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「お茶にしようか。潔子さんもよかったら一緒にどう? 住居スペースは片づいてるから」
「じゃあ、お邪魔します。今日の差し入れ、玲さん特製オレンジケーキなんです」
「玲さんのオレンジケーキ大好きなんです。あれ美味しいですよね」
真魚くんは潔子さんに手を差し伸べて、私は背中を支える。この階段はきちんと手すりもあるけど妊婦さんにはちょっと不便だ。足元も見えにくいし踏み板の部分も少し狭いし。潔子さんはお姫様みたい、と申し訳なさそうに笑っていた。
真魚くんは珍しいお茶やコーヒーを見つけるとすぐに買いたがるので、うちには種類豊富に飲み物が取り揃えてある。結局いつも飲むものは決まっているのに、真魚くんは懲りずに新しいものを買う。カフェインは控えたほうがいいよねえ、と言いながら戸棚から大きな箱を取り出すと、潔子さんの目の前に置く。
なにがいいかと問われて、潔子さんも困っていた。とりあえずルイボスティーを三人分淹れてもらうことにした。
「性別はもうわかってるんですか?」
「はい。どうやら男の子らしいです」
「そっかあ。産まれたら抱っこさせてね」
真魚くんはその場にしゃがむと潔子さんのお腹にむけて、早くこっちにおいでーと愛おしそうに声をかけていた。そんな真魚くんを私は椅子に座ったまま眺めていたけど、すぐにカップの底に沈んでいた茶葉に視線を落とした。カップを揺らすと茶葉が浮いてさまよっては、また沈む。
しばらく談笑してから潔子さんはパライソへ戻る。ふたりで潔子さんを見送って、ドアが閉まったのを確認してふう、と私は息を吐き出した。段ボールの上に投げていた軍手をはめ直して、残っている荷物の荷解きを再開する。
真魚くんが私の隣に腰を下ろした。それをちらりと横目で認識してから、ばりばりとガムテープを剥がす。商品をそっと取り出してとりあえず近くの棚の上に置く。薄く埃が乗っていたから後で拭いておこう。
「ねえ瞳ちゃん。瞳ちゃんはさあ、今でも人魚になりたいって思う?」
なんの前触れもなくその話題を引き出してくるとは。予想外の質問を受けて、私は持っていたお皿を落としそうになった。
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