第32話:追放モノは定番(ただし自ら実践する)
職人/商人ギルドでの商談を終え、再度冒険者ギルドに戻った俺たちは、午後の探索を取りやめ、食事会を開くことにした。
「さて、フェイトがいつものキチガイっぷりを存分に披露した後でめちゃくちゃ気まずいけど、これから一緒に迷宮を攻略することになる二人との顔合わせを兼ねて、まあ、決起会ってことにしときましょ。あとフェイト、アンタのおごりね」
こういう、宴会めいたものの音頭をとるのは苦手なので、率先してやってくれるシャルの存在は少しだけありがたい。
人と集まって飯を食うこと自体苦手で、1人で食う時が一番美味しく感じるという、俺自身の根本的なソロプレイヤー気質から全力で目をそらせば、の話だが。
「構いません。先程冒険者ギルドの厨房に依頼し、食べると魔導書と同じ恩恵が得られる第11層産の海の幸を料理してもらっています。スキルを強化するためにも、腹いっぱい食べてください」
ともあれ、当面は行動を共にする以上、たらふく食って力をつけてもらいたい、というのは俺の偽らざる気持ちだ。むしろ、今後ずっと俺のおごりを要求されても構わないので、ぜひとも第11層の海の幸で能力を高めていただきたい。
「今はそういうのいいから黙ってて」
何かを間違えたらしい。
俺は筋力が上がる果物をほおばり、物理的にしゃべれない状態にした。
「まあ、食べながら話そっか。そこの黒髪のバカがフェイト。ダンジョン・ディガーで通ってるみたいね」
顔合わせという事で、とりあえずメンバーの紹介をするつもりらしい。
いきなり俺に振られても今の俺の口には筋力が上がる果物が詰まっているので何も言えない。無言で会釈だけしておく。
「早速焼きウナギに手を付けてる食いしん坊がメト。私の姉よ。ちなみに食った栄養が全部乳に行く体質。私もそうなんだけど、まあこの説明で察して」
ウナギの蒲焼きを気に入ってくれたのか、笑顔で頬張っているメトを怨嗟のこもった目で睨みながらシャルが明らかに不要な情報を付け加えて紹介する。
話題に上がって初めて見比べてみたが、そこまで恨み節を言うほどシャルが貧乳という風にも見えない。
むしろでかい方なのではないだろうか。少なくとも女魔術師と女聖術師は服がなだらかに隆起する程度だが、メトとシャルは服を虐待していると表現すべき状態だ。王女は常に鎧なので判別不能だが、その鎧の隆起がシャル以下なので、よほど押し込んでいなければ女魔術師や女聖術師と変わらないレベルではないかと思われる。
言えばシャルにラリアットくらいはぶちかまされるだろうから、絶対に言わないが。
そもそも仲間にそういう目を向ける時点で、俺は相当疲れている。
今日は早く休むべきだろう。
ところで、貧民街の出身であるはずのメトやシャルが、これまでの期間で胸部に脂肪を蓄積可能なレベルで食べるものに困らない状態であったというのは、何かがおかしいような気もする。
(必要になる時までは、深入りしないことを勧めるわ)
孤独の女神の天啓を受け、俺はこのことを気にしないことにした。
「こちらの銀髪清楚完璧美少女戦乙女に関しては説明不要。我らが王女様よ」
「レイア・アスガルドです。どうか気負わず、ただ1人の仲間として扱っていただければ幸いですわ」
シャルの紹介に、一度席を立って流麗に一礼する王女。
さすがに王族なだけあってこのような礼法は実に見事だ。
なるほど百聞は一見に如かず。説明不要というシャルの言葉は的を得ている。
「あたしはシャル。さっきも言ったけど、そこのメトの妹……で、こっから超申し訳ないんだけど、どっちがアリサさんでどっちがカノンさん?」
シャルの質問に、女魔術師と女聖術師は顔を見合わせた。
「私が、アリサ、よ」
先に口を開いたのは女魔術師。
「か、カノンです。よろしくお願いします」
続いて、女聖術師が名乗る。
「魔術師のお姉さんがアリサさん、聖術師のお姉さんがカノンさんね。よし覚えた」
復唱して名前を覚えるシャル。
やはり、人と関わる上で名前を覚えることは重要なのだろう。
他人にそこまで労力をかけるのが面倒なので俺はやらないが、まともに人付き合いをするという生き方を選んだ場合、必須スキルなのだろうか。
「さん、は、いらない、わ」
「わ、私も……」
「分かった。よろしく、アリサ、カノン。……フェイト、一応言っとくけどアンタもちゃんと覚えなさいよ」
そこで俺を名指ししてくるシャルはよくわかっている。
それと同時に、すこぶる面倒くさい。
「
「せめて魔導書から目を離して、口の中のものを飲み込んでから返事しなさい!」
俺の生返事に、シャルが怒った。
そろそろ本気で面倒になってきたので無視し、次の魔導書と果物を取り出す。
本気でソロプレイヤーに戻りたくなってきた。
もともと、成り行きで増えたメンバーだ。収納魔術問題も一応の解決を見ているし、《虚空斬波》という、《エンド・オブ・センチュリー》を超える対多数の殲滅手段を有している今、面倒極まる人間関係を我慢してまでこいつらと組み続けることに意味があるとも思えない。
「噂以上、ね」
「そうですね。まさか、これほどとは。私達も負けていられません」
そう言って顔を見合わせるアリサとカノンの意図が分からない。
