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「……去年、海で溺れたの。それで、水が苦手なの」
『お風呂とかどうしてるの?』
──同級生の女子に風呂事情なんか尋ねるなよ。
耳がじわじわと熱くなっていくのを感じた。とはいえ、彼には一ミリの下心もないだろうし、本当に不思議に思っているだけだろうけど、いかがなものか。水琴くんは小さな子どもがこの世のあらゆるものに対して『どうして』と疑問を持つような目をしていて、歪んでいるのは私のほうである気がしてきた。
「……シャワーくらいなら平気だし、湯船は顔をつけなきゃ問題ない……」
水琴くんはまたノートにペンを走らせている。またなにか話しかけてくるつもりだろうと察して、わざと溜息をついてやった。てっきり完璧な男の子だと思っていたけど、実は水琴くんは空気が読めないのかもしれない。
プールからあがって、プールサイドをぺたぺたと歩く三人の女子が私と水琴くんの前を通り過ぎた。わざわざ私たちの前を通る必要なんてないのに。怖くなって、私は更衣室内のトイレに逃げこんだ。
薄暗い個室の中で便座に腰を下ろすとひんやりとしていた。外はあんなにも暑いのに。ここだけは世界が切り離されているのではと勘違いしていまいそうだけど、生徒の声が聞こえてくると現実に引き戻される。
海で溺れた日のことを思い出し、手のひらに冷たい汗がにじむ。
私がこの離島の中学校にやってきたのは、去年の四月だ。父親の転勤で中学の三年間をここで過ごすことになった。元々親戚もいたので、馴染みがないわけではなくさびしい思いをすることもなかった。
だけど、島のことはわからないことのほうが多いので、ふたつ上の親戚のお兄ちゃんと、同い年の従姉妹が私の面倒を見てくれた。
親戚のお兄ちゃんはリーダーシップがあってとても頼りになるし、日に焼けた顔と大きな目が特徴的で、彼を嫌う人はほとんどいないくらいに、素敵な人だ。例に漏れず、私も従姉妹もお兄ちゃんのことが好きだった。
ちょうど今から一年前くらいだ。三人で海に遊びに行って、岩場の陰で夏休みの美術の宿題をしていた。
本当は私とお兄ちゃんのふたりで行こうと誘われていたけど、その日になって従姉妹も一緒に行くことになった。人数が増えるぶんには賑やかだしまあいいか、とのんびり考えていたあたり、私はちょっと頭が悪かったのかもしれない。
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