第23話:願いはいつも世界平和
ギルドに《バスターランス》を供与し、第10層でのレベリングについて冒険者たちへの共有を頼むと、ギルドマスターがその実行を確約してくれた。
第5層でのレベリングも、勇者級冒険者が駆け出しに方法を共有して以降、ギルド側でより効率よく回るよう取り計らってくれているようで、なんとも嬉しい誤算だ。
そのまま第10層の突破を女王に報告すべく謁見に向かった俺は、謁見の間に入るなり光の速さですっ飛んできた鬼の形相の女王にマウントポジションを取られてフルボッコにされた。
そこまで怒らせるようなことをやったか?
「フェ~イ~ト~く~ん? なんでレイアのHPが残り8割まで減っちゃってるのかなぁ?」
やってた。
王女のHPを回復させるのを忘れていたせいだった。
女王の笑顔が怖い。
「殿下には《虚空斬波》を使用していただいていますので、それによる消耗です」
とりあえず敵の攻撃を受けるようなへまはしていないことを強調していた。
だが。
「使わせたの? HP消費技を? レイアに? こんな満身創痍になるまで?」
は? 殺すが? とでも言いたげに、女王の圧はむしろ増す。
HP8割を満身創痍と表現するほどに、この世界ではHPの喪失は禁忌だ。
自らHPを減らすスキルの行使も、相応に忌避されている。
知識として知ってはいたが、認識としては甘く見ていたということを認めざるを得ない。
後ろの仲間に助けを求めて目を向けるが、メトもシャルも無言で首を横に振る。
二人にも、どうにもできないらしい。
「よし、処刑しよう♪」
ざんねん おれの ぼうけんは ここで おわってしまった
「待ってくださいお母様!」
そこで声を上げたのは、王女。
「レイアは何も気にしなくていいのよ。痛くて怖い思いをしたでしょう? 今日は美味しいものを食べてゆっくり休んでちょうだいね?」
女王は王女に対し、やや過保護な母親のように接する。事実母親ではあるが。
HPは3割喪失でほぼ失神確定らしいので、8割まで減っているというのはこの世界基準でかなりの痛手だろう。それだけ傷ついた娘を見れば、さもありなん。
「痛みも恐怖も、この悔しさの前には些事です!」
しかし王女は、母親の手を払いのけて叫んだ。
「私は、戦乙女の似姿を借りながら、その力をまるで生かせていない。フェイト様の強さを目の当たりにして、それを思い知りました。だから、HPがどれだけ減っても、痛くても苦しくても怖くても、必ず、フェイト様の強さの領域まで辿り着きたい! そのために、私はこれからも《虚空斬波》を使います!」
なんだかかなり買い被られているような気もするが。
なんにせよ、やる気があるのはいいことだ。
というか、このくらいやる気が無かったら足手まといとして返品している。
「レイア……あなた……」
王女の慟哭にも等しい叫びに、女王は面食らったかのように2歩後退り。
そして、そっとその頭を撫でた。
「わかったわ。だけど約束してちょうだい。HPが9割を切ったら、必ず聖術で回復するか、HP回復薬を飲むこと」
それは、少々過保護ながら、しかし確かに王女の身を案じる、母親としての女王の言葉だった。
だが、それに対する王女の答えは、首を横に振ること。
王女は、既に覚悟を決めているようだ。
「それはできません。剣士にはHPが半分以下になるとすべての能力が3倍になる特性があります。まずは、HPが半分の状態で通常通り行動できるよう、痛みに慣れる事から始めたいのです。戦乙女に恥じないために、私はあらゆる手を使うつもりです」
剣士の特性はとにかく攻撃的の一言。自分でHPを減らす強力な技を連打し、それで火事場スキルを点火してさらに攻撃性を増す。
もはや狂戦士に改名したほうがいいレベルの攻撃特化ぶり。
そんな職業を、聖術師との組み合わせとはいえ、戦乙女などと呼ばれる女性が使っていたというのだから驚きである。
その狂気の特性をも生かしたいと叫ぶ、ある意味戦乙女の正しい後継者の姿なのかもしれない王女の覚悟に満ちた姿に、女王はやがて、ゆっくりと頷いた。
