第7話:恨みはないが無限に殺す

「《エンド・オブ・センチュリー》!」


 第5層でも、結局俺のやることは変わらない。

 寄ってくる大量の魔物を焼き尽くした魔術の光は、そのあと凄まじい勢いで収納魔術になだれ込んでくるドロップ品の雨霰とあいまって非常に爽快だ。

 モヒカンの男の忠告は、大量の雑魚に交じって襲い掛かってくれる分には《エンド・オブ・センチュリー》での爆殺に一切支障がないため申し訳ないが無視した。


「第5層まででレベルを3桁にあげたのも、きっと私たちが歴史上初ですねえ」


 感慨深そうにメトが言う。

 それはそうだろう。このあたりの敵は経験値10とかが当たり前なのだ。

 雑魚なら1しか手に入らないこともざらである。

 100年前に迷宮の第30層にたどり着いたパーティのリーダーであった、戦乙女と言われる冒険者はレベル72で、職業熟練度は剣士55聖術師48だと言われている。

 レベル3桁は第5層をうろつくには明らかなオーバーパワーである。


「毎日百万体ほど殺していますからね」


 よくもまあ尽きずに毎日百万体生えてくるものだという事の方に感心してしまう。

 昨日まで焼き払ってきた第4層までも、100人ほどの冒険者による大規模な魔物狩り作戦が行われているくらいには魔物がいるらしい。

 なんでも、更地ならより多くの集団で行動できるので効率よく駆け出しのレベルを底上げできるのだとか。


「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」


「速度が上がって採掘の効率が上がってますねぇ」


 わずか2時間ほどで第5層を更地にしたところで、モヒカンの男の忠告が杞憂であったことが確定した。

 各層は完全に更地にしても、層全体を半径十数キロの巨大な大広間とするような巨大な外壁だけは破壊できない。

 おそらく空間そのものの限界だろう。


 その破壊できない壁が一か所だけ欠けていて、そこに道ができている。

 あらかじめ調べておいた位置関係とも合致するし、この先がボス部屋だろう。


「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」


 念のため通路の前で《エンド・オブ・センチュリー》をぶっ放してみるが、地形は変わらない。ただ、後ろから襲い掛かってきた魔物の群れが数百匹消し飛んだだけ。


 メトが差し出してくれた回復薬を12本まとめて呷り、俺は通路の奥に向かった。



 たどり着いた部屋は、異質だった。

 ここまで、迷宮は洞窟めいた雰囲気の岩肌だったが、この部屋は壁面に幾何学文様が掘り込まれた、明らかな人工物。


 つまりこの部屋は、何らかの方法で後付けされたものだと思われる。

 女王の話では、迷宮は邪神がかつてこの世界に来るときに通った道の名残だと聞いていたが、人間の侵攻を受けて邪神の眷属が作った関所というところだろうか。


 そんなことを思っていると、部屋の中央に黒い風が渦巻き、その中心に、漆黒の鎧に身を包んだ剣士が出現した。


「よくぞここまでたどり着いた。駆け出しの冒険者よ。数多の冒険者がこの部屋でその命を散らし、邪神様の糧となった。お前たちの命を、邪神様に捧げるのだ!」


 ……なんともわかりやすいボスキャラだった。

 さて、魔物が他にいない以上、1体しかいない敵に《エンド・オブ・センチュリー》はさすがに効率が悪い。

 よって、これまでに大量の魔導書で覚えたスキルのどれを使うかの判断が必要だ。


「メトさん」


「はい~」


 メトは俺の合図を受け、ある粉末が含まれた小袋を投げつける。


「先制攻撃のつもりか?」


 嘲笑うように言う漆黒の剣士(仮称)。


「お前の固有ドロップとその確率、そして、お前の再出現条件を答えろ」


 俺はその質問を無視し、知りたいことを聞く。

 当然、普通なら答えが返ってくるわけがないが、今ならば。


