第17話:そして僕にできるコト
悪魔との戦いを終えて、どうにも殺し足りない、不完全燃焼極まる気分のままメトとシャルのところに戻った俺は、半裸のメトがシャルに慰められているという光景を目の当たりにして焦った。
焦ったおかげで殺戮衝動が鳴りを潜めたのはよかったが、それはそれである。
「フェイトぉ~!」
俺に気づくなり駆け寄ってきて、抱き着いて泣き出すメト。
せめて服を着てからやってほしい。というか、マジで何があった。
他人に興味がなさ過ぎて抱き着かれるまで気づかなかったが、メトは爆乳だった。
正直言って、男の下半身に対する凶器なので今すぐ抱き着くのをやめてほしい。
せめて服を着てほしい。
「悪魔に危うく犯されかけたのよ。合成しまくった《紅蓮の剣》がなければ私ともどもマジで悪魔の子供を身籠ってたでしょうね。いや、私もお姉ちゃんも……その話はいいや」
青ざめた顔で言ってくるシャル。
俺がここを離れている間にそんなことになっていたとは。
「それは、怖い思いをされましたね……」
尊厳破壊寸前というとんでもない状況に置かれた人になんと声をかけるのが正解なのかわからない。そんな経験が平和な世界で生きてきた俺にあるはずもない。
危うくフィーバーするところだった息子も空気を読んでおとなしくなってくれるレベルだ。
「フェイトぉ! 私の裸、じっくり見てくださいぃ!」
メトが恐怖で錯乱していることだけはよくわかった。
「とりあえず落ち着いてください」
「フェイトにしか見せたくないのに、悪魔にじろじろ見られたんですぅ~!」
ダメだ。対話が成立しない。
助けて女神様。
(抱け。つべこべ言わずに抱け。風呂に連れて行って襲え)
孤独の女神は無慈悲だった。かわいい。
とりあえずメトに替えの服を着せ、メトとシャルに、それぞれの知人の安否を確認するよう伝えていったん解散したところで、俺は今回の襲撃の被害の大きさを改めて思い知らされた。
多くの人が王城の前庭に避難し、周囲を警戒する兵士たちに守られている。
が、そこにいるのは、父親を失った母子や、友の死を嘆く者たちばかり。
この場にはきっと、知り合いが誰1人死んでいない者はいないのだろう。
ほとんど知り合いと言えるものがいない俺でさえも、そうだった。
生き残って王城の前庭に避難していたギルド職員の中に、俺の職業選択を担当してくれた老職員はいなかったのだ。
聞けば、魔物の襲撃を聞くなり、冒険者たちを地上に呼び戻す為に危険極まりない迷宮の中に単身踏み込んだのだという。
第8層にいる俺に声をかけたら携帯非常口で戻ると言っていたらしいことから、彼は迷宮で、第8層にたどり着く前に命を落としたと考えられる。
「英雄、とは、彼のような者を言うのでしょうね」
そう言って目を伏せる、妙齢の女性であるギルドマスターの言に首肯したのは、勇者級と呼ばれる6人の冒険者のうち、戦士の男。
戦闘後、ギルド職員たちと合流していたようだ。
「だな、あの爺さんがいなければ、この場に生存者がいなかったかもしれない」
駆け出し冒険者達に稼ぎの方法を共有する目的で第5層で漆黒の剣士をいじめていたらしい彼らがすぐに地上に戻ってくれたことも、被害の抑制につながったようだ。
俺は本気で死にたくなった。多くの人が魔物に襲われ、命懸けで戦っている間に、退屈を感じながら漫然と第8層を掘削していただけの自分が本気で嫌になった。
「誰か……俺を殺してくれ……」
「どうしたダンジョン・ディガー!!!」
漏れ出た俺の心の声に、オーバーリアクションにもほどがある反応を示したのは、戦士の男。
勇者級の冒険者であるだけでなくリアクション芸人でもあるとは、この男、きっと迷宮探索の間もパーティの雰囲気を良くしているムードメーカーに違いない。
「お若いの、自己嫌悪かな」
老魔術師の質問に、俺はうなずいた。
「ほっほ。確かに若くしてそれほどの力を持っていれば、毎日『自分がもっとうまくやっていれば、結果は変わっていたかもしれない』という後悔の連続じゃろうな。無力なただの若者なら、考えなくてもよいことじゃ」
年の功、か。この老人は俺の煩悶をほぼ言い当てている。
「うぬぼれなさんな。若造」
