は内容の正しさを認めなければならない。
何より、王女が先程から、指の隙間からちらちらと俺のほうを見ている。
俺は無言で外套を着直した。
さすがに王女にいらん性癖を開花させた罪で女王に処刑されるのはごめんだ。
「……」
えっ、着ちゃうんですか? とでも言いたげな、心底残念そうな目で見てくるのはやめてほしい。
切実にやめてほしい。
今日こそはここを突破すると気合を入れ、第11層に突入した勇者級冒険者6名は、前方を進む4人組に気づくと、しばし呆然と立ち尽くした。
彼らの視線の先で繰り広げられる光景は。
「《虚空斬波》! 《虚空斬波》! 《虚空斬波》! アーッハッハッハ!」
盗賊然とした装備の少年が、高笑いしながら、一般に剣士の最後の切り札と言われる大技を連射し。
「お姉ちゃん、HP回復薬まだある!? 王女様がきつそうなの!」
「はい~!」
「王女様、ごめん!」
「ぴぎゃっ!?」
「フェイトもどうぞ~!」
「ありがとうございます!」
少年の後ろに続く少女たちが、HPが減った仲間の頭をHP回復薬の入った瓶でしばきまわす狂気の光景。驚きを見せる銀髪の少女はまだしも、しばかれて爽やかな笑顔で礼を言う少年は、あのキチガイ集団の中でもぶっちぎりでイカレている。
しかも回復薬で殴られた銀髪の少女はよく見れば王女ではないか。
せめて王女にだけはちゃんと丁重に渡せ。
「……」
剣士の男が何かを言おうとし、開いたままだった口を一度手動で閉ざしてから、再度口を開く。
「ダンジョン・ディガーの狂気は伝染病か何かなのか?」
「……かもな。まあ、あまり気にせず、行こうぜ。今日こそは」
戦士の男がすくめ、歩き出した。
「そうじゃの。老い先短いわしを連れて、無駄な時間は過ごせんじゃろ」
老魔術師の言葉に、他の者も足を踏み出す。
彼らには、第11層を、その先の第15層を突破し、いずれは迷宮を踏破して世界を救うという目標がある。
老魔術師の言う通り、彼らには無駄にできる時間などなかった。
「参ったな……」
俺は1時間もしない頃、第11層の2割ほどを更地にした段階で、足を止めた。
ここは、第10層までの俺の戦術が通用する場所ではない。
これまで俺は、洞窟の岩壁や、森林の木々をなぎ倒し、更地にしながら進んできた。第11層の2割ほどにあたる、岸壁部分もそうした。
それゆえに不意打ちを受ける危険は全くなかったわけだが。
「さすがのフェイトも、海は更地にできませんよねぇ……」
メトが恐る恐るといった様子で確認してくるが、まさにその通りだ。
俺は『そこにある』ものを破壊して更地を作ることはできるが『地面がそもそもない』海を埋め立てるような魔術は覚えていない。
そして、海の近くを通ればトビウオのような魔物が飛び出して体当たりしてくるわ、クラゲが水上を浮遊して触手のトゲをぶっ刺そうとしてくるわ、ヒトデが手裏剣のように飛翔して首を狙ってくるわ、あからさまに人間を食ってる形跡のある巨大なホタテがそこら中に転がってるわ、人間など余裕で両断できるハサミで威嚇してくる甲殻類はそこらじゅうの砂から這い出てくるわ、超巨大なイカなのかタコなのかもよく分からないクトゥルフみたいな緑色の怪物が触腕を伸ばしてくるわと、第10層までが子供の遊び場だと思えるレベルで殺意しかない魔物が総出で歓迎してくれる。
挙句の果てには、第12層へのポータルにたどり着くには、両側を海に囲まれた狭い道を通らなければならない。
せめて魔物の殺意がもうちょっとゆるければ無視して突っ切り、次の層に向かうという手もあるのだが、さすがに手詰まりを認めざるを得ない。
勇者級冒険者たちがここで足止めを食っているというのも頷ける状況だ。
30年前にはこの海を突破して第15層に到達した英雄がいて、100年前には第30層まで辿り着いた戦乙女がいるという話だが、それらの偉人たちが今の俺よりはるかにレベルも熟練度も下だったというのは、なんというか、偉大というよりは、はっきり言って狂気の沙汰だ。
※無論歴史上の偉人はこの男のように《誘引剤》の大量使用などしていない。
「フェイト様! 伏せて!」