「《紅蓮の剣》1%のみ。第6層に行ったことがない人間がこの部屋に踏み込めば何度でも私は現れる……何をした!?」


「《正直草》だ。あとは、お前の弱点属性を答えろ」


 質問に正直に答えることを強いる薬草の粉を吸い込んだ今のコイツは、今ならどんな質問であっても正直に答える。自らの命にかかわる質問であっても。


「風属性」


「《ハーケンカリバー》!」


 俺は魔法の果物で爆上がりした魔力と大量の魔導書によるパッシブスキルで爆上がりした属性攻撃倍率に物を言わせ、風の魔術で漆黒の剣士のくびをはねた。


「これで第6層に行けますねぇ」


「いえ、いったん戻ります」


 とりあえず、俺とメトがそれぞれ2刀流することもできるよう、《紅蓮の剣》を4本はトレハンしておきたい。無数の魔物をまとめてぶっ飛ばす方が経験値や固有ドロップでないものの入手量の効率はいいが、そこは仕方がないだろう。


 ところで、俺はなぜ《正直草》がこいつに有効だと確信したのだろうか。

 こういうのはボスキャラには効かないのがお約束だというのに。

 いや、これも孤独の女神の思し召しか。


(そろそろ拗ねるからね…)


 孤独の女神は今日も最高にかわいい。



(この私を《ハーケンカリバー》で一撃、だと……?)


 漆黒の剣士は、その現実を受け入れられなかった。

 たった二人で自分に挑む少年少女を見て、何とも愚かな人間が来たものだと思った瞬間、《正直草》を投げつけられて弱点属性を答えさせられた。

 それはわかる。直前の質問がどういう意味を持つのかはよくわからなかったが、少人数で挑む以上、相手の弱点を知るという努力自体は間違っていない。

 むしろそんな知恵が働く人間を見たのは久しぶりだと感心すらした。


 だが、盗賊と闘士(どうせサブは騎士)では風属性の攻撃手段がない。

 彼らが数千分の1の幸運を引き当て《ハーケンカリバーの魔導書》を手に入れていたとしても、彼らの魔術など恐るるに足りない。

 魔導書で覚えることはできるが、対応する職業でない者が使うスキルはその性能が半減してしまうからだ。

 だから盗賊が使おうが、闘士が使おうが、第5層で少々レベリングした程度の能力で、本職の半分しか実力を発揮できないスキルなど大したダメージにならず、彼らが迷宮の主のもとに魂を送られる結末には変わりない。

 そう、思っていた。


 だが現実はどうだ。

 盗賊の少年が放った《ハーケンカリバー》は、邪神の加護たるHPを一撃で消し飛ばし、漆黒の剣士の首を刎ねて即死させるほどの威力を持っていた。


 なんと恐るべき冒険者か。

 だが、そんなことはもう忘れていい。

 二度と相まみえることはないのだから。


 迷宮に5層おきに配置されている門番は、人間たちには門番と呼ばれているが、彼らを配置した迷宮の主、邪神と呼ばれる存在の意図としては『致死トラップ』と呼ぶ方が正しい。


 第1層から第5層までの魔物は、囲まれなければ駆け出し冒険者が殴り合って勝てるほど弱く、経験値も極端に低いが、それでも運がなければ簡単に殺される。

 そんな環境で、HPと防御力が低い魔術師を連れて《ハーケンカリバー》を覚えるまで育てようと思えば2年はかかる。


 その状況で、風属性しかろくにダメージが通らない漆黒の剣士が、先に進むためには避けえない部屋に配置されている。それは何故か。

 2年待てずに先へ進もうという、大多数の愚かな人間を殺すためだ。


 迷宮内で死んだ人間と魔物は、迷宮に吸収され、邪神復活のための生贄になる。


 ドロップという現象によって欲深い人間を呼び寄せ、魔物を殺させ、さらに欲を煽り、奥に進もうとする大半の人間は門番によって殺される。


 それが、邪神が迷宮に仕掛けた、自身の復活のためのトラップだ。


 欲深き人間の魂を刈り取る致死性の障害として邪神に設置された門番は、ただの魔物ではなく邪神の使いであるため、現界のために邪神の力を消耗する。


 だから、次の階層に行ったことがない(つまり、その門番を倒したことがない)者の前にしか門番は現れない。

 

