第11話:逸失利益などという概念はない

 翌朝、いつものようにギルドでメト達と合流した俺は進入受付窓口に向かったが。


「第7層がすげーことになってて進めねえんだ! とにかく頭数揃えて突破しねえと、このままじゃ地上まで押し返されちまう!」


 なにか、もめ事が起こっていて受付してもらえなかった。


「あの、何かあったんですか」


 とっとと受付してほしい気持ちをできるだけ隠しながら俺が尋ねると、窓口で口角泡を飛ばしていた戦士の男が振り返った。


「ダンジョン・ディガーか、聞いてくれ! 第7層に魔物どもがとんでもねえ数のゴーレムの群れを配置してて進めねえんだよ! あんな数のゴーレム、突破できねえどころか王都を更地にして余りある戦力だぜ! このまま押し込まれたら人類は……」


 俺は土下座した。


「……急にどうしたんだってばよ?」


 俺は、時折地上で用件を済ませる日以外は、毎日1層ずつ更地にしてきた。

 第5層までの魔物は知恵らしい知恵がないけだもの同然の雑魚や、知恵があったとして子供の一つ覚え程度のことをしてくるのが関の山のゴブリンなどだったが、第6層の魔物は、俺が午前中に半分更地にしたあと、昼休憩をとって戻ってくると、その間に陣形を整え、遠距離戦の準備を整えて集団戦で迎え撃つ程度の知恵と即応性、実行力を有していた。

 つまり、第7層の魔物は第6層の魔物とある程度情報を共有し、朝から全力で俺を迎撃する気で、戦士の男が言う『とんでもねえ数のゴーレム』による防衛ラインを築いていたという事だ。


「なるほどなぁ……」


 俺が自身の推測を話すと、戦士の男はがしがしと頭を掻いた。


「ついにダンジョン・ディガーの雷名が魔物にも轟いたってわけだ……」


 もう名前を訂正する気も起きなくなってきた。

 無論、現状はそれどころではない。

 第7層の突破は《エンド・オブ・センチュリー》で俺が頑張るとして。

 やるべきことがもう一つある。


「たしか、第10層以降に挑んでいたのはあなた方6人でしたね。お集まりいただくことは可能でしょうか」


 俺は目の前の男とその仲間に損害を補償せねばならない。



 俺の呼びかけに応じて集まった6名の、勇者級と呼ばれる冒険者たちは、席に着くと同時に俺が配布した杖を手に取り、首をかしげ、やがて、そのうちの一人、女魔術師と見える冒険者が尋ねてきた。


「《風刃の杖》なんて、いいもの、もらっちゃって、いいの?」


 第6層を更地にした結果、8本だけ手に入った《風刃の杖》。

 かざすと《ハーケンカリバー》が発動するという効果を持つ、魔術師を育てていないパーティにとっては垂涎の的である魔法の杖を、俺は惜しまず彼らに譲渡した。

 俺の分はまた稼げばいい。今は、彼らに使ってほしい。


「差し上げます。そして、それは俺からの損害補償の前座に過ぎません。事実上、勇者級冒険者の時間を一日無駄にするわけですから、物だけ渡して許してもらおうなどとは思っていません。皆様には今日、俺が第7層を更地にする間、第5層にいる漆黒の剣士を殺し続けていただきたい。具体的な……」


 俺の言葉を、銀髪の剣士が遮った。


「いや、門番はもう倒した。再戦はできない」


 彼の言う事ももっともだ。

 門番を倒し、第6層に一度でも進んでしまうと、門番は現れない。

 しかし俺も、そのことは承知している。

 そして、第6層を突破した者でも、そうでない者を連れていれば門番が現れることを、シャルを仲間にした時に体験済だ。


「再戦の方法があります。まずはこちらの、今日一日、俺のポケットマネー1万サフィアで雇った駆け出しの方2名を連れて第5層に向かっていただきます」


 ギルドに頼んで、勇者級冒険者に守ってもらえるが全身物欲装備という条件をのんでくれる新人を二人探してもらった。日当が高くついたが、どうもこの世界では物欲装備もかなり忌避されるらしかったので必要経費と割り切るしかない。


「よ、よろしくお願いします……」


 勇者級の冒険者を前に、駆け出し冒険者は委縮しつつも会釈して見せた。

 さて、話を戻そう。


「漆黒の剣士は第6層に行ったことがない者が部屋に入ると何度でも再出現します。俺はそれを利用し、《紅蓮の剣》を荒稼ぎしました」


「お、おう……」


 何故か戦士の男が俺から距離を取った。

 もしかして、匂うのだろうか。

 ※不正解。あまりのキチガイぶりに引いているだけである。


「つまり作戦はこうです。お二人は、部屋に到着したらとにかく部屋の入り口で反復横跳びしてください。皆さんは、奴が出現したら即座に《風刃の杖》をかざし、発動する《ハーケンカリバー》で出オチさせてください。もちろん全身物欲装備で」


「一から十まで頭おかしいな。これがダンジョン・ディガーか」


 腕組みして俺の話を聞いていた狩人の男が呆れたように笑った。


「よく言われます。ですが、皆さんにとって漆黒の剣士はもはや雑魚。物欲装備でも余裕で勝てるでしょう。ゆえに今日だけは、稼ぎの効率を重視すべきです。お手元になければ俺の予備を皆さんにお貸ししても構わない。目指すは《紅蓮の剣》1000本です。もちろん売るなり自分のものにするなり好きにしてもらっていい。ギルドの買取枠を超えるようなら、同額で俺に売りつけてもらって構いません」