一方的に意味不明な対抗心を燃やされるのは本気で鬱陶しいので心の底からやめてほしいのだが。
「今のやり取りのどこで『負けていられない』って結論が導き出されたのか、私にわかるように説明してもらってもいい?」
シャルも同じ疑問を持ったらしい。
「彼は、強さに、貪欲。こんな、時でも、努力を、やめない」
「食事の味よりも、強くなれる果物を、会話の楽しみよりも、強くなれる魔導書を選ぶ。見ようによっては、ちょっと感じが悪いかもしれませんけど、それほどに、強さに対してストイックになれる男の子は、初めて見ました」
聞いてみれば、とんだ誤解だった。
「ストイックなわけじゃない。これが一番楽しい。それだけです」
誤解を訂正したところで、魔導書が灰になった。
次の魔導書を取り出そうとしたところで、収納魔術内の《デモンズカプセル》が手に触れた。
とうに踏み越えていた我慢の限界を、その感触が自覚させる。
これを進呈して、それで終わりにしよう。
《デモンズカプセル》による事実上の無限の魔力の利便性は、語る必要もない。アリサとカノンを俺に託した勇者級冒険者達への義理立ても、それで十分だろう。
女神の予言は大当たりだ。1日すら持たなかった。
俺はこんなにもこらえ性がなかったのか。
俺は隣にいるメトに、5つの《デモンズカプセル》を渡した。
「さっき、職人ギルドでもらってきた道具ですねぇ。配ればいいんですかぁ?」
メトに首肯を返し、俺は次の魔導書に目を落とした。
「今、配るのですね」
王女はそういうと、何かを心配するかのように俺を見てきた。
感づかれたか?
まあ、どうでもいいことだ。
「またアンタはそうやって空気の読めないことを……」
言いかけるシャルを無視し、魔導書の灰を払って立ち上がると、さすがにシャルも黙った。
黙ることもできたのか。
そのまま永遠に黙っていてほしい。
「これ以上付き合いきれません」
魂の底からの声が口を衝いて出た。
「俺は抜けます」
メトが目を見開き、王女が目を伏せ、シャルが眉を吊り上げ、アリサとカノンは状況についていけないかのように困惑していた。
「では、さようなら」
俺はそのまま宿に戻った。
宿に戻り、爽快な気持ちで魔導書を読みながら能力が上がる果物をほおばっていた俺は、宿の主人の来訪を受けた。
(なかなか落ち着けないわね。隠遁でもする?)
孤独の女神の提案は実に魅力的だが、魔物を殺すために迷宮には行きたい。
「フェイト君、なんかあったのかい? 思いつめた表情の女の子が君を訪ねてきているんだけど」
どうやら、メト達のうち誰かが来たらしい。
そうなる可能性も2%くらいはあるだろうと思っていた。
ぜひとも残る98%の方であってほしかったが。
「女所帯にいるのは疲れるのでパーティを抜けただけなんですが……思いつめるほどとなると、まるで心当たりがありませんね」
宿の主人は頭を抱えた。
「まさにそれだよ……なんでそんなことしたんだい」
「……もう十分耐えたよな、と」
「耐える? あんなかわいい子たちに囲まれて何を耐えるんだい? こう、若い男の夢なんじゃないのかい?」
宿の主人も男だ。確かに見目麗しいメト達を見てそう思うのも無理はない。
だが、命を預ける仲間にそんな感情を向けることができるか?
できるはずがない。できる度胸があるならやってみるがいい。
いやらしい目を向けた翌日あたりに、後ろから刺されるのがオチだ。
つまりは、ただひたすら気を使うだけなのだ。それは多大な苦痛だ。
「誰かと一緒にいるとか、背中を預けるとか、正直言って、俺にとっては拷問です。女だから男だからで何か変わるわけじゃない」
吐き捨てる俺をなだめるように、宿の主人はコーヒーを差し出してきた。
ありがたくいただいておく。
何かで口をふさいでいなければ、鬱憤を目の前の好々爺に叩きつけてしまいそうだった。
「なるほどね……それでも今日まで組んでたのは、それなりにメリットがあったからなんだろう? それを急にってのは……」
俺はコーヒーを飲み干し、宿の主人の言葉を遮った。
「1人目の仲間の時には、戦果も2倍以上になったからいい。3人目、4人目が俺の意に反して参入したあと、戦果は3倍4倍にならなかった。苦痛だけが何倍にも増えて、分け前はむしろ減ったわけです。その上、俺個人の金と時間の使い方にまで口を出してくる鬱陶しい奴までいる始末だ。俺は掌を返したんじゃない。今まで捻じ曲げていた掌を戻しただけです」
気が付けば、俺はコーヒーが入っていた木のカップを握りつぶしていた。
弁償しなければ。
「君たちはもっと話し合うべきだと、私は思うよ。老人の、余計なお世話かもしれないが」
俺の差し出した1000サフィア金貨を手で断りながら、宿の主人は寂しそうに笑った。
「論外です。話すメリットがこちらに何1つありません」
俺は魔導書を取り出し、読み始めた。
「伝えておくよ。あの子がメリットを示せたら、君は話してくれるとね」
言質は取ったとばかりに笑い、宿の主人は出て行った。
きっと、入り口で待っているのだろう誰かに、そう伝えに行くつもりだろう。
俺はそれを止めなかった。
それができるなら、利用し合う関係を再構築することは可能だろうから。
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