第14話:破壊神、覚醒
翌朝、第8層に向かった俺は、あまりにも静かなその風景に違和感を覚えた。
魔物が、いない。
「参ったな……」
「参りましたねぇ……」
同時に同じことを言った俺とメトは顔を見合わせ、苦笑した。
これでは、《エンド・オブ・センチュリー》連打でドロップ品が手に入らない。
つまり、HP回復薬は在庫限りだ。
「収納魔術の空きを作るチャンスだと思うことにしよう」
魔物を殺さずに行う、ドロップ品が得られないなんとも無味乾燥な整地作業は実に退屈だった。
午前中だけで完全な整地は完了したというのに、気分は丸一日同じ作業をしていたような感覚だ。
HP回復薬の在庫の7割を消費しての整地作業を終了して冒険者ギルドに戻り、HP回復薬を買いに行こうとしたところで、俺達は外の騒がしさに気が付いた。
ギルドの外は、阿鼻叫喚の巷だった。
第7層にいたのとほぼ同じ魔物が、ゴーレムが、街を襲っている。
「……やられた!」
回転ドア戦術。
そんな高度なことを魔物がやってくるとは。
俺の行動はパターン化されていた。
爆撃で1日1層を更地にし、まれに用事で爆撃を休む。それだけ。
だから魔物は、昨日は第7層で俺を全力で迎撃し、今日は、俺が来る第8層を最初から放棄し、その間に王都を急襲した。
何故朝すぐに気づけなかったのだ。
俺は連日の魔法の果物の摂取で跳ね上がった身体能力に物を言わせ、片っ端から魔物を切り裂いた。短剣の攻撃力は大したことないが、今の俺ならそれでも第8層の魔物ごときまとめて10体は裁断できる。
「てやあああああ!」
メトが牛頭の魔物を背負い投げして道の染みに変える。
「こんのぉぉぉぉ!」
空を舞う魔物はシャルが射殺していく。
これなら、この場は任せていい。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああ!」
俺は一体でも多くの魔物を殺すために、戦場の中心へ駆け出した。
数刻遡る。
魔物の群れが王都を襲ったとき、王都の混乱は実にわずかだった。
日常的にゴブリンに襲われていた王都の住人は、魔物の襲撃を前にパニックに陥るような幸福な愚かさを残すことはできなかったのだ。
ゆえに、避難は粛々と行われた。
城下町の広場に開いた、魔界や地獄と呼ばれる場所につながるゲートが発見されてから、ものの十数分で近隣住民の避難が完了。
王都の騎士団が駆けつけるまでの被害は、およそ400名。
百万を超える王都の人口からすれば、微々たる被害と言えた。
そして、そこからの1時間ほどで、迷宮から呼び戻された冒険者が続々と戦列に参加。
彼らは多重合成された《紅蓮の剣》による圧倒的な火力で魔物の群れを押し返し、広場で騎士団と合流したのち、避難民を守りつつ交戦を継続した。
いかに圧倒的な火力を有するとはいえ、たった100人の冒険者では王都を急襲した数千の魔物相手に面制圧力に難があることは否定できない戦況ではあったが、それでも、確かに魔物の群れに対して有効な反撃を行い、多くの魔物の注意を引き付け、足止めすることには成功した。
戦局が膠着したころ、ダンジョン・ディガーと呼ばれる少年が帰還した。
かの少年は誰に知らされるでもなく、ただ己の殺戮衝動に任せ、魔物の戦力が最も集中している場所、すなわち、ゲート前まで即座に駆け付け、そして、その衝動のままに殺戮をなした。
それは、王都で幕開けた未曽有の殺戮劇が、反転した瞬間であった。
殺戮される者が、人間から魔物へ。
殺戮する者が、魔物から人間へ。
それは英雄譚の佳境としてなんら恥じない雄姿であるはずだった。
それなのに。
防衛戦に参加した冒険者も、王国騎士も、そんな感想は抱けなかった。
「ククク……クハハハ……クヒャーハハハハハ!!」
その少年は笑っていた。
狂笑とともに短剣を振るう少年。
殺戮を楽しむかのように、愉悦に震えるかのように、そして、泣いているかのように口元を歪めて二刀の短剣で魔物を切り刻むその姿は、誤解しようもなく、殺戮に愉悦を覚える悪鬼の姿であった。
