第2話


「だから、序盤のツリーガード先生はムキにならなくてもいいじゃん、いつまでたってもストーリー進まないよ」

「いや、こいつを倒さないとここから前には進めない、そんな気がするんだよね。まぁみててよ、SEKIROセキロウをクリアした腕前をさ」

「SEKIROは実質音ゲーみたいなもんだし、同じフロムゲーでも全然違うって。素寒貧すかんぴん棍棒クラブでよくやるよね。ずっと沼っても知らないからねあたし」


 彼と知り合って一年くらい経ったかな。あの時はこうして家に来てゲームする仲になるとは思わなかった。彼がこんなにフロムゲーにハマるとも思ってなかったけど。


「ドーナツ食べる?」

「うん、ココナッツチョコレートがいい。というか、食べさせてください」


 最初にあった時、チョコレートドーナツばかり注文していた彼の好物はやはりチョコ系だった。ゲームに集中する彼の開いた口にドーナツを運ぶとモグモグと美味しそうに口を動かす甘ったるい満面な笑顔。正直、この顔、今はすごく好き。一年前のあたしとは全く別な意見だけど。


「さてと、あたしは夕飯の支度でもしようかなぁ」

「今日の夕飯はなに食べるの?」

「カレー、いっぱい作り置けば一週間は持つからね。よかったら、食べてく?」

「あぁ、う〜ん……ん、大丈夫。食べてくよ 」


 彼は少しだけ空中に視線をさ迷わせてから、カレーを食べる事を伝えるとコントローラーを置いて立ち上がった。


「というわけで、下ごしらえを手伝います」

「いいよ、座ってゲームしてなって、ツリーガード先生との真剣勝負の最中でしょ?」

「食べるだけで何もしないわ無しでしょ。それに、気分を変えた方がいい結果を生む可能性もある」

「もー、いいけどさぁ。沼るの始まりじゃなければいいけどねぇ」


 あたしはしょうがない風を装いながらも胸の奥の嬉しいが熱をあげていて口がニヤけそうなのを堪えた。今日はもっと彼といられるんだって。


 彼は優しい。こうやって料理の準備も手伝ってくれるし、あたしと同じ趣味も全力で楽しんでくれて、仕事の愚痴も聞いてくれる。そして、あたしの知らない世界もいっぱい教えてくれた。




「ご飯のスイッチ入れたよ」

「うん、ありがとう。あとはじっくりコトコトっと煮込むだけだから、ゲームの続きやってて」


 せっかくの出来たてカレーを食べるなら最初は冷凍ご飯よりも炊きたてご飯がいいだろうということで、カレーの下準備を手伝ってくれた彼は手際よくお米を研いでくれた。

 後はもう煮込んで完成だからゲームに戻ってもいいと伝えた。ご飯が炊けるまでの時間はじっくりコトコト煮込むつもりだからあたしは引き続き火の番かぼたんだ。


「……ねぇ」


 だけど、彼はゲームには戻らないで、背後からあたしの身体を抱き寄せてきた。急な事に身体が震える。驚いたとか怖いとかじゃない、彼がどんな人かはもう知ってる。怖がる必要は無い、あたしが震えているのはきっと……期待。


 そんな考えは見透かされているのか、彼は耳許で囁いてくる。


「夕飯食べた後、夜の予定はある?」

「よ、予定、えと、こよちゃんのへたっぴマリオのアーカイブの続き──ッ」


 彼はあたしの首筋に小鳥が啄むようなキスをして、あたしの言葉を遮らせて、また小さく囁いてくる。


「好きなVTuberだっけ? そんなアーカイブなんていつでも観れるのはやめて予定は俺にしよ、俺、今夜はずっと、フリーだよ?」

「でも、こよちゃん推しだから、配信モンスターだし、すぐに動画溜まっちゃ── っ」

「いいじゃん、しよう~よ。溜まった動画なんてまたいつでも観れるでしょ。やめて俺にしてよ、俺としたくない? ん?」

「わ、わかったから、それやめてっ、カレーひっくり返しちゃうからっ、ね?」


 彼は強引にあたしの弱い部分を刺激してきて、あたしの首を縦に振らせた。

 彼は、スイッチが入ると性欲に濡れた獣になる。普段の優しさとは掛け離れたモンスターの一面を覗かせる。でもあたしは、そんな彼も好きで夢中になっている。あたしの心と身体は、彼という沼にハマって動けず沈んでゆく。


 離れたいなんて、思えない。

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