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彼のことは好きだし、ひとりの人間としてとても尊敬している。ただ、一緒にいる人ではないだけだ。今の理太郎くんに対して、あのときと同じような愛情は持てない。
理太郎くんはタバコに火をつけて、私から顔を背けながら煙を吐いた。煙を吐ききってからまた私のほうを見る。
「そういや、今働いてる店ってどんな感じなの?」
「雑貨屋さんだよ。こんな感じ」
私はうかぶせのインスタグラムを見せた。理太郎くんは食器やインテリアにあまりこだわりがないので、さほど興味は示さないけど、真魚くんの写真を見てわずかに眉毛を動かした。
「この人が店主?」
「そうだよ。この写真、いい笑顔だよね」
この前パライソのインスタグラムを真似て、店主である真魚くんの写真を載せてみた。真魚くんが丸い大皿を持って満面の笑みで写っている写真だ。
真魚くんの写真を載せたところでお客さんが急激に増えることはなかったものの、なぜかお年を召したお客さんがよく来店するようになった。真魚くんはああいう層に人気があるのか……と、潔子さんとこっそり話したのを思い出して、自然と口元が緩む。
理太郎くんは真魚くんの写真をまじまじと見た後、私のことを一瞥してまた画面に視線を落とす。
「へえ、店主イケメンじゃん」
「ねー。この前日菜子ちゃんも一瞬だけ好きになってた」
「日菜子ちゃん……ああ、あの子ね。この前四人で一緒に飲んだ子だよな」
「そうそう。あ……そういえば赤星さんとあの後どうなったんだろ。理太郎くん、赤星さんからなにか聞いた?」
理太郎くんはビールの泡に唇をわずかに沈ませて苦笑する。その表情の意味が読み取れない。うまくいったのか、そうでないのか。
理太郎くんはうーん、と言いながら頭を掻いた。
「……あの後、お持ち帰りしたらしい」
「えーっ! 赤星さんって手が早いんだね……」
「いやいや、それがなんもなかったって。赤星のやつああ見えてめちゃくちゃ奥手でさあ。朝までふたりでゲームしてたんだと。ゲームでひたすら街作ってたって。日菜子ちゃん、ガチのゲーマーらしい」
「……そうなんだ。ゲーマーなのは知らなかったなあ……」
あの赤星さんと日菜子ちゃんが夜どおしゲームをしている姿を想像すると微笑ましい。一緒に飲んだときも思っていたけど、あのふたりはなかなかにお似合いではなかろうか。
理太郎くんも、可愛いよなあ、と半ば呆れながらもふたりのことを応援している様子だ。続報待ってるねと理太郎くんに言うと、理太郎くんは一瞬だけぽかんとしてから弾けるように笑った。
私たちは付き合い始めた頃みたいに食事をして、たくさんお喋りをして遅くまで過ごした。店先で一服していた理太郎くんは帰りたくないな、と小さくつぶやいていたけど、私はそれを聞かなかったことにした。
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