第20話:王族に自傷させる系転生者
午後の作業は、王女が失神して時間がとられるようなこともなく、順調に進んだ。
「お前らが! お前らが、母さんを!」
「人間の……食料の分際でよくも妻を!」
「夫の仇……! 男は生きたまま臓物を引きずり出し、女は手足をへし折ってゴブリンどもの繁殖に使ってくれる!」
これまでに俺が殺した魔物の血族が防衛線に駆り出されているようで、魔物の攻撃は第6層よりはるかに激しかった。
だが、第7層のようにゴーレムがわんさか沸いてくるようなこともなく、上位存在であるらしい悪魔が出てくることもない状態では、今の俺たちは止められない。
この連中には、昨日、悪魔の軍勢を撃退した人間が誰であるかを識別する知能はないらしい。
「やけに人語に似た鳴き声だな。害獣の分際で生意気な連中だ……」
結論として、連中はたまたま鳴き声が人語のように聞こえるだけの害獣でしかないと考えられる。駆除あるのみだ。
「フェイトらしい感想ですねぇ」
「お姉ちゃんもっと異常だって理解して!?」
こうして二人の声を聞いていると、適度な緩さの中に必要な緊張を残す、理想的な状態に入っていることがよくわかる。
昨日、悪魔に犯されかけた、と言っていたが、戦士としてメトとシャルを見た場合、その経験は彼女たちの大きな成長の糧となっているようだ。
人間的に良い経験であるとは全く思わないが、戦場で背中を預ける以上、その変化を好ましいと思ってしまう、不謹慎な部分もある。
などという、雑念が混じったせいだろうか。
「死ねぇェェェェェェェェェェ!」
《エンド・オブ・センチュリー》のタイムラグを縫って鬼気迫る勢いで突っ込んでくる魔物に、接近を許してしまった。
「フェイト!」
前に出て別の魔物を止めていたメトが後退しても、もう間に合わない。
「速い……間に合わない!」
シャルの射撃も期待できない。
「ひっ……」
今日は何とか気絶していないだけで、俺の後ろで震えているだけの王女が使い物になるわけがない。そればかりは期待すらしていない。
「みんなの恨みだ! 思い知れ!」
そして魔物は、恨みの限りを込めた剣の一撃を俺に振り下ろし……。
逆にその身を切り裂かれた。
闘士の《カウンター》は素手でなくとも発動する。
大量の魔導書と、魔法の果物によって、俺の闘士の熟練度と能力は出鱈目に高くなっている。
1000体の悪魔でさえ殺せなかった俺に、この程度の魔物が傷を与えられるわけがないのだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
上半身だけになって絶叫する魔物の胸板を踏み抜き、愉悦に任せて悪い笑顔と声を作り、睥睨しながら問う。
「その程度で……俺を殺す?」
身内の仇に一矢報いられると思ったのだろう魔物に致命傷と絶望を与えて。
「《エンド・オブ・センチュリー》!」
勇気ある一体の魔物を救おうと殺到してくる、勇敢なる魔物の群れごと、塵一つ残さず消滅させた。
汚物は消毒あるのみである。
「ひ……!」
目の前で行われた惨殺劇に、王女がへたり込んで失禁した。
この調子では、戦力としてあてになるまで、何週間かかるだろうか。
このように、若干の反省点はあるものの、第9層の爆破は問題なく完了した。
その日の夜、俺達は再度の作戦会議を行っていた。
議題は、王女の職業構成(現在は剣士/聖術師)をどうするか。
剣士はとにかく超攻撃特化の職業であり、HPを消費する強力なスキルを持つ。
このことから、伝説の戦乙女がとったという剣士/聖術師の構成は、本来的には剣士のスキルでHPを使いながら一撃必殺を繰り返し、減ったHPを聖術で回復する戦術を取る想定だと思われる。
しかし王女はHP喪失に関する感性が一般的であり、HPを使うスキルは一切使用していない。
「だーかーらー! 王女様はぜーったい剣士を戦士に変えた方がいいって!」
