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「ご察しのとおり。瞳ちゃんだった。瞳ちゃんが海の底に残してったスケッチブックや荷物から、あの島の中学の子だってわかった。瞳ちゃんの悲しそうな声が忘れられなくて、ずっと気になってたんだよ。それで薬を使って人間に化けて人間の中で過ごすことにした」
妖怪が人間に化けて過ごすことは珍しいことではなく、そういった妖怪を手助けする存在もいるらしい。真魚くんも同じように、転校生としてあの島の中学にやってきた。
薬の副作用で声が出なくなったものの、真魚くんが人間の中に溶けこむのは特に苦労しなかった。ただ、私との接点を得るのは大変だったと真魚くんは笑った。
「瞳ちゃん、俺のこと避けるし。俺は嫌われてるのかなってちょっと不満だったな。助けたの俺なのにって」
「……ごめん。真魚くん、モテてたから近づきづらくて。私みたいな地味なやつがキラキラした男の子と話すと、ひどい目にあうから。海に落とされることはそうそうないけど、また同じようなことになるんじゃって……思ってたから」
真魚くんは天井を見ながらけらけらと笑ってから、私の肩に頭を乗せる。力が抜けきった真魚くんの身体の重さが愛おしかった。
「まあ、瞳ちゃんが幸せに生きているのを見られればすぐに海に帰るつもりだったし、仲よくならなくてもべつによかったんだ。けど、プールの授業のときに瞳ちゃんが人魚になれたらいいって言ったのを聞いて、俺はずっとそのことばかり考えてた。沈む瞳ちゃんではなくて、綺麗な海の底で笑う瞳ちゃんがいたらそれはどんなにいいだろうって」
「思いつきで言っただけだったのに」
「あはは。だよね。人間が人魚になるのはさすがに無理だから、この子はなに言ってるんだろうって思った。でももしかしたらって、ちょっと考えたりして。それからずっと瞳ちゃんのことが気になって、もうちょっと人間でいたくなったんだ。玲にはだいぶ呆れられたけど」
本当はあの島の中学を卒業したら真魚くんは海へ戻るつもりだったのに、私を追いかけて同じ高校にまで進学したらしい。クラスが離れてしまってますます接点がなくなって、私たちはすっかり他人みたいになったのに。
真魚くんが高校三年生の夏を迎えたときに、身体に異変が起こった。いつも飲んでいた薬がきちんと作用せず、地上での生活が難しくなったらしい。真魚くんは少し考えて、以前薬を飲み忘れて店で倒れたときの状態がほぼ毎日続くようになった、と言った。そのときは薬をきちんと飲んでいたにも関わらず。
原因はわからなかった。ただそれ以前に胸の痛みが続いていて、異変は感じていたそうだ。その時点で海に戻っていればよかったのかもしれないと、真魚くんは苦笑した。
「でも、あれは海に戻れっていう啓示だったのかもって今は思う。瞳ちゃんはもう幸せそうに生きてたし」
「……幸せそう?」
「うん。友だちも……彼氏もいて、見るたびにいつも笑ってた。ああもう大丈夫だって思って安心したのに、海に戻りたくなかった。まだもう少しだけって思うたびに胸が痛くて、だけど放置してたら海に戻らざるをえなくなって」
そうして真魚くんが海に戻って、私のことを忘れるようにして過ごしていたときだった。
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