6 インリーフ
104
「ええーっ。この店引っ越すのかよ!」
「そうなの。でもそんなに遠くはないから、よかったらまた遊びに来て」
以前お母さんへのプレゼントを買ってくれたあの男の子は、用事がないのにお店にやってきては私と喋って、お母さんと一緒のときは食器やおやつを買って帰る。もうすっかりお得意様だ。
そして、たった今店舗を移転する旨のちらしを手渡したところ、その大きな目が飛び出そうなほどに見開いていた。その後すぐにしゅんと眉毛を下げる。最近身長が少し伸びて、お兄ちゃんらしくなったように見えたけど、中身はそのままみたいで安心した。
「わかったよ……」
「ごめんね。でもお隣に美味しいカフェもあるビルに入るから、お皿買っておやつ食べていくのもいいと思うよ」
うかぶせは今月でいったん閉店して、移転することになった。その話が決まったのは今から半年くらい前のことだ。
*
「瞳ちゃん、一緒に暮らさない?」
真魚くんが私の家に泊まりにきたときに突然切り出した。一応正式にお付き合いを始めてから二ヶ月くらいが経っていた。
「そうだねえ……。一緒に暮らせば家賃も安くなるし、悪くないよね。私は構わないよ」
「家賃をケチりたいわけじゃないんだけど……うん、まあそういうメリットもあるか……」
真魚くんは両手でマグカップを持って、カモミールティーに口をつける。泊まりにきたときはふたりでテレビを見ながら飲むのがお約束になってきた。飲むとぐっすり眠れるし、美味しいし。
なぜ突然こんな話をしてきたのかと問うと、真魚くんは丁寧に教えてくれる。
今、パライソが入っているビルには空き部屋が一室あるらしい。どうにかそこも埋めてしまいたいとあのビルの大家さんが悩んでいて、募集をかけているけどもいっこうに人が来ないらしい。そこで玲さんを含む、あのビルに入っている人たちに大家さんが相談をしてきたそうだ。
家賃がそんなに高いわけでもなく、立地もいいし、店舗兼住宅とはいえなかなかいい物件ではあるが、そう簡単に入居者は見つからないらしい。そういうわけで玲さんから真魚くんへ声がかかって、私に相談してから考えたいと返事をしてきたところだ。
住宅スペースは今私が住んでいる1Kのマンションより部屋も多いし若干広めではある。ふたり暮らしをするなら十分だ。実際、玲さんと潔子さんは同じ間取りの部屋に住んでいて、ふたりを見る限り不便はなさそう。
今の店舗の家賃と、それぞれの自宅の家賃のことを考えると、移転のメリットはある。それに真魚くんが水に浸かるために自宅や私の家へ移動する時間もだいぶ短縮できるわけで……悪くはない。でも、店舗のスペースは今に比べるとやや手狭になるのと、今いる顧客を逃してしまう可能性を考えると安易に踏み切れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます