第10話:言動がナチュラルに洗脳
午後、第6層の残り半分を爆撃しようと迷宮に再突入した俺たちを襲ったのは、知性ある魔物達による遠隔攻撃の嵐だった。
「みんなで! ちからをあわせて! たたかうんだっ!」
「あの人間は魔力の大爆発を何度でも起こすぞ! 近づけさせるな!」
「なんだっていい! 石でも丸太でも、とにかく物を投げつけるんだ!」
様々な魔物がいた。
恐らく妖精であろう光の羽が生えた小人や頭に植物の芽が生えている小人、狼男、植物女、その他にも、実に多様性あふれる魔物たちの混成部隊。
「人間より人間らしいですねぇ」
その姿を、メトはそう評した。
メトにとって、少なくともそこらの人間はいざとなれば仲間を切り捨てて自分だけが助かろうとする卑怯者。
信頼に値しないという意味では、俺も同意見だ。
それに比べ、迫る暴威に力を合わせて立ち向かう魔物達のなんと勇ましく、美しいことか。
だが無意味だ。
「ククク……愚かな……。 《エンド・オブ・センチュリー》!」
《エンド・オブ・センチュリー》は視界内なら発動座標を自在に操作できる。
勇気ある魔物たちは、魔力の光に粉砕され蒸発した。
「密集陣形など取るからだ」
敵の密度が高い位置でぶっぱなす《エンド・オブ・センチュリー》はいい。
何度やっても飽きがこない。
さて、森の地形を利用してゲリラ戦など仕掛けられても面倒だ。ここは……。
俺は《紅蓮の剣》を取り出した。
「さあ! 汚物は消毒だぁぁぁ!」
105連 《バーストボルト》で森を焼きながら進み、適当な位置まで踏み込んだら。
「《エンド・オブ・センチュリー》!」
今日のぶんの商人ギルド、職人ギルドへの納品物を、そして俺たち自身が使うためのレアドロップ品を、稼がせてもらう。
メトにとっては復讐であるこの戦いも、俺にとってはいつもの稼ぎだ。
「その肉食わせ……ピギィ」
俺に爪で襲いかかろうとした狼男が《吹雪の弓》の一撃で消し飛ぶ。
シャルも、姉の父への思いを理解して、復讐者としての覚悟を決めたのだろうか。
「おのれ人間めぇ! 食料の分際でぴゅべっ!」
俺にかみつこうとした食虫植物女がメトの百裂拳で破裂した。
「ぷるぷる。ぼくわるいマンドラゴラじゃないよ……ギャアア!」
憐憫を誘おうとしながら後ろ手にナイフを隠し持っていた植物の小人に《紅蓮の剣》を向け、《バーストボルト》で焼き殺した。
「魔物殺すべし慈悲はない!」
さらに《紅蓮の剣》が吼え、100を超える《バーストボルト》の炎が巨大なマンティコアを包む。
「こんなの絵本でしか見たことないわよ! 《ライトニングブラスト》!」
俺の背中を狙った双頭の大毒蛇の、片方の首を《吹雪の弓》が、もう一方を《ライトニングブラスト》が穿つ。
「人間どもめ、食料の分際で生意気な! 生きたままひき肉に加工してくれるわ! 妖精王の名のもとに命ず! 者どもかかれぇ!」
指揮官めいた、人間と変わらないサイズの妖精が何か言っているが。
そんな脅しに怯えるほど彼我の力量差は近くない。
少なくとも俺にはそれがはっきりとわかる。
これも『知識を与える』孤独の女神の加護に違いない。
(ええ、これはたしかに、私があなたにあげた力よ)
認めてくださる孤独の女神もかわいい。
「ところで妖精さん」
なぜか、メトがその指揮官めいた妖精に声をかけた。
「なんだ人間よ。地に這いつくばって許しを請うというのならどのような料理になるかくらいは選ばせてやろう」
孤独の女神の加護のない彼らには、俺達と自分たちの力量差はわからないらしい。
いっそ滑稽な傲慢さだが、メトは笑わなかった。
「そのお手元の腕輪なんですけどぉ、どこで手に入れたんですかぁ?」
メトが指差したのは、妖精が腕につけている、みすぼらしい腕輪。
豪奢な妖精の服装の中で、それだけが逆に目立つ。
「貴様らほどではないが生意気な人間が我に剣を向けた故なぶり殺しにしてやったのだが、最後までこの腕輪だけはかばいおってな。絶望させるために奪ったのだ」
それは、俺も知らなかった最悪の地雷を踏みぬいた。
