第22話:やはり恨みはないが無限に殺す
《虚空斬波》の燃費の良さと攻撃範囲のおかげで、第10層を午前中に更地にし終えた俺達は、第10層の門番も見ておくことにした。
風景こそ違うが、構造はほぼ第5層と変わらない門番の部屋に踏み込むと、地面に魔法陣が浮かび出て、その中心から、黒い人影が生えてくる。
フードを被ったその風貌は、暗黒魔術師とでも言ったところだろうか。
「よくここまでたどり着いた。錬達の冒険者たちよ。さあ、邪神様にその身をぶぉふぁっ」
口上の途中で《正直草》の粉末を投げつける。時短というやつだ、
「お前のドロップ品とその確率と再出現条件と倒し方を吐け」
質問も端的に知りたいことだけを聞く。
ここも、適度にトレハンしたら後続の冒険者たちのレベリングポイントとして知見を共有するつもりなのだ。
ここで、安定する倒し方も検証しておきたい。
「《バスターランス》0.1%のみ。第11層に足を踏み入れたことがない者がこの部屋に入れば何度でも召喚される。全ての魔術を反射するため物理で……《正直草》を使ったな?」
さすがに魔術師。第5層の剣士より察しがいい。
だが、既にチェックメイトだ。
「物理か。メトさん、お願いします」
「はい~!」
俺の頼みに返答するなり、メトは暗黒魔術師の頭部を一瞬で潰した。
踏み込み、顔面を掴み、足払いをかけてそのまま掴んだ顔面を地面に叩きつける、という、情け容赦のない必殺の投げをかけたことはわかる。目で追うことができた。
だが、なんでそれで、硬い頭蓋骨に守られているはずの頭部がトマトのようにはじけ飛ぶのか。これが分からない。ゴブリンじゃないんだぞ。
※ゴブリンでもおかしい。
「メトさんなら一撃、と」
とにかく俺は部屋に入りなおし、暗黒魔術師を再出現させる。
「シャルさん、お願いできますか」
「はいよ」
シャルが《吹雪の弓》を普通の弓に持ち替え、まだ魔法陣から生えてくる最中の暗黒魔術師をヘッドショット。
「貴様ら、召喚中に手を出すとは非常識なぱげらっ!?」
俺は何か言いかけていた暗黒魔術師の脳天に踵落としを叩き込み、さらにもう一度部屋を出入りする。
「シャルさんの射撃では殺しきれない、と」
さて、コイツを殺すのにどのくらいの筋力と武器が必要かを検証しなくては。
「殿下、なんでも構いません。攻撃して奴を殺してください」
「はい! こ、《虚空斬波》!」
痛みに顔をしかめる瞬間はあるが、王女も《虚空斬波》の使用に躊躇がなくなってきた。
実にいい傾向だ。
暗黒魔術師は真っ二つになって死んだ。
「殿下、次は《虚空斬波》より弱い手段でお願いします」
「はい!」
王女殿下はスキルを使わずに暗黒魔術師に切りかかり、剣戟を受け流された。
暗黒魔術師め、空気の読めない奴だ。
「そう何度もやられると思うかぶべらっ!」
俺の踵落としで頭蓋を粉砕された暗黒魔術師が死んだ。
ここまでに試した手段ならメトに殺してもらうか俺が殴り殺すのが手っ取り早い。
が、俺もメトもかなり規格外な火力を持っているので、他の冒険者が安定して狩れる方法はまだ見つけられていないというべきだろう。
(どういうことなのだ……?)