そのうえで、老魔術師は俺の苦悩を斬って捨てた。
「お前さんは、毎日激痛に耐えながら迷宮を堀り、魔物が湧き出る『魔の吹き溜まり』のような効率の良い稼ぎ場は全て他の者に譲って前に進み、私財を擲って冒険者たち全員に強力な武器を配った。その結果、王都を滅ぼして余りある魔物の群れは、最初の混乱以上の被害を出さずに撃退されたわけじゃ」
それは偶然だ。俺にそういう目的があったわけではない。
だが、老魔術師の意図はおそらくそこではないのだろう。
俺は老魔術師の言葉に耳を傾けた。
「なあ、ダンジョン・ディガー。わしらはそうまでして守ってやらねばならんほど弱い者に見えるか? 死ぬ覚悟もなしに迷宮に挑むような腑抜けに見えるか?」
その問いに、俺は答えを持っていなかった。平和な世界の感覚で行動していた俺に、『迷宮に挑むなら死ぬ覚悟はあって当然』という感覚がなかったのだ。
「頼む、ダンジョン・ディガー。わしらを、王都の皆を、ここまでしてもらって、まだ上を望むような感謝知らずにさせんでくれ。わしらにもプライドはあるんじゃよ」
老魔術師の懇願は、魔物の襲撃の原因が俺であることとは無関係の問題だった。
俺が彼らの戦力になればと渡した《紅蓮の剣》が、魔物より先に彼らのプライドを焼き尽くしたことが問題なのだ。
膝をつく俺の姿を見て、女聖術師が慌てたようにまくしたてた。
「ほ、ほら! 最後に現れたあの大魔公、もともと配下の悪魔と一緒に王都を襲うつもりだったみたいですし? 大魔公の言う事を信じるなら、魔物が大魔公の説得に応じなかったらいきなり悪魔の群れが王都を襲ってたかもしれないですし? あんな数の悪魔の群れとか来たらダンジョン・ディガーさんがいなければ確実に王都は滅んでたでしょうし? だったら《紅蓮の剣》で対処できる魔物が先に来た方がまだ被害少ないですよねって……」
それを聞いた老魔術師は目を細め、俺の肩に両手を置いて言った。
「ほっほ、いいことを言うのう。そういう事もあるかもしれん。未来や選ばなかった可能性のことなんか誰にもわからんのじゃ。今やれることを全力でやりなされ」
結局、やれることをやるしかない。それしかない。
ならば、俺にできることは。
「破壊、殺戮、略奪、ただそれだけだ……!」
両の掌を見下ろし、俺ができることを再確認した。
※この瞬間、周囲で老魔術師の教導を見守っていた者たちが全員後ずさりしたことを、ダンジョン・ディガーと呼ばれた少年は知らない。
「ありがとうございます。迷いが晴れました。明日からも全力で魔物を殺します」
見下ろした掌を握りしめ、視線を上げ、老魔術師の目をまっすぐ見て俺は笑った。
そうだ。魔物だの悪魔だの、殺してもいい存在を殺すだけでいい。
どうせ、この世界で俺にできることなど、それしかないのだから。
とりあえず装備の合成や、先程の戦闘で手に入った素材の職人ギルドへの納品など、今からできることをすると言って去っていったダンジョン・ディガーを見送った直後、老魔術師は仲間たちに詰め寄られていた。
「おいどうすんだよ爺さん! あいつ明らかに変な方向に吹っ切れてるって!」
「このままでは、あの方の心の傷がもっと膿んでしまいます……」
主にヒートアップしているのは戦士の男と女聖術師。
「いや、ほら、もう十分ベストを尽くしてるんじゃから過ぎたことは気にせずこれからもベストを尽くせばいいじゃろって言ったら自分にできることは破壊と殺戮と略奪だけだこれからも頑張って殺そう、みたいな結論になるとはだれも思わんじゃろ」
さすがの老魔術師もたじたじである。
「しばらく、気にかけて、あげたほうが、いいかも、ね」
「だな。見た感じまだ酒は飲めねえ年らしいが、こっそり飲ませてやるか?」
「やめておけ。あの男はHP以外の魔法の果物を好んで食ってるような奴だ」
女魔術師、狩人の男、剣士の男がそんなことを言い合い。
「ギルドとして、何をしてやれるかね……あの孤独な少年に……」
その様子を眺めていた、姉御肌という言葉がよく似合うギルドマスターは、苦悩から逃避するために、静かに煙草に火をつけた。
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