第8話:敵ならば殺人も辞さない

 翌朝、第5層を更地にした報告をしに城に向かった俺は、兵士たちの敬礼で迎え入れられた。

 既に俺が第5層を突破したことは話が通っているらしい。


「はわわぁ……なんだか英雄みたいですぅ」


「気まずい……」


 それぞれの感想を漏らしつつ、謁見の間まで案内された俺たちの前には、数日前の親しみやすい女王の姿はなかった。


「フェイト、ただ第5層を突破するだけでなく、各層を整地した功績、実に見事です。褒美を取らせましょう。何なりと言いなさい」


 どこか荘厳な雰囲気すら感じる、威厳と慈愛に満ちた統治者の姿。

 これが、正式な場に立つ、『よそ行き』の女王なのだろう。


 最初の謁見のときにはいなかった、隣で目を光らせている禿頭の大臣がなにか関係しているのだろうか。


「では、職業とスキルについて深く学びたく」


 その女王に、俺は前回と同じようなことを頼んだ。

 俺やメトの戦術に今の構成が最適かどうかを知っておきたかったというのともう一つ。

 今後新たに仲間を迎える場合にどんな構成を頼むか見繕っておきたかったのだ。


「いいでしょう。図書館を好きに使いなさい。それと、今宵はささやかな晩餐会を開きます。楽しみにしておくといいわ」


 女王は慈愛に満ちた王者の微笑みで俺を送り出した。

 もどして。親しみ溢れるおばちゃんだった女王をかえして。



 俺は謁見の間を後にし、大図書館で職業とスキルに関する蔵書を読み漁った。

 目的はもちろん、俺とメトにとっての最適構築の模索。

 『知識を与える』孤独の女神の加護をもってすれば、王立図書館の蔵書の中から今以上に優れた構成を見出せるかもしれない。


 ちなみに、先輩冒険者やギルド職員に聞いてみると概ねこんな答えが返ってくる。


『まず、ハズレ職を暗記します。次に、ハズレ職と騎士以外の好きなクラスをメインに据えます。最後にサブは騎士にします』


 ふざけんなという話である。

 前線で敵と殴り合う戦士や剣士、闘士なら防御力を高めるというのは合理的な選択だろう。だが狩人や魔術師がサブを騎士にする意味はなんだ、言ってみろオラ。

 どうせお前ら騎士のHP補正しか見てねえんだろ。

 ※その通りである。それくらいこの世界においてHPは重要である。


 そこまで騎士推しでなんで相性の良い闘士はハズレ職扱いなのかにも納得いかん。

 騎士のインチキ防御力を打撃力に転換できるインチキ職だぞ。

 ※いくら騎士の補正があっても、その恩恵を存分に得られる上等な防具がドロップするかは別の話。防具が貧弱な騎士/闘士は魔物に抵抗する手段を持たないただの肉壁である。


 閑話休題。

 読み漁った蔵書から得た知識を手短にまとめると以下のようになる。


 この世界に存在する《スキル》は、大雑把には以下の3分類になる。

 ①その職業でなければ恩恵を得られない《職業特性》

  例:闘士の連撃回数や騎士の防具効果2倍など。広義には能力補正を含む。

 ②その職業でなくても使えるが効果が半減する《職業スキル》

  例:魔術師の《ハーケンカリバー》

 ③職業では習得できず、極めてレアな魔導書からしか得られない《奥義スキル》

  例:《エンド・オブ・センチュリー》


 つまり理論上、職業特性を除く全てのスキルを習得することも可能なのである。

 習得するだけなら。


 このことから、職業の組み合わせの最適化とは職業特性と、2職ぶんの『本領発揮できるスキル』をどれにするかの厳選と言い換えることができる。


 騎士/闘士の組み合わせは、その観点から言うと理想的だった。

 ※潤沢に強力な防具が手に入る前提

 騎士の職業特性と職業スキルの累積による防御力強化の倍率が頭おかしい。どんなに魔導書を読んで同じスキルを揃えても騎士を外すだけで防具の効果と優秀な騎士の防御スキルが軒並み半減するとなれば、防御面で最強なのは間違いなくぶっちぎりで騎士だ。

 《剛拳》の効果も闘士でなければ半減してしまうし、闘士の連撃回数はあらゆる職業をぶっちぎってダントツのトップだ。ベストマッチである。

 メトが飽きたとか言い出したら考えるが、当面この組み合わせでいこう。


 盗賊/錬金術師の組み合わせは、評価に困る。

 盗賊は《敵感知》《罠感知》《ドロップ率上昇》《ドロップ品質上昇》と、探索、物欲スキルで埋め尽くされているうえ職業特性すら追加ドロップが発生するだけというありさま。

 錬金術師に至っては職業特性によるアイテム加工能力のほかには《マルチユーズ》と《鑑定》しかスキルがない。

 HPを最大限低下させて物欲スキルで埋め尽くす《エンド・オブ・センチュリー》特化型としては最高なのだが、HPが下がることを含め根本的にどちらも戦闘向きではないのだ。