暗黒魔術師は、現状を全く理解できなかった。
部屋に押し入ってくるなり《正直草》を投げつけ、こちらの弱点を暴かれた。
それはいい。そういう知恵が働く人間はむしろいてしかるべきだ。
だが、戦いが始まってからそれを知るのでは、遅い。
この迷宮はそういう風にできている。
漆黒の剣士が、習得に2年かかる《ハーケンカリバー》がなければまず倒せない存在であるように、暗黒魔術師も、物理攻撃さえできれば倒せる存在ではない。
暗黒魔術師は風貌から魔術師と目されるが、その実、本質は暗器使いである。
魔術師のような見た目と、魔法反射能力により、戦士や闘士による接近戦を誘い、そこに活路を見出した冒険者の希望を叩き潰す、そういう戦いを好む。
だから、《正直草》を喰らったことは、暗黒魔術師にとって致命傷でも何でもなく、むしろ、調子に乗った冒険者を殺すチャンスでしかなかった。
だが現実はどうだ。
最初の闘士の少女の踏み込みは見えなかった。
次の狩人の少女の一撃はまさかの召喚中を狙うという非常識。
剣士の少女は第10層攻略中ですでに《虚空斬波》を習得していた。
剣士の少女に対してだけは、カウンターで暗器を叩きこむ隙があった。
問題は、こちらが暗器を抜く動作に入ってから踏み込んでくる盗賊の少年。
かの少年に至っては、もはや人の形をしたバケモノとしか表現のしようがない。
暗器使いの手が動くよりも早く踏み込みから攻撃までを終了させられるその速度は、もはや別次元。
1000回戦って1000回殺される相手であると認めざるを得ない。
なんと恐るべき冒険者か。
そして真に恐れるべきは、その精神性だ。
暗黒魔術師を殺すことは、彼らにとって容易いことだ。
それならば、この場にとどまるのではなく、さっさと第11層に進むべきだ。
そうであるのに。
「えいやっ!」
暗黒魔術師は闘士の少女に顎を打ち抜かれ、空高く舞い上がった。
「《爆弾矢》!」
暗黒魔術師は狩人の少女が放った矢の爆発でミンチになった。
「《バスターファング》!」
暗黒魔術師は剣士の少女の長剣の強力な刺突で風穴をあけられた。
「斧の技って試したことなかったな。《フルスマッシュ》!」
暗黒魔術師は盗賊の少年が振るった斧で粉微塵になった。
(何故だ……なぜ彼らは私を殺し続ける?)
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
(弱者をいたぶることを楽しんでいるにしては、下卑た表情がない)
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
(何を……何を考えているのだ……? まさか《バスターランス》狙いか?)
※正解
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
死して終わることもできず、召喚されては殺され、ただ死んでいないだけの時間が流れる。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
暗黒魔術師は殺された。
そして、暗黒魔術師は考えることそのものをやめた。
しばらく試したが、魔法の道具のような簡単な方法があるわけでもなければ、殴る以上、どうしても殴る者の筋力の影響が出るという現実からは逃れられない。
手詰まりを感じ始めたころ、『それ』は、ドロップした。
《バスターランス》
異常なまでの攻撃力を誇る槍。
槍という名の、パイルバンカー。
「なんでこんなものが……」
錬金術師の《鑑定》で調べると、どうやら《バーストボルト》を内部で炸裂させて鉄杭を撃ち出しているようだった。
原理含めて、どこからどう見ても立派なパイルバンカーである。
これなら、使用者の筋力はあまり関係ない気もする。
「シャルさん、試しにこれで攻撃してみてください」
俺はシャルに頼み、部屋を出入りした。
「えいやっ!」
シャルが《バスターランス》の鉄杭を撃ち出すと、暗黒魔術師は杭に貫かれ、たとえるならバットで殴られたトマトのように爆散した。
「成功だ!」
ガッツポーズをとる俺。
「これで第11層に進めますねぇ」
「手間取ったわね……」
第11層に進めることに安堵するメトとシャル。
「え、第11層には、その、倒せば進めますよね?」
困惑する王女。
「実はですね……」
ボス部屋を効率の良いレベリング部屋にすることで冒険者たちの戦力の底上げを図っていることを説明すると、王女は首を傾げた。
「効率の良い稼ぎ、なんて、フェイト様がおっしゃるところの『強くなるためにいやいや努力をしている人』のやることなのではないのですか?」
なるほど、確かにこれは一見、言行不一致かもしれない。
殺しそのものを楽しめるくらいでなければ、と言いつつ、そうでない者のための訓練場を用意しようというのだから。
だが、弱い奴には生きる資格がない、などと臆面もなく言えるほど、俺は強者ではない。
「そういう、普通の、正気の人も魔物と戦わなければならないのがこの世界です。ごく少数の、戦いを楽しめる狂人だけでは、魔物と戦うには手数が足りない」
破壊と殺戮と略奪を喜ぶ狂気は確かに俺の中にある。
そして、正気の人間が正気のまま生きられる世界であって欲しいと願う俺もいる。
だから俺が、殺しかたの工夫さえも楽しめる俺が、効率のいい方法を探して、他の冒険者に共有する。
それだけだ。
「フェイト様は……世界のことまで見据えていらっしゃるのですね……」
「買い被りです」
俺には世界のことを見据えるような視座はない。ただ……。
「フェイトはただ、顔を知っている人が死ぬのが嫌なんですぅ。こう見えて、弱い人なんですよぉ」
「なんで知ってるんですか」
メトに全部言い当てられた。そんな話をした覚えはないのだが。
「お姉ちゃん、よく見てるよね。私そんなの全然わかんないや」
「恋する乙女の視線ですぅ♪」
またその話か。勘弁してほしい。
俺は孤独の女神以外の女性には興味がないというか、持てないのだ。
「……地上に戻りますよ。ここでのレベリング方法をギルドに共有しなければ」
俺は携帯非常口を使った。
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