第13話:性根が社会不適合者

「……アンタ、馬鹿なの?」


 ギルドの全冒険者に10個合成した《紅蓮の剣》を配り終えて達成感に浸る俺を、シャルは養豚場の豚でも見るような目で睥睨してきた。


 分け前は渡しているし、俺個人の金を俺の趣味に使っているだけなのに、それが気に入らなければ罵倒してくるような奴だったとは。

 メトの紹介だからといって深く考えずに仲間にしたことを本気で心の底から後悔するばかりである。


「昨日のメトさんを見て、俺も思うところがありまして」


 まあ、シャルの気持ちもわからんでもない。

 正確には、死に物狂いで努力すればかろうじて想像できる。


 ただで人に物をくれてやるような真似はよくない。

 相手が堕落する可能性も含め、過剰な施しは互いのためにならない。

 それは確かなことだ。


 それでも、俺はそうしたいと思った。

 せめて、命の心配くらいは、できるだけしなくていい状態であってほしい。

 それは、安全が無料だった世界に生きていた俺の感覚で、この世界では正しくないことなのかもしれないが、それでも。


「あれくらいの武器があれば、第5層までならまず死なないでしょう。第6層、第7層も、油断しなければまあ大丈夫だと思います。ゴーレムの群れとかが出てくれば話は変わりますが」


「それがどうしたのよ」


 俺の答えに、シャルはイライラしたように先を促してくる。

 話が見えないことがストレスらしい。

 理解できないものは攻撃してOK、とか考えがちなやつにありがちな態度だ。

 正直、最も関わりたくないタイプの一つである。


 今からでもシャルを仲間にしたことをなかったことにできないだろうか。


「お二人のお父様のような、魔物に殺される人が減ればと」


 内心の葛藤を顔に出さないように気を付けながら、俺が返答すると、シャルは凄まじく深いため息をついた。

 これは殴ってもいいところだろうか。


「急に聖人君子みたいなこと言うのやめなさい。アンタは地形ごと魔物を虐殺してアイテムを略奪するのが大好きな鬼畜でしょ」


 シャルは俺のことを正しく理解していた。

 できれば俺が人と、特にシャルのようなタイプと話すのを苦痛に感じることも理解してほしいところではあるが。

 まあ、それは高望みだろう。


「ではこう考えてください。俺は収納魔術の空きが増えて嬉しい、彼らは強い武器が手に入って嬉しい。ギルドは冒険者の被害が減って嬉しい。三方よしの取引です」


 職人ギルドと商人ギルドの倉庫問題が顕在化したことで、本格的に、俺は俺が掘り起こした資源の使い道もある程度考慮しなければならない立場になってしまったのだ。

 とりあえず献上して女王に使い方をゆだねるという方法もあるにはあるが、女王の時間も無限ではない。

 ましてやこれは俺自身の尻ぬぐいだ。

 ならば、俺が多少金銭的に損をする程度でこの問題に決着をつけるというのは、妥当な解決策だろう。

 世の中は金で解決できないことが多すぎる。

 だから、金で解決できるうちは金で解決しておく方が手っ取り早い、という考え方もあるのだ。

 もちろんこれは金がなければできない考え方ではあるが、幸い、今の俺には、少々ならば金がある。


「で、本音は?」


 シャルは俺のことをとてもとても正しく理解していた。

 三方よしの取引、というのも、本音ではあるが本心ではない。


「これで明日から、あらゆる魔物が無数の《バーストボルト》に焼かれるようになる、その愉悦だけで俺は満足です」


 俺はこれまで、迷宮の壁を爆砕していく中で、魔物に襲われ、苗床にされて死んでいったのであろう凄絶な死体も幾度か目にした。

 腐り果て、乾いた死体だったから、俺はせいぜい怒りを覚える程度で済んだが、もしあれらの鮮度が良かったらと思うと、総身の毛穴が開く思いである。

 そんな魔物に、もはや反撃の隙を一分たりとも与えない、一方的な虐殺を可能とする、それは俺にとって、どこまでも愉快なことだった。


「そっちのほうがアンタらしいわ。心底アホくさいと思うけど、それでも、アンタらしい鬼畜の所業ね」


 シャルが嘲笑する。

 そろそろ殴っていいころだろうか。

 誰かゴングを鳴らしてほしいのだが。


 立ち上がりかけた俺の腕を取ったのは、頬を膨らませたメトだった。

 やはり妹が殴られるのは受け入れがたいのか、と思ったが、違った。


「フェイトは優しいですよぉ!」


 妹からの俺の評価が鬼畜であることがご不満らしい。

 メトはシャルと違い、どこか俺を買い被っているふしがある。

 訂正したところでかえってこじれそうな気しかしないから放置しているが、あまり放っておくのも良くないかもしれない。

 シャルのように言動そのものが俺の神経を逆撫でするわけではないのが救いか。


「恋は盲目ってよく言ったもんだわ……」


 頭を抱えるシャルに、こればかりは激しく同意せざるを得ない。


(人のこと言えないでしょ。いいことあったらとりあえず私のせいにするあなたは)


