第21話:王族の鼻をへし折る系転生者

「《虚空斬波》!」


 第10層で初めて使った《虚空斬波》。

 それは、迷宮内の森林をなぎ倒し吹き飛ばしながら、数百メートル先まで幅15メートルほどの地面を抉り飛ばし。

 当然、射線上の魔物は、ひとたまりもなく血霞となって消え去った。


 ざ、斬撃を飛ばす技じゃなかったんですか女神様。


(あなたの能力だと威力が上がりすぎてこうなるのよ)


 呆れたように肩をすくめる孤独の女神は今日もかわいい。

 が、これは由々しき事態である。


「……やらかした」


 だらだらと脂汗を流す俺。


 俺の心配をよそに、王女は深呼吸しながら前に出た。


 やめろ。

 やめてくれ。

 お願いだから。


「わ、私も……こ、《虚空斬波》!」


 俺の祈りもむなしく、王女が痛みに顔を歪めながら放った《虚空斬波》は、30メートルほどの距離に幅2メートルほどの斬撃を飛ばし、寄ってくる魔物十数体をまとめて斬り伏せた。


 それは十分な、期待通りの火力だ。が、同時に、恐れていた火力でもある。


 恐れていた通りの事態になってしまった。

 まさか、俺の方がはるかに威力が出るとは。


 振り返ると、メトがあちゃー、とか言いそうな顔で天を仰いでいた。


 無言でシャルがげしげしと俺の向こう脛を蹴る。

 HPがあるので蹴られている脛は全く痛くないが、心が痛い。

 あとHPがもったいないのでやめてほしい。


「わ、私が……戦乙女の姿を辱めることになるなんて……」


「あ、あわわ……」


 膝をついて呆然とする王女にメトが慌てた挙句、まだ王女のHPは十分残っているのに大量のHP回復薬を頭からびしゃびしゃとぶっかけるという、不敬罪で処刑されかねない奇行に走っている。


「唸れ、《紅蓮の剣》!」


 俺は122まで上がっている錬金術師の熟練度に任せて288連 《バーストボルト》で森を焼き払い始めた。今は、今だけは、自分の力を一切使わず、道具の力で戦いたくなったのだ。


「現実逃避してないで王女様のところにいきなさいよこの馬鹿!」


 俺を殴るシャルの言う事はもっともだ。だが考えてみてほしい。


 スキルの力を最大限発揮できる剣士でもなければ攻撃力に劣り、武器カテゴリも合致していない短剣で無理やり《虚空斬波》を使用して、王女にそれ以上の威力で《虚空斬波》をぶっ放してもらい、『いやーやっぱ本職の、戦乙女の似姿が放つ技にはかないませんね』とか言おうと思っていたらこのざまなのだ。


