第18話:第3の女

 無事だった職人ギルドに悪魔の宝玉を持ち込んで加工を依頼し、店を出た俺は、そこで銀髪の女と鉢合わせた。


「探しましたよ。ダンジョン・ディガー」


 その女に、見覚えがある気がしたが、すぐには思い出せない。

 俺をダンジョン・ディガーと呼んでくるからには知人ではないだろうが。


「悪魔を殲滅するなり去っていったあなたを探して、王都中走り回ったんですよ」


 言われて俺は、ぽん、と手を打った。

 悪魔との戦闘の時に、ただ一度会っただけの相手だ。

 すぐに思い出せるはずもない。


「大魔公とかいうやつの婚約者を殺したという方ですね」


 ずいぶんと回りくどい表現になるが、俺はこの女についてそれしか知らない。


「はい。一応これでもこの国の第一王女です。名前はレイア・アスガルド」


 その女はそう言って微笑み、俺に手を伸ばした。

 言われてみれば、戦士の男が王女だと言っていたような気もする。

 握手を求めているとわかったが、相手は王族。

 普通に応じるのが正しいとも思えない。


「失礼いたしました。殿下」


 俺はその場で拝跪し、その手を、両手で包み込んだ。


「見よう見まねなのが丸わかりですよ。無理はしないでください」


 そう言われては弁解の余地もない。


「申し訳ありません」


 立ち上がり、謝罪する俺に、王女はにこりと微笑んで見せた。


「礼節をわきまえた行動をしようという気持ち、それは何より大切な礼節です」


 どうやら許してくれたらしい。

 ところで、王女は礼法も知らないような下賤の輩に何の用なのだろうか。

 わざわざ探し回るくらいだから、何か急ぎの用事だと思われるが。


「それで、どのようなご用件でしょうか」


「私を、あなたのパーティに入れてほしいのです」


 俺の問いを受け、王女はそう言って俺に手を差し伸べた。

 どういう意図かは分からない。

 俺などと行動を共にして、王女に何のメリットがあるのか、全く分からない。

 だが、それは俺が考慮すべき事項ではない。

 むしろ、俺が考慮すべきなのは、いま行動を共にしている者達への義理立て。


「別行動中の仲間と相談しなければなりません。即答いたしかねます」


 俺の返答に、王女は頷いた。

 いかに王族とはいえ、その道理を権威で捻じ曲げることが正しいことではない、そう理解する程度には、王女は聡明であるようだ。


「明日の朝、出発前に仲間と合流します。その際にご同席願えますか」


「はい。それでは、明日の朝に」


 王女は予定を復唱すると、流麗な回れ右をして去っていった。

 身に着けた礼法の数々が、細かな所作でさえ美しく見せるのだろう。


 どう考えても、俺のような無頼の輩とともにあるべき人物ではない。

 そう、確信できる振る舞いであった。



 翌朝、ギルドはいつにもまして騒がしかった。

 原因は、予想通り王女……というわけではなかった。


「陛下……?」


 何故か王女の隣に、女王までもがいたのだ。しかも、殺気すらにじませて。

 あれは怒っている。前の世界のスラングを借りるなら激おこぷんぷん丸だ。

 一体、何が……。


「あ、ダンジョン・ディガー、待っていましたよ!」


 考え込んでいた俺に気づき、王女がにこにこと手を振ってくる。

 直後、女王が光の速さで俺のところに飛んできた。


「きぃさぁまぁかぁぁぁ!? この私の娘に手を出した反逆者はぁぁ!」


 青筋を大量にたてまくった顔で、血走った眼で、俺の襟首をつかんで叫ぶ女王は超怖かった。鬼の形相とはこのことだ。

 お願いだから冷静になってほしい。


「……って、フェイト君?」


 うわぁ! 一瞬で冷静になるな!