 俺の戦術には最適だったので当面この構築でいくが、やはり孤独の女神の思し召しではなかった以上騎士/闘士のような完成された強さはない。


「ねえフェイト、錬金術師の熟練度いまいくつですかぁ?」


 俺が書物を閉じたところで、適当な本を読みながら待っていたメトが聞いてきた。


「76です」


 100年前の戦乙女もびっくりな数値だ。

 第5層までにそれだけの経験値になる数の敵を虐殺してきたという事でもある。

 それを可能にできる《エンド・オブ・センチュリー》はやはり素晴らしい。


「この本に書いてあったんですけどぉ、錬金術師って熟練度15を超えると装備品を合成できるみたいですぅ。例えば《紅蓮の剣》を二つ合成して、かざすと2回 《バーストボルト》が出るようにできるみたいですよぉ」


「詳しく」


 俺が結局何の成果も得られなかったこの数時間ですごい発見をしてくるメトを仲間に得られたことを、俺は孤独の女神に深く感謝した。

 きっとこれも、孤独の女神の『知識を授ける』加護の顕現に違いない。


(ほんとに拗ねるからね? 三日口きいてあげないからね?)


 拗ねる孤独の女神もかわいい。三日無視されるのは少し寂しいが。



 装備品の合成は、ルール自体は実にシンプルだった。

 錬金術師の熟練度の1/10、今の俺なら7個まで、同一の装備品を合成できる。

 先程のメトのたとえなら、かざすと7回炎魔術が出る剣が作れるわけだ。

 《マルチユーズ》は熟練度の1/5までの個数を使用可能になるため、今の俺なら15個まで同時に使える。剣の数さえ揃っていれば、105回の炎魔術を一瞬で発動できる計算だ。

 加えて、使ってもなくならないものなら単一のものをその回数使えるという性質もあるため、いまから《紅蓮の剣》を105本集める必要もない。


 ……錬金術師最強説あるな。

 ※繰り返しになるがそれができるドロップに恵まれるかは話が別。物欲装備すらキチガイの所業であるこの世界でまともな神経を備えた人間にそんなことができるわけがない。


「よし、やりましょう」


「私の防具もお願いしますぅ!」


 俺とメトは、装備品の合成と最適化に午後を費やした。



 その夜、この世のものとは思えぬ美味な食事をいただき、腹をさすりながら王城を出て宿屋に向かう俺たちに、誰かが声をかけた。


「ダンジョン・ディガー……」


 暗闇から現れた人影が口にした言葉に、俺は不覚にも天を仰いだ。


「その名前で定着してるのかよ……」


「覚悟ぉっ!」


 直後、その人影は俺の懐に踏み込み……


「ゆべし!」


 俺の拳を受けて宙を舞った。

 魔導書で覚えた《カウンター》だ。闘士のスキルだが、魔導書がかなり被ったので今の俺は闘士の熟練度もひそかに高かったりする。

 効果半減した状態でも生半可な不意打ちを打ち返せる程度には。


「スキルが出たということは俺に害意がある者か」


 どうもこの世界のスキルはかなり高度な敵味方識別機能を備えているらしい。

 《エンド・オブ・センチュリー》でメトが一切ダメージを受けないのもそうだ。

 つまりスキルが出たという事は、何者かは敵意をもって攻撃してきたという事で。


「生かしておく理由はないな」


 俺は早速、合成したばかりの《紅蓮の剣》を取り出した。

 105連 《バーストボルト》で消し炭になってもらおう。


「わぁぁぁっ! フェイト! ストップ! ストップですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 剣をかざそうとした俺を、メトが必死の形相で止めた。


「敵を生かしておく理由があるんですか?」


「敵じゃないですからぁぁぁ!」


 メトの勢いに押されて俺が剣をしまうと、メトは倒れている人影に駆け寄った。

 月明かりに照らされたそれは、メトより少し小柄な少女で。


「妹、なんですぅ……」


 子細に見れば確かに、メトによく似ていた。

 強いて二人を識別するとすれば、髪型か。メトが栗色の髪を肩のあたりで切り揃えているのに対し、その少女は腰まで届くような大房のツインテールにまとめている。

 髪型を揃えて並ばれたらたぶん区別がつかない。



「シャル、どうしていきなりフェイトに襲い掛かったの?」


 宿屋の一室。

 自分が借りている部屋に俺と妹を連れ込んだメトは、眉を吊り上げていた。

 いつもの、どこかのんびりした口調も抜けている。

 思えば、メトが怒っているところは初めて見た気がする。

 泣きわめいている姿ばかりが印象に残っているが、こんな顔もできたんだな。


「おととい、しばらくぶりにお姉ちゃんに会いに来たら、こいつがお姉ちゃんに意味不明な装備をさせてた。またお姉ちゃんが使い捨ての駒にされるなんて我慢できない」


 シャルというらしい、メトの妹は思い込みが激しいタイプのようだ。

 あれはただの布切れではなく《連撃のバンテージ》という立派なレア装備なのだ。

 意味不明な装備などとんでもない。

 ましてや俺がメトを使い捨てるなどありえない。今日だって装備合成の存在を見出してくれたというのに、何故そんなことをしなければならないのだ。


「まあ、攻撃力が上がらなくて連撃回数だけ増える《連撃のバンテージ》は普通ならゴミですねぇ。事情を知らないシャルがそう思うのも無理はありません~」


 いつもの調子に戻ったメトに後ろから刺された。


「なんですと!?」


 俺はつい椅子から立ち上がった。


「闘士は全くダメージを与えられないのに連撃回数だけ無駄に多いハズレ職ですからぁ。普通の人が存在自体忘れてる《剛拳》で攻撃力が確保できてるのもフェイトの稼ぎで最高の防具がそろってるからですしぃ」


