溺れたはずが、私はなぜか岩場に打ち上げられていてお兄ちゃんと従姉妹が見つけてくれたのでことなきを得た。私を突き落とした従姉妹は、事実を隠して私が勝手に足を滑らせて落ちたことにしていた。


 お兄ちゃんに呼びかけられて意識を取り戻し、それからすぐにお兄ちゃんが救急車を呼んでくれた。その間ずっとお兄ちゃんは私が寒くないように抱きしめて暖を取ってくれた。お兄ちゃんの温もりに安心しながら、私はますますお兄ちゃんのことを好きになっていた。


 あれから一年──お兄ちゃんは高校へ進学して、私でも従姉妹でもない同級生の女の子と付き合いだした。従姉妹は同じ中学校に通っているものの、あれからほとんど話すことはない。


 私に残ったのは水への恐怖だけだ。あのときは意識もおぼろげだったけども、思い出せば身体が震えた。私はどこへ連れていかれようとしていたのか。暗い海底で本当に貝のようになってしまっていたのでは、と考えると息が苦しくなる。


 揺らめく水面を見ていると、私は今度こそ暗い海の底に叩き落とされるのではと恐ろしくなった。

 便座に座ったまま呼吸を整えていると、ドアをノックする音がした。立花さん、と呼びかける女教師の声で私ははっと我に返る。


「気分が悪いの? 大丈夫?」

「……は、はい。ちょっと、暑くて……」


 私はじっとりと汗ばんだ顔のままドアを開けた。先生は心配そうに眉毛を下げていたが、私が大丈夫ですと返すと安心した様子で背中を向けた。


 先生は私が海で溺れたことと水が怖いことを知っている。だからプールの授業を休みたいと伝えても嫌な顔はしなかった。他の生徒の手前もあるからと、こうやって見学させてくれる。

 私が元の場所に戻ると、水琴くんも心配そうな眼差しを向けた。ノートには『大丈夫?』とだけ書かれていたので、私はこっくりと頷いておいた。


 ふたりでまたプールを眺める。あんなことがなければ私もあの中でなにも知らずに泳いでいたのかもしれない。


「……私も、水に愛されたらよかったのに」


 ぼそりとつぶやくと、水琴くんが反応した。目をぱちくりさせながらこちらを見ている。痛いポエム女とでも思われたか、と私は口を右手で塞いだ。さすがの水琴くんでも、私のことをおかしいやつだと思うかもしれない。


「……き、昨日、人魚姫のアニメを見てさ、私もあんなふうに泳げたらなって……思ったの、ちょっと思い出した」


 私は痛々しい言い訳をする。それでも水琴くんは信じてくれたみたいで、こくこくと頷くとノートになにか書き始めた。

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