 王女に自信をつけさせるどころか積極的に鼻っ柱をへし折りに行った形である。

 そんな俺が、どの面下げて王女を慰めろと言うのだ。


「どうしろというんですか……」


「わかるけど、わかるけども! それでもやれるのはアンタだけなの!」


 俺の嘆きに、しかしシャルは懇願するかのように俺の背中を叩く。

 そういうのは苦手だというのに、まんまと押し付けられた気分だ。


「……敵は、お二人にお任せします」


 俺は、メトとシャルに戦線を任せて王女の前に立った。


 多勢に無勢。いくら《紅蓮の剣》があるとはいっても《マルチユーズ》がない二人では錬金術師のようなクソ火力は出せない。

 敵を任せると言っても、きっと持ちこたえられる時間は、3分にも満たない。


 だから俺は、急いで王女を励まさなければならなかった。

 それなのに、俺の口から出た言葉と言えば。


「……悔しいですか、殿下」


 まるで煽るような、嘲笑うような声音。


「悔しい……! 私だって、剣の研鑽は積んできたのに……! 戦神と戦乙女の血を引く王家に恥じぬ腕前を、磨いてきたはずなのに……!」


 王女は、泣きながら地面を殴った。


「研鑽を積んだ。血筋に恥じない。結構なことです」


 俺は地面に叩きつけられたままの王女の拳を両手で包み、続ける。


「俺は毎日、百万を超える魔物を虐殺してきました。吐くほどに不味い、能力が上がる果物を、腹いっぱい食べてきました。研鑽というなら、殿下以上でしょう」


 王女は、はっと目を見開いた。


「そして俺は、それを楽しんでいる。殿下、御身は、研鑽を楽しめていますか?」


 その問いに、王女は目を伏せた。

 王女の研鑽は、刻苦勉励と呼ぶべきものだったのだろう。それは、女神の加護とか、血筋とか、そんなものよりもずっと、ずっと大きな、俺と王女の違いだった。


「強くなるためにいやいや努力をしている人が、戦うのが楽しいから戦い、殺すのが気持ちいいから殺し、奪うのが嬉しいから奪い、それを繰り返しているうちに気が付けば強くなっているような変態に無策で勝つのは無理でしょう」


 俺はそう言うと、収納魔術から一本の剣を抜いた。

 職人ギルドの鍛冶師に依頼していた、前の世界で言う日本刀を俺の知る限りの知識で再現した、特注の湾曲刀シミター

 銘を《ゾーリンブランド》。

 魔法の効果はないが、シンプルな長剣としては、俺が持つ中でも最強の一振りだ。


「この剣を打った鍛冶師も言っていました。自分は楽しいから続けていただけだ。いつの間にか、誰よりも努力をしたことになっていたが、そんなつもりはない、と」


 きっと王女は、責任感とか、義務感とか、そういうものに押しつぶされる立場で、いつも必死で、焦って、だから結果が思うようについてこないことに苛立って、それが原因で、目の前で敵を虐殺して見せた男から、強さの秘密の1つも盗みたくなっただけなのだ。


 それは決して間違っていない。

 努力しようという心が、間違っているはずはない。

 それは素晴らしいことだ。


 しかし、一つ問題があるとすれば。

 そんな努力は長続きしない。

 続けられなければ、努力は実を結ばないことの方が多い。

 だから、その努力は間違っていないだけで、正しくもないのだ。


「見ていてください。剣士ではありませんが、それでも、剣を握った俺が放つ、今の俺の、最大の《虚空斬波》です。戦乙女の似姿を目指す殿下が、自らの力で乗り越え、打倒すべき壁の一つを、全力で俺が示します」


 俺は静かに息を吸い、剣を構え、そして、俺の全てを込めて、振り下ろした。


「《虚空斬波》ァ!」


 それは数キロメートルの距離にわたって、幅500メートルほどの範囲に、絶対的な死と破壊をまき散らした。

 魔物は血霞に。

 森林は粉塵に。

 進路上の何一つ残さず、全てを、跡形もなく消し去る神武の一撃。


「アンタが決意固めて覚醒したみたいになってちゃ意味ないだろうが!」


 直後、シャルにドロップキックを喰らう羽目になった。

 釈然としない部分もあるが、まあ、仕方ないか。


「フェイトは本当に、しょうがない人ですねぇ」


 メトが小さく笑いながら、俺にHP回復薬を手渡してくれる。

 その数は、たった1本。

 《虚空斬波》の燃費の良さに驚きながら、俺はその1本を飲み干した。


「フェイト様……」


 俺がHP回復薬を飲む間に立ち上がり、俺の目をまっすぐに見る王女。

 銀髪の陰から俺を見据える碧眼は、何かの決意を静かにたたえている。


「殿下……」


 しばし、無言で見つめ合う形に。

 いや、睨み合っていたのかもしれない。

 少なくとも、俺は王女との間に、敵意にも似た緊張を感じていた。


「私も、いつか、研鑽を楽しめるようになれるでしょうか」


 やがて目を伏せた王女は、これまでとは全く質が違う弱音を吐いた。

 それは、前に進むための弱音だ。

 だから俺は、精一杯、微笑んで見せることにした。


「なれますよ……きっとね」


 俺は今、うまく笑えているだろうか。


 ※なにか禄でもないことを考えているような悪意に満ちた笑みとしか見えない表情に王女がビビり散らかしたことを、フェイトは知らない。

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