「そうですかぁ。ところでそれ、私がお父さんにあげたお守りの腕輪なんですよぉ」
メトがいつもののんびりした口調で、しかしはっきりと殺意を滲ませて言った。
父の形見か。それも、仇がそれを持っていて、先程の言いざまだ。
メトの怒りは、俺が想像できるものではない。ならば。
奴はメトの獲物だ。それも、100度殺しても足りぬであろう怨敵。
「フェイト、しばらく《エンド・オブ・センチュリー》は我慢してくださぁい。こいつは、楽に殺しちゃもったいないですぅ」
妖精の首を掴みながら、暗い笑顔で言うメトに、俺は蘇生薬をあるだけ全部(約2000個)渡した。
膨大な数のアイテムを一瞬で渡すときも収納魔術は役に立つ。
「知ってますかメトさん、HPがゼロになっても魔物はすぐには消滅しません。そしてこれは人間の話ですが、あまりに傷が深ければ蘇生薬を使ってもすぐに失血などでHPはまたゼロになってしまうそうです。さらに、ドロップは見た限り、HPがゼロになった瞬間に発生しているようです。あとは、わかりますね?」
見たところ上位の妖精のようだし、何かいい固有ドロップがあるかもしれない。
「それはいいことを聞きましたぁ。あなたのドロップ品を教えてくださいねぇ」
凄絶な笑みを浮かべ、妖精に《正直草》をぶっかけながら言うメト。
ツーと言えばカーというのか、阿吽の呼吸というのか、とにかく息が合う。
「や、やめろ! 私の固有ドロップは《光の翼》と《妖精王の腕輪》だ! 固有以外も第9層相当のランダムドロップが追加でギャアアア!」
メトが怒りと憎悪の拷問を開始したところで、俺はじりじりと後ずさる妖精たちに向かって《紅蓮の剣》をかざした。
「「「「ぎょえーっ!」」」」
同じ断末魔で合唱を演じながら消し飛ぶ雑魚妖精。
《敵感知》スキルに(メトが拷問している1体を除いて)反応がないことを確認した俺は、《紅蓮の剣》で周囲の森を焼きながらメトの復讐が終わるのを待った。
思ったより時間がかかりそうだったのでシャルにメトの護衛を任せ、第6層の全域を更地にした俺が二人の元に戻ったのは、帰還を義務付けられた時間の寸前だった。
ばらばらに解体された妖精王と、その前でへたり込んですすり泣くメト。
そして、慰めたいが周囲の警戒も怠れないといった様子で落ち着かないシャル。
俺が二人に駆け寄ると、メトは俺に気づいて飛びついてきた。
「フェイトぉ……」
何を言えばいいのか、俺にはわからなかった。
「お父さんは……家族のために一生懸命な人だったんですぅ……」
ただ、黙って話を聞くのが正しいのだろうか。わからない。
「魔物が出ても誰にも守ってもらえない村から、たとえ片隅の貧民街でも、お城の兵士に守ってもらえる王都に移住するには、冒険者になるしかなかったんですぅ」
よい父親だったのだな。家族のために危険をいとわない、高潔な父親。
「そしてお父さんは、少しでも家族にいい暮らしをさせたいからって、必死に修行して、第5層を抜けて……その次の日には、帰ってこなかったんですぅ……」
そういう、優しい人から死んでいく。
「どうして、どうしてお父さんが死ななきゃいけなかったんですかぁ!」
ああ、俺も同じ気持ちだ。だからこそ。
「なんで、こんな魔物がのうのうと生きてて、お父さんは……!」
俺は、顔を覆って泣くメトの手を取り、その目をまっすぐに見た。
「奪われたものは、殺された人は帰ってこない。それは、悲しいですが、現実です」
そして俺は、メトの足元を指さした。
そこには、まだ回収されていない、妖精王のドロップ品の山。
「それでも、殺された以上に殺し、奪われた以上に奪い、帳尻を合わせることならできる」
シャルの言った通り、所詮、俺は情け無用の残虐ファイトしかできない。
破壊と殺戮、そして、略奪。俺にできるのはそれだけだ。
だが、それはモヒカンの男が言っていたように、後に続く者の安全にも繋がる。
ならば、血塗られた道なき道を突き進もう。
孤独の女神の思し召しのままに。