戦闘は、すぐに終わった。
今の俺の速度なら、100の魔物を1秒で切り殺すことすら可能だ。
《エンド・オブ・センチュリー》がなくても、1か所に固まっている魔物を殺すなら、いくらでもやりようはある。
のみならず、魔物は俺が駆けつけたときには、既に逃げ腰だった。
いくらかは仕留めそこなったが、撃退は成功と言えるだろう。
……が。
整地作業に比べてはるかに短い時間の戦闘を終え、普段の稼ぎに比べればわずかなドロップ品が収納魔術に吸い込まれるのを横目に、俺は呆然と立ち尽くしていた。
町が焼かれている。
人が死んでいる。
この事態を、俺が招いたのだ。
俺が、これだけの人を殺した。
目を向ければ屍骸。
目をそらしても死骸、
あぁ、口から、目から、血が、血が出てる
べろんと臓物が、長いのはきっと腸
舌がだらしなく伸びきって
目が半開きで
こっちを見てる
怖い
考えるな
何も考えるな
考え
「助かったぜ、ダンジョン・ディガー」
錯乱しかける俺の背中をバンバンと叩いて、意識を引き戻してくれたのは戦士の男。
彼は生きていたのか。よかった。
だが、その安堵もすぐに押し潰される。
「俺の、不手際です……」
俺が、回転ドア戦術の可能性に思い至っていれば、こうはなっていなかった。
彼らが死んでいるかもしれなかった、この状況自体が発生しなかった。
「おいおい、そいつは魔物のせいだろ」
肩をすくめる狩人の男。彼が呆れる理由もわかる。
俺が意図して魔物を呼び込んだわけではない。
「お前が遠因だという可能性は十分にあるが、それはつまりお前がそれだけ魔物を追い詰めているという事だ。誇れ」
剣士の男は、ある程度俺の意図を汲み、その上で励ましてくれた。
「襲撃の、規模に比べて、被害は、驚くほど、軽微、よ」
女魔術師の言葉を、俺は信じて良いのだろうか。
町が焼け、多くの、さっきまで人だったものがあたり一面に散らばる光景を、被害がほとんど出ていないと言って良いのだろうか。
「ええ、あなたが昨日、たくさんの方に《紅蓮の剣》を配っていたおかげで、魔物を十分押し返せました」
女聖術師もそう言う。
何故か、彼らは腫れ物を扱うように俺に接しているように思える
その理由を尋ねようとしたとき、不意に、やる気のない拍手の音がした。
「いやはや、お見事です、まさか人間がこれほどの戦力を有しているとは」
それは、いつの間にかゲートの前に現れていた、蝙蝠のような翼を生やした3メートルほどの大男だった。
「ダンジョン・ディガー、あなたは私の復讐に役立ってくれたと思っていましたが、同時に最大の邪魔者でもあったようですね」
もはや俺の名については何も言うまい。
それよりも、男の言うことに何1つ覚えがない。
役に立った覚えも、邪魔した覚えも、ない。
「あなたが迷宮を掘り起こしてくれたおかげで、迷宮の魔物たちが地上へ打って出る説得に応じてくれました。これまでは、第5層までに住む低俗な魔物しか動かせませんでしたが、第6層以降で立てこもり冒険者に応戦することを選んだ知恵ある者たちが、あなたという大災害を恐れて地上への先制攻撃を受け入れてくれたのです」
男は俺が尋ねるより先に、答えを語った。
回転ドア戦術などという上等なものではなかったようだが、それでも、俺のせいで魔物が地上に侵攻してきた事だけはこれで確定か。
だが、状況は最悪ではないと判断する。なぜなら、男は、俺が邪魔だとも言った。
「しかしあなたは、迷宮から得た富を独占しなかった。欲深い人間でありながら、手に入れた力を他の者たちと分かち合った。その結果はどうだ」
翼の男は、大仰な身振りで街を示した。
「王都の人間を容易に全滅させうるとふんでいた私の計画は見事に頓挫しました。魔物達が殺せたのは、初動で逃げ遅れたわずかな人間のみ。冒険者たちの圧倒的な戦力の前に、魔物達は撤退を余儀なくされた」
たまたま昨日、町中の冒険者に《紅蓮の剣》を押し付けたのが奏功したか。
俺にとっては偶然だが、これも孤独の女神の思し召しに違いない。
(違うからね?)
