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「まあ……申し訳ないけどそのリスクはあるよね。だけど瞳ちゃん、俺たちの生活をまずは第一に考えてください。お客さんも大切だけどね」

「……まあお店も生活の一部なんですけど」

「瞳ちゃんそういうとこあるよね。いやまあ、それはさておき。ちょっと考えてほしい。悪い話じゃないと思うんだあ」

「うーん……じゃあ一度その大家さんにお話を聞いて考えようか」


 大家さんは不動産会社で営業として働いているらしく、それでいてこのビルのオーナーでもある。空室を毎週のように掃除しにきては、早く入居者が来ないかと心待ちにしていた。


 切れ長の目に薄い唇と和風な顔立ちで、狐の面みたいな人だった。話し方や顔つきが詐欺師っぽく見える……というのは私の偏見だろうか。この人もなにかの妖怪だったりして、と玲さんに尋ねたところ「妖怪銭ゲバ」と返ってきた。大家さんは、ちょっとお金に厳しいけど、どうやら普通の人間らしい。


 そして、話を聞きに行ったところ私たちは見事な営業トークに丸めこまれてしまった。本職の営業に私たちは到底敵うはずもなく、こうして移転の話をまとめられていったわけだ。


 玲さんとしては隣に引っ越してもらったほうが楽だと話していた。搬入が五歩で済むわと笑っているのを見て、玲さんと大家さんにうまいこと転がされた気がしてならない。


 だけどまあ、真魚くんのことを考えれば……と思うことにする。いろいろ考えたってどうしようもない。



 商品が詰まった箱がすべて部屋の中に運ばれた。内装も前の店舗とほぼ同じだ。売り場のスペースは少し狭くなっているけど、棚や配置を工夫すればなんら問題ない。そのあたりは真魚くんにすべてお任せした。


 ここから荷解きをして、再オープンまであと一ヶ月。今月は休みなく働かなければならないのだろうなあ、と溜息が出そうだけど、移転を決めたのは私たちなので仕方がない。


 私たちは薄汚れたシャツとデニムに身を包み、軍手を手にはめて黙々と作業をする。ときどき作業に飽きた真魚くんが話しかけてきたり、スマートフォンで音楽を流したりするけど、それは無視しておいた。


「こんにちは。差し入れです」


 扉を開けて、潔子さんがひょっこりと顔を覗かせる。手には紙袋を持っていて、私たちはふたりで慌てて駆け寄りドアを支える。空いた方の手で潔子さんは膨らんだお腹に手を添えた。


「わあ……だいぶ大きくなりましたね。予定日っていつでしたっけ?」

「今月の末です」

「じゃあもういつ産まれてもおかしくないってわけだ。あの玲がパパかあ……玲も赤ちゃん言葉で子どもに話しかけたりするのかなあ、人間みたいに。可愛いでちゅねーとか言うのかな、玲」


 私と真魚くんが付き合い始めてすぐの頃に潔子さんの妊娠がわかった。それがきっかけ、というわけでもないけど玲さんと潔子さんはちゃんと夫婦になったし、玲さんは人間に化けるための薬を飲み始めた。


 幸いにも副作用は視力が少し落ちるくらいで、料理をする分にはなんら問題はないそうだ。そういうわけで今は玲さんがほぼひとりでお店を回しているらしく、それがちょっとさびしくもあると潔子さんは苦笑していた。

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