 孤独の女神は今日もかわいい。

 なるほど、孤独の女神が関わると語彙力を失う俺も、確かに同じ穴の狢だ。


 それはそれとして、シャルを殴ってもいいだろうか。



 湧き上がる殺意をどうにかごまかしながら魔導書を読んでいると、急に酔っ払いが俺の肩に寄りかかってきた。

 酒臭い。


「酒臭い」


「ダンジョン・ディガーざぁぁん!」


 その酔っぱらいは何か俺に用があるらしく、俺に抱き着いて、俺の異名を呼びながら号泣していた。


 さなきだに見れば、それは勇者級冒険者の一人で。


「泣いていいんですよ。辛いって言っていいんですよ。助けてって言っていいんですよ。お姉さん、頑張っちゃいますから!」


 赤髪の女聖術師は、額が触れ合うような距離で俺の目をまっすぐに見て、そんな意味不明なことを言いながら。


 嘔吐した。


 キレそう。


「キレそう」


「さっきから心の声漏れてるわよフェイト」


 シャルは俺の心が読めるようだ。

 読めるなら俺がシャルを面倒くさいと思っていることも読んでくれないだろうか。


「うわっ、済まねえダンジョン・ディガー! おいこらバカノン! すぐにそいつから離れろ!」


 勇者級冒険者の戦士の男が引きはがしにきてくれたが、あと15秒早く来てほしかったという気持ちが抑えきれない。


「だーめーでーすー! ダンジョン・ディガーさんには頼れる大人の人がついてないといけないんですー!」


 抱き着こうとするのをやめてほしい。

 今すぐ俺の前から消えてほしい。

 そして、判断力がなくなるまで深酒する時点で頼れる大人などではないことをしっかりと自覚してほしい。

 


「だったとしてもそれは絶対にお前じゃねえよ!」


 戦士の男のツッコミは実に的確だった。

 頼れる大人になりたいというのなら、とりあえず人にゲロぶっかけるような行為は厳に慎んでいただきたい。

 断じて絶対に、今の女聖術師を頼れる大人と認めるわけにはいかない。


「災難じゃったの。少ないが、洗濯代と風呂代じゃ」


 戦士の男にキン肉バスターで連れ去られた女聖術師を横目に、老魔術師が金貨袋を差し出してくる。


 俺はそれを受け取り、席を立った。


「まあ、なんだ、あいつはバカなだけで悪気はなかったんだ。許してやってくれ」


 狩人の男の言葉に、俺は明確に苛立った。

 こういうときは、何も言うべきではない。

 いま口を開けば罵倒しかこの口は吐き出さないから。


 俺は無視してその横を通り過ぎようとして。


「フェイトとお風呂……ごくり」


 何かよからぬことを企んでいるメトを無視できなかった。


 因みにこの世界にはローマ的な大浴場があったりする。

 日本人的感性からは、湯船に浸かれることは歓迎したいところではあるのだが、浴室が男女で別れていないのでちょっと気まずいという問題がある。

 そういう文化なのだ、と理解するべきではあるのだろうが。


「さあ、行きましょうフェイト! 全身くまなく丁寧に洗ってあげますよぉ! うへへへへへ!」


 何故だろう。貞操の危機を感じる。

 しかし、ゲロを浴びたまま寝るのは論外だ。

 よって、結論は一つ。


「シャルさん、メトさんの足止めをお願いできますか」


「おっけー」


 俺は一人で浴場に向かった。



 存外に空いていた浴場の片隅で湯に浸かっていると、ささくれていた神経が滑らかに戻っていくような錯覚を覚える。

 ゲロを浴びた服の洗濯には、魔術を駆使する前提でも乾くまでおよそ1時間ほどかかると言われているので、その間は風呂に浸かってくつろぐことにしよう。


 そう、思っていたのだが。


「お邪魔、するわ、ね」


 青い髪の女が、俺の隣に腰かけてきた。


 かけられた声につい目を向けた俺の目に焼き付いたのは、月明かりに照らされた細身の肢体。

 なだらかな、しかし確かな女性的曲線を描く薄い肉付きは、今の俺の、15歳前後の少年の肉体には凶器たりえる。


 俺はそれ以上直視することを避け、目を閉じた。


「ごめんなさい、ね。でも、放って、おけない、の」


 そのどこかたどたどしいしゃべり方は、俺にその女が何者であるかを思い出させるのに十分だった。

 勇者級冒険者の一人、女魔術師。


「それは死に物狂いで困ります」


 女魔術師の言葉に、俺は明確な拒絶を返した。

 一人でくつろぎたかった時間をこうして邪魔されている以上、放っておけないという善意は、俺にとっては刃そのものだ。

 あるいは、ゲロをぶっかけられたことさえもそれが原因かもしれないのだから、なおさらである。


「困る、の?」


 俺は目を閉じたまま首肯した。


「俺は孤独を愛しています。人と関わるのは面倒だ。それが善意であっても、いや、善意であるからこそ。断りづらいぶん、なおさら迷惑です」


「そう……」


 女魔術師は、俺の言葉をどう受け止めたか。

 それは分からない。


 俺の望み通りに離れて行ってくれるという事もなかったが、しかし、俺が恐れていたように、なおさら放っておけないなどと言い出すこともせず、ただ、黙って湯に浸かっていた。


 結局、俺は一人でくつろぐことができないまま、湯船で1時間過ごした。

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