第9話:人の痛みがわからない(物理)

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」


「噂以上の狂人だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 翌朝、いつものように《誘引剤》を大量に被った俺が第6層を爆撃し始めると、シャルは半狂乱で泣き叫んだ。


「シャル、手が止まってますよぉ。遠くの敵を狙って撃ち続けなきゃダメですぅ」


 そんなシャルを優しく指導してくれるメト。

 さすがは姉妹といったところか。半狂乱の妹への気遣いも残しつつ、戦う者として厳しくあるべきところを緩めることはしない指導だ。

 俺は人づきあいを面倒くさがって精神的にひきこもるタイプなので、どうにもこの手の機微には疎い。

 良くて『泣きわめく暇があれば敵を撃て』とか情け容赦のないことを言ってパワハラになるのが関の山。悪ければ見限って地上に送り返し、以後パーティを組まない。


「やっぱりお姉ちゃん洗脳されてるじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 何かを誤解した少女の絶叫が、第6層の森に響き渡った。


 そう、森だ。


 第5層のボス部屋(また漆黒の剣士が出たが、例によって《ハーケンカリバー》で瞬殺した)を抜けた先にあったのは、何故かのどかな森林の風景。

 ダンジョンRPGではお約束なのかもしれないが、どうにも気持ち悪い風景であると言わざるを得ない。


 ちなみに第6層に進入するにあたって、ギルド職員から、ここからは人をおやつ代わりにぺろりと食うレベルの魔物も出始めるから本気で気をつけろと忠告を受けた。

 第5層を抜けて意気揚々と第6層に挑んだ冒険者の7割が初日で帰らぬ人となるレベルらしい。

 この美しい風景も、人食いの魔物の住処だと思うと心底気持ち悪い。


「環境破壊は気持ちいいなあぁぁ!!」


 そんな気持ち悪い、作り物めいた森林を跡形もなく吹っ飛ばすのは、洞窟の壁を掘削するのとはまた違った爽快感を俺に与えてくれた。


「そんなもんに気持ちよさを見出すなこの変態!」


「何を言っているんですかシャル? こんなおぞましい森は焼却あるのみですぅ」


「正気に戻ってお姉ちゃん!?」


 俺に罵声を浴びせてくるシャルはやや平和ボケしている感はあるが、メトが優しく指導してくれているのでそのうち理解してくれるだろう。


 ※キチガイとキチガイに洗脳された犠牲者第一号が二人がかりで年端もいかない少女を調教しつつ環境破壊を楽しむ様は、たまたま近くを通った冒険者たちを恐怖のズンドコに叩き落とした模様。


 

 そんな調子で第6層を半分ほど焼き尽くした頃。


「ちょっと! 何森を荒らしてくれてんのよ! 私たちの住処がごヴぇェッ!」


「フェイトの邪魔しちゃだめですよぉ♪」


「お、お姉ちゃんが……狂戦士に……もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 森から飛び出してきた植物女のような魔物(ドライアドやアルラウネと言われるようなものだろうか)を初手の正拳突きで問答無用とばかりに顔面粉砕するメトを見て、ついにシャルが泣き崩れた。

 やはり、冒険者としての初日で、人をおやつ代わりに食うようなバケモノと相対したうえ隙を見せないためとはいえ容赦なく殺しまくる絵面を見せ続けるのは酷だったのだろうか。

 ※正解

 昼飯時もほど近い。シャルに休憩を取らせるためにも一旦地上に戻るべきだろう。



「シャルさん、何が辛かったのか、教えてもらえますか」


 昼飯代わりの魔法の果物(メトもシャルも相変わらずHPが上がる果物にしか手を付けない。他のを勧めても断られる)を3人で頬張りながら、いまだにしゃくりあげているシャルに訊ねる。


「せめて魔導書読むのをやめて聞いてくれる?」


「これは失礼」


 俺はつい習慣で数冊処理していた魔導書のうち、手元の1冊が灰になるのを確認すると、シャルに目を向けた。確かに話は相手の目を見て聞くべきだ。

 精神的な引きこもりである俺にとっては酷な仕事だが、今は俺が気遣いを求めるのではなく、俺が気遣いをすべき立場なのだから頑張るしかない。

 そしてシャルは、俺の目をまっすぐに見て、言った。


「アンタ、痛覚ないわよね? 《加護転換》だっけ、とにかく、HPを3割も一瞬で失いながら、痛みに耐えるそぶりすらないなんて、見てて頭がおかしくなりそう」


 その指摘は、俺にとっては初めてで。

 痛いものなのだ、と言われればまあ、表面上の共感を示すことはかろうじてできる、という程度に、俺にとっては実感がない話だった。

 痛覚が鈍いのも、もしかして孤独の女神の加護なのだろうか。


(違うわ)