 どうやらこの世界では、騎士の補正込みでも防御力を稼ぐのは難しいらしい。

 《剛拳》といえど防御力が稼げなければ無意味。存在自体が忘れられるのも無理はない。

 《エンド・オブ・センチュリー》というインチキ技で装備品含めあらゆるものを荒稼ぎしてきた俺にはそもそも欠けていた感覚だ。


「最初にその構成で頼むって言われたときには死を覚悟したんですよぉ?」


 俺は無言で土下座した。

 最初にあれだけギャン泣きしていた理由がまさかそんなに深刻だったとは。

 もうなんというか、罪悪感で死ねる。


「惚れた弱みで許しちゃいますぅ♪」


「お姉ちゃん!?」


 俺が顔を上げると同時、今度はシャルが椅子から立った。


「ほ、惚れたってそういう意味!?」


 メトの襟首をつかんで揺さぶるシャル。


「そういう意味ですぅ♪」


 にこにこと笑顔のまま答えるメト。

 そして、好かれる理由が全く分からないまま正座の姿勢で固まる俺。


「とにかくぅ、これで誤解は解けましたねぇ? シャル、ごめんなさいはぁ?」


「ご、ごめんなさい……」


「よくできましたぁ」


 謝るシャルの頭を撫でるメト。なんというか、立派に姉をやっている。


「な、納得いかん……そうだお姉ちゃん! 私をパーティに入れて! 本当にコイツがお姉ちゃんをだましてないか、お姉ちゃんを利用してないか確かめるの!」


 拳を握って詰め寄るシャルの勢いに押されてか、メトは俺に目を向けた。


「フェイト、どうしますぅ? シャルは本気みたいですけどぉ」


 さて、どうするか。

 せっかくの戦力増加チャンスだ。無駄にはしたくない

 本人の希望も聞いてみるか。


「《紅蓮の剣》二刀流でサーチアンドデストロイするか、《吹雪の弓》でサーチアンドデストロイするか、《加護転換》と《エンド・オブ・センチュリー》でサーチアンドデストロイするか、この3つならどれが良いですか?」


「アンタの選択肢には情け無用の残虐ファイトしかないんか!?」


 お気に召さなかったのか、シャルは食って掛かってくるが、俺も引かない。


「魔物に情けが必要だとでも?」


 国内だけでも毎年数万単位の死者を出している大災害にかける情けなどない。

 迷宮に冒険者を突っ込ませて被害担当させつつ資源を採掘するといういびつな経済でしか国が回らなくなりつつあるレベルなのだ。そら大臣もハゲる。

 この国だけでなくこの大陸の6カ国全部そんな状況らしい。人類詰んでね?

 と、いうわけで。

 魔物殺すべし慈悲はない。


「噂に違わぬキチガイぶりなのだわ……」


 シャルはがっくりと肩を落とした。


「で、どれにしますか? おすすめは弓です」


「……弓にしとく」


 不承不承といった様子で、シャルは弓を選んだ。

 吹雪の弓を選んだ場合に頼むのは、《エンド・オブ・センチュリー》を連打する俺の横にいて範囲外の敵を撃ちまくるだけの簡単なお仕事だ。

 殺せなくても問題ない。遠くの敵を挑発できれば、その分多くの敵を《エンド・オブ・センチュリー》の範囲にとらえられる。

 ちなみに《吹雪の弓》は矢の代わりに氷の魔術フリーズランサーを撃ち出す魔法の弓で、俺もまだ一個しか手に入れていない(合成による強化はしていない)。

 少なくとも第5層時点の装備としては超がつく激レアアイテムと言えるだろう。


「では、どうぞ」


 俺は《吹雪の弓》のほか、収納魔術の魔導書や弓手向けの装備を一式、それを装備するのに必要な数の《装備部位増加の魔導書》を手渡した。


「……冒険者って、みんなこんないいもの使ってるの?」


 俺が誰かを騙して奪ったのでは、とでも言いたげにジト目で見てくるシャル。


「違いますよぉ。その秘密は明日分かると思いますぅ」


 いたずらを仕掛けるような笑顔で言うメト。


「お、お姉ちゃんがそういうなら……」


 何故かあっさりと引き下がるシャル。姉には頭が上がらないのだろうか。


「では、明日、いつも通りに」


 それだけ言って、俺は宿の部屋を後にした。

 女性の部屋に夜遅くまで入り浸る趣味はない。

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