孤独の女神は今日もかわいい。
が、さすがに今はそれに浸っていられる状況でもない。
目の前の、翼の男がさらに大仰な手ぶりを加えて話し始めた。
「もはや、私の婚約者を殺した女を捕らえ、拷問の限りを尽くして殺すには、1000名の我が配下たちとともに、この国を跡形もなく焼き尽くすしかない」
婚約者1人の仇のために国ごと滅ぼそうとはなんとも豪勢な話だ。
それだけ、この男は婚約者を愛していたのだろう。
そう思うと少しだけ哀れを催さないでもないが。
それでも。
俺は、平和なかつての世界の感覚ではまず直面することがない数の死体を作り出し、それを『わずかな人間しか殺せなかった』などと評し、これからそれ以上のことをすると宣言した目の前の男を、殺したくてしょうがなかった。
「その女というのは、こんな顔かしら?」
俺が武器を抜こうとしたとき、背後から凛と澄んだ声が響いた。
「ああ、忌まわしいあの日以来一度たりとも忘れたことはない……レイア・アスガルド!」
翼の男は、俺の背後の誰かに向かって怨嗟に満ちた咆哮を上げた。
どうやら、声の主が翼の男の怨敵であるようだ。
「お、王女様かよ……」
俺達の間を抜けて前に出る、青い軽鎧に身を包んだ銀髪の女を見て、戦士の男が言った。
「勇者と呼ばれる冒険者の皆様、助力を。かの大悪魔は、私の力をもってしても単独で討ち果たすにはあまりに強い」
そのつぶやきを無視し、王女であるらしい剣士は、彼らに力を貸せと言った。
目の前の大男は大悪魔であるらしい。
つまりその婚約者も悪魔だろう。王女は悪魔を殺した経験があるということか。
「悪魔の殺し方は」
俺は助力を求められた勇者の一員ではないが、聞いておく。
「核を、胸の中央の宝玉を失えば、悪魔は邪神の加護たる闇のHPを失います」
俺の問いに、王女は剣を悪魔に向けることで応じた。
その切っ先が向く場所、大悪魔の胸の中央に、確かに何か、光るものがある。
「やれるものならやってみろ」
嘲笑する大悪魔の足元に踏み込み、俺は素手でその宝玉を引きちぎった。
「なっ……」
魔法の果物で上がりに上がった俺の速度をもってすれば、この程度は造作もない。
「では、死ね」
俺は《ハーケンカリバー》で大悪魔のくびをはねた。
百度殺して殺し足りない怨敵ではあるが、愉悦を優先して殺し損ねては意味がない。
涙を呑んで、ひと思いに殺してやった。
「だ、大魔公様……」
ちょうどゲートから現れた、翼が生えた男たちがその死体を見て色めき立つ。
「よくも……大魔公様を……人間の分際でぇっ!」
どうやら大魔公というらしいあの男は、彼らに慕われていたようだ。
知ったことではない。
殺された人は生き返らない。だから、殺された以上に殺し返す。
奪われた物は戻ってこない。だから、奪われた以上に奪い返す。
手元の宝玉を錬金術師の《鑑定》スキルを通してよく見れば、膨大な魔力を生み出し続ける、実に素晴らしい性質を持っていた。
これを職人ギルドに持ち込み、装飾品などに加工するのはどうだろう。
そうだ、それがいい。そうすれば痛みを伴うらしい《加護転換》に頼らなくても、魔術師たちが《エンド・オブ・センチュリー》を連射できるようになる。
その結果、迷宮で死ぬ人間が減る。それは素晴らしいことだ。
俺は、こんな世界を、こんな世界のままにはしておけない。
「キヒ……!」
きっと、俺は今、牙をむき出しにするような凶暴な笑みを浮かべているのだろう。
そんな自嘲を最後に、俺は襲い掛かってくる悪魔の宝玉を抉り取る機械と化した。
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