(そんなこと望んでないけど……あなたがそれで楽しいなら)
超楽しいです、女神様。
「メトさん個人の復讐は今日終わった。ここからは、人類の代表選手として魔物という種族に復讐するんです。俺も、手伝いますから」
俺の言葉に、メトは強くうなずいた。
「……はいっ!」
メトは涙をぬぐい、立ち上がった。
「まずは帰って、食事をとり、眠りましょう。今日は疲れたでしょうから」
そろそろ時間だ。とっとと帰ろう。
「アンタ、お姉ちゃんを悪の道に引きずり込むのはやめてもらえる?」
シャルの言葉を無視し、俺は《携帯非常口》を使った。
その日の夜も、日課の時間はいつものように流れた。
いらないものは全て職人ギルドと商人ギルドの倉庫に流し込み。
魔法の果物を食べ。
魔導書を全て読み。
そして、有用な装備や魔法の道具は合成して性能を高め、収納魔術の空きを作る。
「アンタ毎日こんな感じなの?」
シャルが青い顔で頬をひくつかせていたが、まあだいたいこんな感じだ。
「今日は有用にもほどがある《光の翼》と《妖精王の腕輪》が大量に手に入ったので、合成の時間が少し長かったくらいですね。だいたいいつも通りです」
《光の翼》は飛行能力が得られるうえ全ての能力と属性耐性、属性攻撃力が上がる装飾品、《妖精王の腕輪》は、発動した魔術が追加でもう一度発動する効果が付いた腕輪。
強力過ぎて悪目立ちするレベルだ。入手源がメトの怨敵だという事を考えればあまり歓迎すべきではないのだが、性能だけを見れば今日は大漁旗を掲げたい気分である。
魔導書から目を離さないままの俺の答えを聞くと、シャルは大きなため息をつき。
「はぁ~。命懸けってのはあるけど、冒険者ってぼろい商売なのね……」
直後、周りの席の冒険者がガタッと音を立てて席を立った。が、すぐ座った。
なんだったのだろうか。
※ぼろい商売だろうよそこのキチガイみたいな戦いができればな! と食って掛かろうとして、そのキチガイに喧嘩を売る危険性に気づいて冷静になった。
そんないつもの光景で、ただ一つ違うのが。
「……」
無言で、顔をしかめながら、HP以外の能力が上がる魔法の果物を、HPが上がる魔法の果物に混ぜて必死に口に押し込むメト。
今日初めて知ったが、能力が上がる果物はHPが上がるもの以外クソ不味いらしい。
俺にとっては天にも昇る味だった王城の晩餐も、社会が魔物にかなり破壊されているためかなり質素な食事に分類されるものだったようだ。
「め、メトさん、無理はしなくていいですからね?」
メトは必死に果物を飲み込みながら、ふるふると首を横に振る。
「わ、たし……もっと……フェイトの役に立ちたいですぅ……」
そう言って、青い顔でHPが上がる果物と混ぜて少しでも味をごまかしながら能力が上がる果物を口に入れるメトを、見ていられなかった。
「俺はHPを上げたくない。だから、その分、それ以外の果物を独り占めしたい」
俺はコップに水を注いでメトに差し出した。
「フェイトは、こんな時でも優しいんですねぇ…」
水を一気に飲み干し、メトは息をついた。
「昨日までゲロマズ果物をニコニコ勧めてたイカレポンチとは思えないセリフなのだわ」
「それについては、本当にすみません。俺には美味だったので」
この世界には美味いものが多すぎるのではないだろうか。
少なくとも質素の基準が俺とは違いすぎる。
「痛覚がないというより、苦痛耐性が凄まじく高いって感じよね、アンタ」
苦笑するシャルのいう事にも一理ある。
もしかしてこれも女神の加護だったりするのだろうか。
(違うわ)
やはり知識だけか。その知識の加護が明らかなチートレベルなので不服は全くないというかむしろ貰いすぎな感じがしているわけだが。
それはそれとして孤独の女神はやはりかわいい。
まずいと言われる味を楽しみながら能力が上がる果物をモリモリと頬張る俺を見て、シャルはそっぽを向きながらHPが上がる果物に手を伸ばした。
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