 最後に挙手したのは、女聖術師。


「そこまでする理由は、なんですか? その、仮に第7層をいつも通り通過したとしても、《風刃の杖》6本に相当するような戦果は得られないと思いますし……」


 なるほど確かに、直接の取引として俺にはメリットがないか。

 また、金銭的な逸失利益の補填という観点だけなら、彼らには《風刃の杖》6本を受け取ったうえで今日一日惰眠をむさぼってもらう方針でも確かに問題なさそうだ。

 それも、説明すれば問題なかろう。


「理由の一つは、経験値の補填ができる手段がこれしか思いつかなかったことです」


「け、経験値まで気にしてたんですか……」


 聖術師の女は、一応それで納得してくれたが、いよいよ申し訳なさそうに肩を縮めてしまっている。

 俺のメリットも提示したほうが、気兼ねなく損害補償を受け取ってくれそうだ。

 予定していなかったが、俺はもう一つの目論見も話すことにした。


「そしてもう一つ。これは個人的な趣味ですが……俺は見てみたいんですよ。このギルドの、百人前後の冒険者が全員、《バーストボルト》を多数発動できる《紅蓮の剣》を手に、魔物の住処をぺんぺん草も残らない焼け野原にする光景を」


「情け無用の残虐ファイトにもほどがあんだろ!」


 戦士の男がテーブルをバンと叩いて立ち上がった。


「魔物に情けがいるとでも?」


 魔物は災害なのだ。前の世界の感覚で言うなら、スズメバチをスケールアップしたようなもの。日常的に被害が出るからには、駆除あるのみである。


「……わかった。今日は君の言う通りにしよう」


 戦士の男を手で制した、それまで黙っていた老魔術師は、話が分かる人のようだ。


「感謝します」


 俺は最後にもう一度、彼らに頭を下げ、進入受付を済ませて第7層に向かった。



 ダンジョン・ディガーを送り出した勇者級冒険者たちは、その場を動けなかった。


「なあ、爺さん……」


 最初に口を開いたのは、戦士の男。


「ああ。噂は本当じゃったようじゃな」


 老魔術師は、重苦しくうなずいた。


「復讐者……」


 女魔術師は目を伏せた。

 ダンジョン・ディガーがなぜ、《加護転換》などという激痛を伴う手段を用いてまで魔物の殺戮にこだわるのか。


 女聖術師も、悲しげに手元の《風刃の杖》に目を落とす。

 その価値を、貴重さを、女聖術師はよく知っている。

 いくら損害の補填といっても、他人に何の躊躇もなく渡せるものではない。

 もし魔物たちが第7層を封鎖していなければ今日彼女たちが得られたはずの利益を損害と称しているようだが、そんな法はない。

 ※この国の法律に逸失利益の概念などない。

 十億歩譲ってそれを損害と認めたとしても、第7層がゴーレムで封鎖された今回の事態は、ダンジョン・ディガーが引き起こしたものではない。

 あくまでも悪いのは魔物だ。

 ダンジョン・ディガーの言う『損害の補填』自体、本来的には存在しない義務だ。

 明らかに、《風刃の杖》を渡し、第5層の門番を何度も殺させることの方が目的としか思えない。

 すなわち、『個人的な趣味』と称していた、多数の冒険者たちによる魔物の住処の蹂躙こそが。


 そして、それこそが目的だとすると、一つの噂が信憑性を増す。


「全てを魔物に奪われ、今のあの人に残るのは魔物への憎しみだけ……」


 そういう噂がある。与太と切り捨てるには、あまりに、ダンジョン・ディガーの言動は狂気に満ちていた。数多の冒険者が魔物の住処を焼け野原にする光景が見たいなどとは、並大抵の狂気ではない。

 冷静な、礼儀正しく見える言動がかえってそれを際立たせている。


「まあなんにせよ、やると言っちまった以上やるしかない。今日ばかりはキチガイの衣装に着替えてキチガイのまねごとをしようじゃないか」


 狩人の男が飄々と肩をすくめ。


「ああ。さっさと行こう」


 剣士の男が真っ先に席を立った。



 第7層につくと、聞いていた通り、凄まじい数のゴーレムがひしめき、ありとあらゆる道をふさいでいるどころか足の踏み場もなかった。


 つまり、今ここは最高効率の狩場である。


「《エンド・オブ・センチュリー》!」


 俺の一撃で、数え切れないほどのゴーレムが崩れ落ちる。

 即座にその間隙を抜け、次のゴーレムの群れに突貫。

 あとは、いつもやっているだけのことだ。


「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」


 とりあえず《エンド・オブ・センチュリー》で適当に更地にして場を温めて、あとは流れで片っ端からサーチアンドデストロイ。情け無用の残虐ファイトあるのみ。


「しぬぅ!」

「ころさぇぅ!」

「おうちかえぅ! おうちかえぅ!」

「もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 盤石の守りと信じたのであろう、大地を埋め尽くすゴーレム軍団が見る見るうちに溶けていく様に、魔物たちは発狂していた。


「楽しいなぁぁぁぁぁぁぁぁ! はははははははははははは!」


 俺は粉砕されていくゴーレムの群れを眺めながら、高揚感と愉悦に浸った。



 ※なお、恐るべきことに倒すと5メートルほどの全身が余すことなく素材になるという特殊極まるドロップをかましたゴーレムのせいで収納魔術がすぐにパンパンになり、途中からメトとシャルに全力疾走で職人ギルドと迷宮をピストン輸送してもらう羽目になったため、足止め効果はかなりあった模様。

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