第12話:過ぎたるは猶及ばざるが如し
ダンジョン・ディガーと呼ばれる少年が地平線を埋め尽くすゴーレムを蹂躙し、仲間たちによる素材のピストン輸送を開始して1時間ほどで、職人ギルドは阿鼻叫喚の巷と化していた。
「どうなってやがる! 倉庫がパンパンだってのにダンジョン・ディガーの仲間がすごい勢いで素材を持ってきやがる!」
昨日まで、1日の終わりに数人分の収納魔術を埋め尽くす程度の素材を持ち込んでくるだけだったのに。
いや、それでも十分おかしいが。
「収納魔術で拡張されまくってるはずの倉庫がパンパンってどうなってんだよ!」
建物そのものに収納魔術を付与し、人が収納魔術で作り出せる空間よりはるかに大きい容量を実現している魔術倉庫を素材で埋め立てた本日の納品回数はもはや、数えることも億劫だ。
「あの変態は王都を素材で埋め立てる気か!?」
「ええいなんだっていい! なんでもいいからとにかく作れ! 失敗して素材が無駄になっても構わん! とにかく倉庫に空きを作るんだ!」
「このままじゃ本当にギルドが、その次に王都が素材に埋もれちまうぞ!」
怒鳴り合いながらも一心不乱に鎚を振り、大量の素材を装備品に作り替える職人たちだが。
「商人ギルドの倉庫も一杯で、ものを作っても置き場所がありません! 王都中の店の棚が埋まってて、もう行商人にタダ同然で叩き売るくらいしか手がないんです!」
数刻もしないうちに、商人ギルドからも悲鳴が上がりはじめた。
職人ギルドは、素材は減らせても、成果物を生み出す。
その成果物の置き場所がなければ、結局は同じことだ。
「数日でこんな量のアイテムの買い手がつくわけねえよな! そらそうだ!」
その知らせを聞いた職人は鎚を放り投げた。
「「「「「ダンジョン・ディガーめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」」」」
職人たちと商人たちの恨み節が虚空に溶けて行った。
さらに同時刻。第5層の門番の部屋。
「《風刃の杖》!」「《風刃の杖》!」「《風刃の杖》!」「《風刃の杖》!」「《風刃の杖》!」「《風刃の杖》!」
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
6名の勇者級冒険者と、アシスタントにやとわれた駆け出し冒険者2名の手によってかつてないハイペースで召喚されては出オチさせられる漆黒の剣士からざくざくと《紅蓮の剣》がドロップしていた。
(なんで狂人が6人に増殖してんだよ! 後ろの二人も反復横跳びをヤメロォ!)
言葉にならない叫びもむなしく、漆黒の剣士はくびをはねられた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
駆け出し冒険者の反復横跳びによって殺された瞬間に召喚され、召喚された瞬間に6発の《ハーケンカリバー》でくびをはねられ、ただ経験値にされるだけで、何の抵抗もできない時間が過ぎ。
自分がもはや門番でも致死トラップでもなく、資源として屠殺されるだけの存在に堕したのだと理解させられた漆黒の剣士は、ついに考えることをやめた。
そんな漆黒の剣士を殺して殺して殺して殺している8人の冒険者たちは、どんな様子であったかと言えば。
「これだけでレベルがグングン上がるの、ちょっとインチキ臭いけど癖になるな」
「ああ、日当貰ってこれがやれてる俺たちはラッキーだぜ」
反復横跳びをしている2人は、楽して強くなる事の味を覚えてしまっている。
よくない傾向だが、いずれ奥の層を目指すにあたって、苦難に立ち向かうときに考え方は自然と改められることだろう。
勇者級冒険者は、それに輪をかけて酷かった。
「全員物欲装備だとすごい勢いでアイテムが出るな! 経験値もすごいし、闇落ちしちまいそうだぜ!」
戦士の男が楽しげに笑う。物欲装備の魅力に取りつかれ命の大切さを見失うことを闇落ちというが、むしろそれを嬉々として受け入れるかのような声で。
そして、他の5人も闇落ちしかけている自分に気づき、戦士の男をひっぱたきながら強く強く自分を戒めた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
しかし、どうして戦士の男を責められよう。
強くなりたいという欲求も、強い武器が欲しいという欲求も、戦いと無縁ではいられないこの世界においては、生存のための根源的な欲求なのだ。
それが少しでも楽に手に入るなら、それは歓迎すべきことだ。