「は。フェイトでございます」


 女王の温度差に風邪を引きそうになりながら、俺はようやくそれだけを喉から絞り出す。


「無事に第8層まで更地にしてるみたいね。今日は第9層?」


 大臣がいないせいか、今日は近所のおばちゃんモードの女王だ。

 この状態の女王は少しだけ話しやすい。


「はい」


 が、世間話はここで終わりだった。


「うん、そっかそっか。昨日も、悪魔の群れを1人でなぎ倒してくれたとか。娘がそれはもうオーバーな身振りで話してくれたわよ。……本当かしら?」


 何故かまたちょっと怖い表情になる女王。

 怒っているポイントはそのへんにあるらしい。


「俺が悪魔から摘出した胸の宝玉を職人ギルドに預けてあります。悪魔の群れを全部1人でやったとは思っていませんが、その数は殺しています。職人たちに取り次ぎましょうか」


 よくわからんが、俺が悪魔を殺した証拠が見たいというのなら、それが手っ取り早いだろう。


「は? 悪魔の宝玉を砕かずに抉り出したの? それも、複数?」


 女王は別のところに食いついた。


「……? はい、そうですが……」


 宝玉を奪えばHPがなくなって一瞬で殺せると教わったから引っこ抜いたのがそんなに異常なことだろうか……いや、たぶん異常だ。

 魔法の果物で上がりに上がった能力に物を言わせたからこそやれたことであり、通常の能力ではまず不可能なはず。


 これは下手を打った。大法螺吹きの汚名を着せられる恐れすらある。


「見に行ってもいいかしら?」


 だが、女王はその証拠を見てから判断してくれるらしい。

 俺はギルド職員にメトとシャルへの伝言を頼み、女王と王女を連れて職人ギルドに向かった。



 職人ギルドの職人たちに話を聞き、山積みになっている悪魔の宝玉の数を数えた女王は、その場に両手両膝をついて打ちひしがれた。


「なんで本当に627個も悪魔の宝玉があるのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 女王の魂の叫びが、職人ギルドにこだました。


「そんなに殺してたんですね、俺……」


 自分でもびっくりである。

 大魔公の言葉を信じるなら、悪魔の数はおよそ1000。

 半分以上を俺が殺している計算になる。


「ちなみに、ダンジョン・ディガーの依頼は、コイツを何度でも使える魔力回復アイテムに加工するってぇ内容でございやして、試作品がちょうど1つできたところでさぁ」


 職人が差し出してきたのは、食器ほどの長さの棒の先端が4叉に分かれていて、その分岐を器にしてビー玉程度のサイズの悪魔の宝玉をはめ込んだような形状の道具。

 自分の回復だけでなく、仲間に向けることもできるよう配慮してくれたようだ。


 さすがプロの職人。ただオーダー通りに作るだけではなく、さらなる使い手の利便性を追求してくれるとは。

 いい仕事をしてくれる。報酬は予定より弾ませてもらおう。


「つまり628個あるってことじゃないぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 女王が号泣した。今更1個増えたくらいでなんだというのか。


「いえ、もう生産も始めてまして、作業に当たってる職人の手元に10個ずつほど……」


 なにそれきいてない。


「作業に当たってる職人は何人いるの?」


 女王は恐る恐るといった様子で質問するが、正直俺はそんなの聞きたくない。


「ざっと40人でさぁ」


「1000個以上ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 もうやめて。女王のライフはもうゼロよ。


 こうして、俺が1000体以上、王都を襲った軍勢のほぼすべて相当する悪魔を殺していたことが女王の手によって明らかにされたわけだが、何故女王はそんなことを知りたがったのだろうか。


 疑問に思った俺が尋ねると、女王はぽつぽつと話し出した。


「レイアが冒険者になるとか言い出したのよ」


 なんでも、普段は命を懸けて資源を採掘し、昨日のような有事には兵士より先に率先して街を守り、悪魔のような絶望的な脅威にも一歩も引かない冒険者のありようが、王女には高潔なものに映ったそうだ。

 それを実現する強さ、力を学ぶため悪魔を大量に殺した冒険者のパーティに入ると駄々をこねて手が付けられなくなり、悪魔を大量に殺すなどどう考えても無理なので、悪徳冒険者が王女をたぶらかしたのだと判断した女王はその冒険者を追放するつもりだったらしい。

 が、結果はごらんのありさまである。


 俺は腹を切ればいいのだろうか。

 それとも、世界観的にはギロチンだろうか。


「もう文句の付け所が残ってないの。というわけで、娘をよろしく。フェイト君」


 切腹や斬首に比べれば温情的な処遇ではあるが、出来ればごめんこうむりたい。


「よろしくされても安全の保障などできません。殿下、その点についてはお覚悟を」


 俺は王女が『やっぱやめます』と言ってくれる最後の望みにかけて言った。が。


「もとより覚悟の上です。よろしくお願いします、フェイト様」


 王女は華やかな笑顔で言いやがった。ちくせう。

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