 違うらしい。やはり授けてくださったのは知識を得る加護のみか。


「なるほど。確かに俺は《加護転換》で痛みなど感じていません。いや、《加護転換》だけではない。おそらく、HPが減る程度では痛みを感じていない」


 答えながら思い出したのは、この世界での初日。

 ゴブリンに棍棒で殴られても全く痛くなかった時のことだ。

 この世界ではHPがあるから誰でも痛みを感じないものだと思っていたが、どうやら、もともとこの世界に生を享けた者にとっては、HPの喪失は痛いものらしい。

 そこまで考えて、現状の話題から思考がずれていることを自覚した。


「おっと……俺のことは置いておくとして……その、つまり《加護転換》を使用する俺を見て痛みを想像してしまう感じですか」


 俺の問いに、シャルは首肯した。


「そんなとこ。それに慣れてる様子のお姉ちゃんを見るのもキツイ」


 急に自分に矛先が向いたメトはびくっと肩を震わせ、そして、目を伏せた。


「そうですかぁ……」


 まさか自分が妹を傷つけていたとは思っていなかったのだろう。

 何を言うべきか戸惑っているかのように、メトは視線をさまよわせている。


「だから聞かせて。お姉ちゃんがなんで、そこまでコイツに夢中になったのか」


 そういう話は俺がいないところでしてほしい。

 俺は孤独の女神以外の女性には興味がないのだ。


 俺は逃げるように買取窓口に走り、受け取った今日の分の買取金額(第5層を突破したため買取上限を20万に上げてもらえたが、結局午前中の下級素材だけで枠を使い切る模様)を概ね3等分に山分けし、二人の収納魔術に金貨をぶち込んでから、魔導書を読む作業に戻った。


「えっとぉ、出会ったのは第2層なんですけどぉ、その時、シャルへのお手紙に書いた通り、仲間に裏切られて《誘引剤》をかけられて置き去りにされたんですぅ」


 メトの話は、俺にとってかなり衝撃的だった。

 仲間を使い捨ての囮にするような奴がいるとは、なんと嘆かわしいことか。

 だから名も知らぬ彼らは追放されたのか。今更合点がいった。

 そして、レベリング中のミスではなく誰かの悪意でメトが敵に囲まれていた事実に、遅すぎる憤りが沸いてきた。


「それでぇ、もうだめだ~って時に駆けつけてくれて、助けてくれたんですぅ」


 多少面映ゆいが、確かに救助はした。

 俺の目的は経験値とドロップ品で、救助は二の次だったことは棚に上げる。


「HPを凄い勢いで減らし始めたときには怖くて腰が抜けちゃいましたけどぉ」


 知らなかったとはいえ、それについては申し訳ない限りである。


「それでもぉ、第6層で行方不明になったお父さんを探すこともできずに、もっと浅い層で死んじゃうのかなって思ってたところで助けてくれましたからぁ」


 メトのような少女が危険な迷宮に挑む理由はそこにあったのか。

 どうにものんびりしたメトが殺し合いに向く性格だとは思えなかったが、そういう目的があったのならば、納得だ。


「その日の夜、とても強いこの人となら第6層にすぐに行けるかもって思って、組んでほしいってお願いしたんですぅ」


 俺に組んでくれと言ってきたのはそういう事だったのか。

 メトの頼みが打算ずくだったことについて、俺はむしろ好感を持った。

 双方にとって良い関係は、まず双方が自分のメリットをはっきりと定義し、その上で相手のメリットを尊重することで成立するものだと思うからだ。


「確かにちょっとだけ突飛な行動は多いですけどぉ、《エンド・オブ・センチュリー》があれば1人で潜っていけるのに、お荷物の私に嫌な顔一つせずに一緒に進んでくれるフェイトはとっても優しい人ですよぉ。それにぃ、《誘引剤》をかけられて置き去りにされた私にとって、常に自分に《誘引剤》をかけて効果が切れないようにし続けているフェイトは、本人にそのつもりがなくても、私にとっては、絶対に私を見捨てないって言ってくれてるみたいで、安心できる人なんですぅ」


 メトが笑ってそう締めくくると、シャルは肩をすくめた。


「はいはい。ごちそうさま。馬に蹴られるのはごめんだわ。邪魔しないよ…」


 お荷物などとはとんでもない。メトがいてくれて十分助かっている。

 だが、気恥ずかしさもあってそれを口にできず、俺は居心地の悪さに負けて魔導書から目を離さないままシャルに別の話を振った。


「ところで、レベル10いってますか?」


 シャルは首肯した。


「うん、いま23」


 周囲の冒険者が凄い勢いで振り返った。

 半日でレベル23はさすがにパワーレベリングが過ぎるとギルドに怒られそうだ。

 まあいい。とにかく。


「職業を取りましょう。狩人と魔術師でお願いできればと」


「狩人はわかるけど魔術師?」


 《吹雪の弓》を使っているから狩人、これはすんなりわかるようだが。

 さすがにもう片方が魔術師なのは疑問に思うらしい。

 まあ確かに、俺からしても、スキルなどの嚙み合わせの良さで選んでいるわけではないので別の職業でもいいのだが。


「射撃しながらでも口は動かせますよね? 攻撃の頻度を上げていきましょう」


 合成していない《吹雪の弓》では攻撃性能が心もとない。そのぶんは、手数でカバーしてもらおう。


「残虐レベルがアップしたのだわ…」


 シャルは疲れ切った様子で職業変更窓口に向かった。

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