 それは、門番である漆黒の剣士にとっても、常識だった。


 それなのに、消滅した体が休む間もなく再構築されると、漆黒の剣士の前には、先程自分を瞬殺した少年と少女がいた。


 それは、あり得ないことだった。

 漆黒の剣士では魂を刈り取れなかった彼らは、欲望に従い、次の層に行くはずだ。

 それがなぜ。


「《ハーケンカリバー》!」 


 その疑問を口にする前に、漆黒の剣士はくびをはねられた。


 一度でも第6層に立ち入った人間の前には、漆黒の剣士は召喚されない。しかし。

 漆黒の剣士を倒しても激しい戦いの中で方向感覚を失い、第5層に戻ってしまった愚か者が満身創痍のまま慌ててこの部屋に戻ってきた場合、その愚か者の魂を刈り取るため、漆黒の剣士は再度召喚される。

 迷宮は、此度の少年の襲撃をそう判断したのだ。


「《ハーケンカリバー》!」


 漆黒の剣士はくびをはねられた。


(いや待て、その場から動かず《ハーケンカリバー》ぶっ放しただけだろそれで方向見失うとかどんな方向音痴だよしかも何回間違うんだよ)


「《ハーケンカリバー》!」


 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 

「フェイトぉ、どうしてこんなことするんですかぁ?」


(そうだよどうしてそんなことするの?)


「《ハーケンカリバー》!」


 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。


(ち、違う、コイツは……)


 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。


(楽しんでいる……私を一撃で殺す瞬間を何度も何度も何度も何度も味わいたいんだ!)


 その理由はわからない。復讐される心当たりなら嫌というほどある。敵を倒す瞬間の暗い喜びもまた、飽きるほどに味わってきた。

 漆黒の剣士には、少年がなぜ自分をいたぶるのか、その心当たりが多すぎた。


 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。

 漆黒の剣士はくびをはねられた。


「もうやめてあげましょうよぉ……」


(悪魔の相棒がなんで天使なの?)


 漆黒の剣士は錯乱しはじめていた。

 それもそうだ。いくら門番として千年以上冒険者たちと戦い続けてきた漆黒の剣士と言えど、一撃で殺害された経験は数えるほどしかないし、ましてや一人の人間が何度もボス部屋を出入りして自分を一撃必殺していくなどという経験は初めてだ。


「神は寝ているのですかぁ……?」


「神は今も見ておられますよ」


(なんでこんな時だけキチガイと意見が合うんだよ! そうだ神は見ておられる! 私の犯した罪も余すことなくな!)


 その剣士は、かつて人間だった。戦神と呼ばれた男とともに、邪神を討つと意気込んで旅に出て、そして、戦神の戦闘者としての才能に嫉妬し、戦神と全力で戦いたいという欲望を抱いてしまった。そしてその欲望を邪神に見抜かれ、誘惑に負け、邪神に魂を売った。


 それ以来、漆黒の剣士は邪神の言いなりになり、かつての戦神の面影を思わせる、世界を救うと意気込む冒険者たちを殺し続け、その死すらも邪神の糧とする悪行を重ねてきた。

 きっと、これは今まで重ねてきた罪に対する、罰なのだ。



 俺は何度もボス部屋を出入りした。

 何度も、何度も。何度も何度も何度も。

 時折、補給のために通路の入り口でコミケ会場状態になっている(どうやら通路には入れないらしい)魔物の群れを消し飛ばしてHP回復薬を手に入れて《加護転換》しながら。


「もうやめてあげてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 無心でやり続けて、ふと気づけば《紅蓮の剣》が72本手に入っていたところでメトがガチ泣きしたのでそこで切り上げた。物欲装備でドロップ数が爆上がりしているので思ったよりもずっと早く欲しい数を手に入れられたようだ。収納魔術の自動回収は便利すぎて、拾ったものが認識できないというのはある意味欠点かもしれない。


 なお、《紅蓮の剣》は量産品の剣に劣る程度の攻撃力しかないが、攻撃またはかざすことで炎の魔術バーストボルトが発動するという特性があり、二刀流で振り回せば魔物の群れは炎の渦に焼き尽くされること請け合いの素晴らしい武器だった。


 早速使いたいが、百裂拳で敵を殴り潰す感触が気に入ったのか、メトは嫌がった。

 ※いじめまくった漆黒の剣士のドロップ品を握りたくないだけ。


 俺も俺で、基本は《エンド・オブ・センチュリー》連打でいいので《紅蓮の剣》はしばらくは持っていてうれしいただのコレクションということになるだろう。

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