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「今日は貸切だから遠慮なく飲み食いしていいぜ。なんてったって、真魚の快気祝いだからな。潔子、お前も今日は休みだ。しっかり飯を食うように」

「了解です玲さん! いやあ、人のお金で食べるご飯って美味しいですよねえ」

「……ねえ、俺の快気祝いなのにどうして全額俺持ちなの? ここは玲がおごってくれるとこじゃないの?」


 玲さんはテーブルに食事を並べながら鋭く真魚くんを睨む。真魚くんも応戦するように睨むけど、元の顔の作りのせいか迫力の面では玲さんが圧倒的優勢だ。なんか、猛禽類の前でレッサーパンダが威嚇しているような状況に見えてくる。


 真魚くんはあの失踪期間──じゃなかった、療養期間中に服用する薬を変えたそうだ。その調整にも時間がかかってしまったのだと話していた。新しい薬は以前のものより副作用が少し軽いそうで、真魚くんは声を取り戻した。本来の声ではないらしく、若干かすれてはいるけど話せるだけまだマシだと笑っていた。


 そういうわけで喧嘩が始まると、ふたりの声が響くので結構うるさい。これもじきに慣れてくるのだろうか。


「お前、瞳にあんだけ心配させといてそんな横柄なこと言うのか? 飯ぐらいおごってやれよ」

「それはわかってるよ。百歩譲って潔子さんにもごちそうしましょう。だけど玲の酒代まで持つ必要ある? 今開けたワインすっごい高いやつでしょ! 人のお金だと思って!」

「お前……! だいたい、俺も礼を言われる立場だぞ。早く戻ってこいって俺がケツ叩かなきゃ、お前はうじうじしたままだっただろうが」


 ──あーあ……こりゃ玲さんの勝利だなあ……。


 後から聞いた話だけど、海の底で薬の調整をしながら落ちこむ真魚くんの元へ、玲さんが突然やってきた。仮にも病人だというのに頭を叩かれて、いい加減戻ってこいと怒られたらしい。普通の人間ならやらないよねえと笑ったら、人魚でもやらないと真魚くんは不服そうに言っていた。


 だけど、玲さんのおかげで吹っ切れたのは事実なので、真魚くんは玲さんに頭が上がらないようだ。

 今日のお代は全額真魚くん持ちになるのだろう。それはさすがにちょっとかわいそうなので、お店の経費としてどうにかねじこんでやろうと思う。


「いやあ、瞳さんに知られたくないって言うから私たちまで気を張ってて大変でした。うっかり瞳さんに話しそうになるので、ひやひやしました。私も真魚さんも玲さんも……うっかり人間なので……」


 潔子さんはジンジャーエールを飲みながら苦笑する。よくよく思い返してみれば、この三人はわりとうっかり発言をしていたし、真魚くんに至っては何度かうろこを身体にくっつけてきたのに、私はそれを見事にスルーしていたし。そう考えると私も……いや、考えないでおこう。

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