「分かったわ。……無事に帰ってきてくること、それだけ約束してちょうだい」
それが女王の、最大限の譲歩だった。
王位継承者である第一王女に死なれるわけにはいかない、という事情もあるだろうが、それでも、俺の耳にはそれは子を案じる母親の言葉だと思えた。
「はい。お母様」
そして王女と女王の感動的な和解を経て、謁見は仕切り直しとなった。
「第10層まで整地してくれたうえ、第10層の門番を稼ぎ場にする方法まで見つけてくれたんだってね。なんでも望む褒美を言いなさい」
さすが女王というべきか。耳が早い。
「それでは、国政に関する意見具申の許可を」
俺は、緊張に腹痛を覚えながら、そう願った。
一平民が訴えるにはあまりに恐れ多い願いであることは、重々承知している。
「聞きましょう」
一瞬で威厳を取り戻した女王の言葉に、俺はまず1つ、深呼吸をして。
「迷宮の第1層から第5層を、軍と冒険者ギルド共用の訓練所としていただきたい」
可能な限り端的に、1つの嘆願を述べた。
「詳しく教えて」
その嘆願の意味を測りかねたのか、女王は俺に問う。
「現在、第1層から第5層と、第5層の門番は冒険者たちの稼ぎ場として機能しています。今後は、第6層以降がそうなるでしょう。その時、第1層から第5層が手薄になれば、ゴブリンのような低級の魔物が王都に出現する頻度が上がるかもしれない。その予防処置です」
冒険者ギルドにいる冒険者はおよそ100人。
おおむね6人1組で行動する彼らは、せいぜい17組程度しかいない。
うち2組が今後門番の部屋に張り付いて門番を出オチさせ続ける仕事についたとして、各層を自由に動き回れるのは15組。第1層から第5層まででも、かなりの広さの1層ごとに3組しか冒険者が配置できないのだ。
今後、第6層以降に多くの冒険者が流れ込めば、浅い層には各層一組しか冒険者がいない、なんてことにもなりかねない。そのことが魔物による王都の襲撃などという事態を招く前に、新たに魔物を駆除する者を配置しておく必要があるだろう。
「なるほど。奥に進んでいく冒険者のあとがまが必要ってことね。大臣、ギルドとの調整は任せます。可能な限り早く、駐留部隊での迷宮調査を実施してちょうだい」
女王は俺の嘆願を正しく理解し、受け入れてくれた。
これで、やれるだけのことはやったと言えるだろう。
「感謝します」
深く、深く頭を下げた俺だが。
「なんでそこでお金が欲しいとか言えないのアンタは! 底抜けのお人好しか! そういうキャラじゃないでしょあんたは破壊と殺戮と略奪の権化でしょ!」
シャルに引きずり起こされて襟首つかんでがくがく揺さぶられる羽目になった。
ほっとけ、俺の勝手だ、と殴り返したいところだが、ぐっとこらえるしかない。
5層ごとに褒美を取らせるという約定は女王と俺の間のものではあるが、第10層に到達した手柄は俺個人のものではない。
それを俺の一存で決めたこと自体は、責められても仕方のないことだろう。
「フェイトは前も、書物を読みたいってお願いしてましたよぉ」
メトが言うと、シャルは俺から手を放して天を仰いだ。
「ばかなの? しぬの?」
ひどい言われようだった。
さすがに自分の名誉を守るために抗弁しておく。
宿代にはおつりが来て余りある毎日の稼ぎがあり、食事はおろか装備品や魔法の道具も迷宮での現地調達が可能で、特注の武具をあつらえても素材自体が俺の手出しなので大幅に割引がきく現状、俺がわざわざ女王に願う貴重な権利を使ってまで金銭を求める意味は薄い。
それならば、俺は迷宮探索に役に立つものを願う。
「フェイトらしいですよねぇ」
俺の説明に、メトはくすくすと笑い。
「お姉ちゃん男の趣味悪すぎるよぉ!?」
シャルはそんな姉の正気を疑った。そろそろ本気で腹が立ってきたのだが、殴ってもいいだろうか。
この世界に名誉毀損の概念があれば、訴えたら勝てる気がするのだが。
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