絶景スポットは美術の宿題にはおあつらえ向きだ。海はほとんど同じ色なので、青と白と、ときどき緑を使えばそれなりに仕上がる。水彩絵の具が真っ白な画用紙を染めていき、気づいたら夕方になっていた。


 自転車を置いていた場所に戻ったときに、筆が一本ないことに気づいた。岩場に忘れてしまったのだろうと、私はお兄ちゃんと従姉妹を待たせてひとりで戻った。だけど岩場に筆は落ちていなかった。


 ──荷物に紛れて……はなさそうだなあ。

 背負っていたリュックの中を探ってみるも、やっぱり見当たらない。海に落としてしまったのだろうか。

 まあ筆一本だし、また新しいのを買えばいい。そう思って戻ろうとしたら、いつのまにか従姉妹がそばに立っていた。様子を見にきてくれたのかと思いきや、突然背中を蹴られて私はそのまま水の中に落ちた。


 服が水を吸いこんで上手く手足が動かせない。ばたばたと暴れれば暴れるほど、岩場から私は遠ざかって海の真ん中まで引きずられていく。従姉妹はバーカとだけ残して私を置いていった。

 待ってよー、と呼びかけるも声は届かない。口の中に水が入って息ができなくなる。鉛をぶら下げたみたいに身体が重くなり、足はまっすぐに伸びたまま動かなくなった。目の前がぼやけてきて、私は死ぬのだと思った。


 なぜ、あの子は私にこんなことをしたのだろう。私のことが嫌いだから? 私はどうして嫌われちゃったのだろう。ただ、普通に生きているだけだよ。


 思えば、私は昔からそうだ。誰かに対してなにか言うと、相手は突然泣きだしたり怒ったりする。

 私は、生きているだけで嫌われるのだ。うすうす思っていたことだけど、今はっきりとわかった。

 じゃあ、海底でじっと黙ったままの貝とかになったほうがお似合いじゃないか。誰にも迷惑をかけずに。


 ──もう、死んじゃえばいい。

 海の水は私を暗い場所へ引きずりこむ。これまでの罰みたいに。私はどこまで、連れていかれるのだろう。

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