駆け出し冒険者2名も、勇者級冒険者6名も、等しく、その事実の前に、闇落ちへの誘惑に耐え続けることはできない。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
漆黒の剣士はくびをはねられた。《紅蓮の剣》をてにいれた。
むしろ、この効率の良い狩場は、人類の共有財産とするべきだろう。
そうすることで、全ての人間が『先へ進むための必要な修行としてここでレベリングする』のなら、それは迷宮攻略という人類の悲願に対してプラスに働く、祝福されるべき行いとなる。
夕刻、アイテムの処分以外特に苦戦することもなく第7層を更地にし終え、今日最後の素材の納品に行った俺は、職人の皆さんにハンマーでフルボッコにされた。
HPがあるから痛くはないとはいえ、もったいないのでやめてほしい。
そこまで怒らせるようなことをやったのだろうか。
尋ねると、ハンマー打撃の勢いが増した。
「お前が! うちの倉庫を! 素材で! 埋め尽くして! 全然処理できねえし! 加工したって! もう商人ギルドに! 並べる商品棚が! ねえんだよぉ!」
「心の底からごめんなさい」
代金は売れた後で構わないという条件で納品しているが、倉庫の圧迫はどうしようもない。
職人の皆さんの怒りもごもっともだ。
自分の不手際が原因で迷惑をかけたのなら、自分で尻拭いをせねばなるまい。
「責任は取ります」
まず俺は、職人ギルドに、あるだけの収納魔術の魔導書を進呈した。
収納魔術は対応する職業も、魔術自体の熟練度もないので被った場合読む意味がなく、いくらか溜まっていたのだ。
無論、建物そのものに収納魔術が付与されている倉庫にくらべれば、一つ一つの容量はわずかと表現せざるを得ないが、塵も積もれば山となるという言葉もある。
「焼け石に水だが、ないよりましか。今後もしばらく……ギルドの全員が覚えるまでは持ってきてくれ」
俺の説明を聞いた職人ギルド長の反応はあまり思わしくなかった。
職人ギルドで作られた装備品などの出口である商人ギルドが詰まっているのでは、根本的には何も解決しない。
そのうえ、普段は3人分の収納魔術がパンパンになる程度のもの(しかもそのうち一部は冒険者ギルドに売却したり自分で食ったりして消費している)しか納品していなかったところに、今日はピストン輸送が必要になるレベルのものをぶち込んでしまった。
明日も魔物が大規模な防衛ラインを築いている可能性がある以上、数名分の収納魔術など、気休め以上のものにはならない。
俺は商人ギルドに向かった。
「倉庫内の在庫、合成しますよ」
俺は商人ギルド長に断りを入れ、陳列されている商品と倉庫内の在庫を手当たり次第に合成しまくった。
これで性能が10倍になる代わりに数は10分の1だ。
※ゴーレムの大量虐殺により錬金術師の熟練度が100に達している。
「そんなこともできるのかい。また、物が溜まってきたら合成を頼んでいいかな? こんな時代だ。冒険者にも王城にも、最高のものを納品したいからね」
その様子を見ていた商人ギルド長の言葉に、俺は静かにうなずいた。
「倉庫の件でご迷惑をおかけしているようですし、俺の取り分は予定より減らしてもらって構いません。もともと、俺の根本的な目的は、大量に手に入る素材類の置き場所として倉庫を使わせてもらうことですし」
俺が言うと、商人ギルド長は価格設定を少しだけ俺に相談してくれたうえで、ぱんぱんと手を叩いて職員を呼んだ
「おーい誰か! 冒険者ギルドと王城に行って、これから高性能品の特売をやるって触れ回ってきてくれ!」
これで、今ある商品はさばけるだろう。
今日アホほど素材をぶち込んでしまったので、当面は納品のたびにその日生産されたものをありったけ合成する作業が追加で発生することになりそうだが、それもまた、望むところだ。
冒険者の戦力の底上げは、迷宮での犠牲者の減少に直結する。
「よし、あとは……」
少しばかり追加の用件が発生はしたが、職人/商人ギルドへの納品を終えた俺は、今日一日楽しみにしていた作業にかかることにした。
勇者級冒険者達の手によって大量にドロップしたであろう《紅蓮の剣》を買い漁り、多重合成して冒険者に配るのだ。
ちなみにその話を商人ギルド長にしたところ、《紅蓮の剣》の在庫を今のうちに全部買ってくれと泣きつかれた。
至極もっともだ。俺がやることは価格破壊以外の何物でもない。
俺は快諾し、《紅蓮の剣》を一つ残らず買い占めた。
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