職業の特性をある程度正しく認識しているシャルは、HPを使うスキルを使わないなら絶対に戦士の方が強いと王女を説得しようとするが、王女もこの点は譲らない。
「これは由緒正しき戦乙女の姿、アスガルド王家の者として、これは譲れません」
戦乙女の姿が剣士/聖術師なら、この世界でも古い時代はHPを使うスキルの使用は禁忌ではなかったのだろう。忌避されているのは、ゴブリンなどの、HPをゼロにされたらおもちゃのようにじわじわとなぶり殺しにされたり繁殖に使われたりする低級の魔物の恐怖が広がった結果だろうか。
「フェイト、アンタもなんか言ってよ!」
俺から何か、言うとしたら、か。
それならば、王女には是非、かつての時代の戦乙女の姿を取り戻してもらおう。
「剣士いいですよね。明日は《虚空斬波》連打に挑戦しましょう。回復の魔術が使える聖術師でもあるんですからHPを減らさないなんてもったいない」
剣士のスキルは強力だ。適当に連打してもらえるだけでも戦力になる。
《加護転換》はさすがに激痛過ぎて使えないとしても、HPを下げまくっている今の俺でも50連射できる《虚空斬波》なら大した消費量でもないし、我慢できる痛みだろう。
※腕を引きちぎるのはさすがに我慢できないだろうが小指の骨を折るくらいなら平気だろう、というレベルのことを言っている自覚はない。
「ひっ」
何故か王女が失禁した。
「そういやナチュラルにHP3割消し飛ばす変態だったわコイツ」
シャルが呆れたようにため息をつき、HPが上がる果物に手を伸ばした。
「《虚空斬波》といえばぁ、フェイトって今攻撃力いくつくらいなんですかぁ?」
何かを思いついたようにメトが言うので、俺は自分の能力を可視化する魔術をメトに見せる。
それを見たメトは少し考えた後、にこにこと笑ったまま人差し指を立てた。
「この攻撃力なら、職業に剣士を入れてなくても十分第10層の敵を《虚空斬波》で消し飛ばせると思いますよぉ」
なるほど。ドーピングの結果、《虚空斬波》でも《エンド・オブ・センチュリー》と同じことができる攻撃力を得ているということか。
その可能性は考えたこともなかった。
「やってみましょう」
俺はメトの提案を受け入れることにした。
「で、本題に戻すけど、王女様はどうするの?」
聞いてくるシャルに、王城に返品すると返しそうになった俺の視界の端で、メトがウインクしていた。
……そういうことか。
俺はメトのアシストに感謝し、王女に《虚空斬波》対決を申し込むことにした。
「仮初にも戦乙女の姿を借りる者が、剣士を職業にすら入れていない者に剣技で劣るようなことはないでしょう。明日の火力担当は俺ではなく殿下です」
俺の返答に、シャルもまた悪い笑顔を浮かべる。
「なるほどね。頼りにしてるわよ、王女様」
職業構成を変える説得にも応じなかった王女だ。自らが戦乙女の似姿を貶めるようなことは、断じて受け入れられないに違いない。
「いくら筋力に差があっても、剣士ですらなく、短剣を使う俺では《虚空斬波》の威力を存分に発揮することはできない。正統なる戦乙女の血脈が、その似姿を借りて放つ、真の《虚空斬波》には遠く及ばないでしょうね」
悪く言えばおだててその気にさせる作戦に過ぎないが、それでも。
突き放してそれで終わり、という、当初のプランよりは将来性のある選択肢だ。
「私、HP回復薬を投げるのは得意なんですぅ。王女様のサポートは任せてくださいねぇ」
メトもフォローしてくれている。
「……私に、できるでしょうか……」
その甲斐あって、王女は《虚空斬波》の使用に前向きになってくれた。
これできっといい方向に進んでくれるだろう。
などと、楽観的に考えていたことを、俺は翌朝後悔する羽目になった。
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