節分前夜

ろくろわ

あんた。 飲みすぎなんだよ


「鬼は~外!」

で、家を本当に追い出されたのは、丁度1年前の2月3日、節分の日の事だった。


鬼べぇはカミさんの煎った大豆を食べながらあの日の事を思い出していた。

あの日はいつも以上に飲みすぎていてカミさんも怖い顔をしていた。そうそう、それで飲みすぎた勢いのまま「飯が不味い」だの「お前は俺の言うことを聞けばいい」だの気が大きいことを言ったんだった。

そう、それで怒ったカミさんが「鬼は~外!」って凄い勢いで豆を投げてきたんだった。

それが信じられないくらい痛い痛い。

赤鬼の肌に赤い豆の痣がつく程、肌に豆がめり込む程だった。


流石に1度家を飛び出した。

が、直ぐに玄関に戻り文句を言おうとしたら、次は空豆が飛んできたんだった。


豆がでかくなると凶器である。

最早、狂気を帯びた凶器である。


堪らず、家を再び飛び出し少し頭を冷やしてから三度みたび。今度は下手に出ながら玄関に向かったんだった。まぁ、家に入る前にドリアンが並べられているのを見て入るのは止めたのだが。

もう、豆ですらなくなっていて、殺意の固まりに見えたね。


こうして赤鬼の鬼べぇは家を追い出された。

外に出されたのだった。


そこから鬼べぇの旅が始まった。


家には帰れない為、全国各地を巡っていったのだが、しかし、どこに行っても鬼べぇの居場所はなかった。

皆、冷たいものであった。

確か、東北のどこかに行った時は、夜の遅くに子供とその親の言い合いが聞こえて、余りに酷いもんだから「大丈夫ですかー?どうしましたかー?」って助けに行っただけなのに、親子共々涙流して叫び、気絶してしまった。

それだけなら良かったものの、次の日には噂話に尾鰭が付いて、やれ「藁を纏って包丁を握っていた」だの、「悪い子はいねがぁ」と追い回されただのの話になっていた。

そんな噂話を流す方が鬼じゃね??


他にも、都に行った際には人の良さそうなグループが酒を飲もうと誘ってくれ楽しく飲んでいたのに、酔いも回ってきた頃合いに、いきなり「酒呑童子、覚悟!」と刃物を向けられたこともあった。

命からがら逃げたのだが、後から風の噂で迷惑をかけていた悪鬼を討伐したと聞いた。

あ奴らは、いったい何を討伐したのだろうか?


そうそう、1番怖かったのは人里離れた山奥で泊まる場所に困っていた時に声をかけてくれた婆さんだった。

山奥だったのにそりゃあ、いいご飯と寝床を用意してくれて気持ち良く寝ることが出来た。

夜中ふと目を覚ますと、ろうそくが煌めく襖越しにでかい包丁を研ぎながら「今日は肉が固そうだか大きい獲物が手に入った」って言って笑ってる婆さんがいた。最初から俺のことを食糧として見てやがった。

あの婆さんこそ鬼じゃね??


他にもコブの付いた爺さんが、コブが重いと言うもんだから取ってあげた。そしたら次々にコブの付いた爺さんが現れて、ワシのも取ってくれ取ってくれと言ってきた。

流石にそんなに出来ないって言ったら、鬼にコブを付けられたって根も葉もない噂を流された。

アイツらこそ鬼じゃね??


そんなこんなで、どこに行っても鬼べぇは悪者になっていた。

1年、全国を歩き回った鬼べぇが古郷の地に帰ってきたのはあの日から1年が経とうとした2月2日。節分の前日だった。

家の前につくと懐かしく自然と涙が出てきた。

と、家の中から声が聞こえてきた。


「福は内」


恐る恐る玄関を開けると、優しい顔をしたカミさんがいた。カミさんから聞く話だと、どうやら全国を巡っている間に東北の子供は親の言う事を聞いたり、都では平和になったりと様々な福が巻かれていたらしい。


カミさんに許された。

こうして、長かった鬼べぇの旅は終わったのだった。


鬼べぇは旅の事をカミさんに話ながら、カミさんと久し振りに飲むお酒を楽しんでいた。

おつまみにしているカミさんの煎った大豆を見ると身震いがおきる。


鬼べぇは、大豆が怖いのではない。

「鬼は外」と鬼顔負けの力で大豆を投げつけてくるカミさんが怖いのだ。


明日は節分。


お酒を飲みすぎないようにしよう。

そう決めた鬼べぇであった。






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節分前夜 ろくろわ @sakiyomiroku

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