思考に没頭していたせいか、周囲の警戒がおろそかになっていたようだ。
轟雷を纏って突っ込んでくる、電気ウナギLv99(仮)を短剣で突き刺して受け止め、魔導書によって無駄に熟練度が上がっている剣士のスキルに物を言わせて生きたまま背開きにする。串に刺して、酒や砂糖、醤油に似た味がするこの世界の調味料を使い《紅蓮の剣》の強火で丁寧に焼きあげれば、素人がやったにしてはまあ良いのではないだろうか、という程度ではあるものの、ウナギの蒲焼きの完成だ。
「ナチュラルに料理したわね、魔物を……」
「フェイト様って、時々、いや、しょっちゅう奇行に走りますよね」
「いつものことですよぉ?」
外野が何か言っているが、今の俺はそれどころではない高揚感に満たされていた。
ウナギの蒲焼きは俺の生前の好物の1つであり、ウナギが絶滅危惧種に指定されていたがゆえに、何となく食するのが気が引けるとかいう理由で徐々に口にする回数が減っていた料理だ。
まさか別世界に放り出されて食う機会に恵まれるとは思わなかった。
「……そうか!」
焼きあがった蒲焼きを切り分けて仲間たちに一串ずつ配り、自分の分を一口食った直後、孤独の女神の天啓が下りてきた。
「あ、閃いたみたいですぅ」
メトが蒲焼きをかじりながら微笑む。
そうだ。確かに俺は閃いた。きっと孤独の女神の思し召しだろう。
地形ごと吹っ飛ばせないなら、ワシントン条約が裸足で逃げだす勢いで乱獲すればいい。
(あなたの中で、私は邪神並の悪神なのかしら?)
孤独の女神は冗談もうまかった。
世界平和のために魔物を殺すことが悪行であるはずがない。
俺は魔物を殺す。
殺して殺して殺して殺す。
ただ、孤独の女神の思し召しのままに。
(だからそんなの命じてないって……あなたが楽しいなら、いいけれど)
超楽しいです。女神様。
「作戦は決まりました。職人ギルドに道具の作成を依頼します」
ウナギの蒲焼きを平らげた俺は、地上へ戻るポータルに引き返した。
ちなみに、魔法の果物のように能力は上がらなかったが、雷耐性と雷属性攻撃倍率が増えていた。事実上、魔導書二冊分である。
「おう、ダンジョン・ディガー。今日はずいぶん早いじゃねえか。第11層はさすがのお前さんでも一筋縄じゃいかねえか」
数時間後、職人ギルドを訪れた俺は、ギルド長に皮肉ともとれる軽口で迎えられた。返す言葉もない。海という環境、ただそれだけでここまで手詰まりになるとは、予想していなかったのだから。
「で、何を作ればいい」
続いたギルド長の言葉の意味を、俺は理解できなかった。
困惑する俺に呆れたように、ギルド長は肩をすくめて続ける。
「顔に書いてあるぜ。第11層を突破するために何か作ってほしいんだろ?」
なるほど、熟練の職人であるギルド長は、相手が何を求めているかすぐにわかるというわけだ。俺にはこういう人間力とでも言うべきものは全くないので素直にすごいと思う。
「概ね、こういうものを作っていただきたいのです」
俺は地上に戻ってからの数時間で用意した、急造品の自作図面をギルド長の前に広げた。
「針金を束ねてより合わせた紐を格子状に組んで、金具で止めて、そいつを水上に張っておいて、同じ紐を大量に水中に垂らす……。何となくやりたいことはわかるが、やはり素人だな。魔術を使う前提で、こっちで図面を書き直すが、構わねえな?」
さすがはプロの職人。俺がどういうものを作ってほしいかはほぼ伝わっている。
ならば、必要な要素を強調しておけば、あとは任せていいだろう。
蛇の道は蛇、餅は餅屋。そういうことだ。
「はい。十分な強度と、雷撃を通すこと、そして大きさ、この3つが満たされるなら、細かな部分はお任せします」
俺がそう言うとギルド長はにやりと笑った。
「いまので大体わかった。任せとけ。だが数日かかるぞ」
数日か。適当にレベリングでもして潰す……しかないだろう。
「よろしくお願いします」
頭を下げて職人ギルドを後にした俺は、明日からの狩場をどうするかを考えながら仲間の元に戻った。
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