461話 一日の終わりと始まり




「あーー……………」


 眠い。


 宿の温泉に入って、一日の疲れが抜けていく。


 そしてめちゃくちゃ眠い。

 寝付けないかもって思ってたが杞憂でした。


 今日もいろいろあった。こういう、予定がたっぷりあるのって旅行らしくて好きだ。でも疲れた。明日は筋肉痛かも。


 博物館にベサミィに、アキと『西の果て』の始祖ご一行、そして午後からは釣りに山登りにスパイシーなご飯……。



「おい、風呂で寝るなよ」


 ご主人の声でハッとして、顔を上げた。

 危ねえ、寝落ちするとこだった。


 目の前の木桶では、白いふわふわの何かが2つお湯に溶けている。


  今日一日、ほとんど外に出してないけど、特に出たがるかんじもなかった。ポメ空間内の温泉とかアスレチックで十分楽しんでるのかも。


 といっても、お風呂のために出したときポメはピンポン玉みたいに飛び跳ねまくっていたが。俺と違って元気が余っていました。


 湯の中でゆらゆらしてる2匹の毛を、指でそっと撫でる。くすぐったい。


 ロヴィくんは、お風呂のふちで湯気を楽しんでいた。ちょっと眠そうというか、元気がない様子だけど、小ワヌくんが何も言わないから大丈夫なんだと思う。


 頭をそっと撫でると、気持ちよさそうな顔になる。

 ここ数日でまた少し大きくなったか?頭もザラザラ感が強くなってきた気がする。ちょっとずつ赤ちゃんらしさが薄くなっていってるなあ。うれしくて、さみしい。


 小ワヌくんは小ワヌくんで、ポメ軍団の召喚で魔力を使ったからか、常に眠そうだ。


 ワヌくんの縄張りからも少し離れてしまっているから、あの木の芽からの魔力供給が追いつかないのかも。今朝見たら、ちょっと葉っぱが大きくなってた。


 きっと、普通の植物が日光を浴びるために葉っぱを広げるのと同じで、本体から効率よく魔力を供給するために大きくなったんだろうと予想。


 俺たち、旅をしてるんだなあ。


 ご主人は、この旅で目的のものは見つかったんだろうか。ふと、そう思った。


 ずっと一緒に行動してきたけど、繋がりそうで繋がらない情報が時々手に入る程度だった。博物館で大きな進展はあったかもだけど、思ったより進んでない気がする。


 俺にはわからない何かを、ご主人はすでに見つけたんだろうか。


 不思議と俺自身のことばかり、わかっていくな。

 ベサミィとか、眠る女性像とか。



「ご主人」

「なんだ」

「……吟遊詩人、見つかりましたか」


 俺の唐突な質問に、ご主人はしばらく目をパチパチさせて考えていた。


 それから、答えた。


「ああ、多分見つけた」

「……じゃあ、王の『宣託』の答えは」

「それも、ぼんやり見えてきた。もうすぐ全部わかるよ。どこに行けばいいのか、何をすればいいのか、全部わかる」


 そっか。

 ご主人にはわかってるのか。じゃあ、いいかな。


 何というか、ご主人は決意を固めたような何かを待ってるような、落ち着いた表情をしていた。



「山小屋にあった石の板のやつは、関係ありますか」

「まあな。……あれのおかげで、これから起こることがわかったよ」

「じゃあ、博物館の鐘も?」

「そうだ」


 ご主人はやっぱり、短い返事しかしなかった。詳しい話は聞けなさそうだ。


 それとも、ひとりで対処しようとしてる?

 いや、もしそうなら、何かが起こると匂わすことすらしないだろう。


 最近の一連の騒動がやっと収まったところなのに、また何か起こるかもしれないのか。


 まあ、何となくそれはわかっていた。

 目を凝らせば、まだわずかな不穏さがそこらじゅうにある。


 街の人々は数日前の雷にまだ怯えているし、ご主人が倒した奴の関係者だって、老獪な人々が集まる『古樹の里』にいるはず。


 国外から扱いの難しい来訪者、『西の果て』の一行が来ているということで衛兵はピリピリしてる。


 何故か皇国ハルディラの商人がいて、それにベサミィ──大戦士ベハムーサまでいる。


 何か起こらないのが奇跡なくらい、様々な要素が集結してきている。すでに『西の果て』の一行とは一触即発だったし。


 そもそも、この旅は王の画策の一部だったからな。

 これで終わりじゃないだろうというのはわかっていた。そこにご主人が深く関わることになるのも、不思議じゃない。


 まるで綱渡りしてるみたいだ。

 何も起こらないのが一番なんだけど。



 ……ま、大丈夫でしょ。


 一連の騒動で俺は学んだ。

 心配していても避けようのない事態は生じるものだ。警戒してても捕まる時は捕まる。何か起こるときは起こる。だから心配のしすぎはよくない。ただ覚悟さえあればいいんだ。


 なにせ、ご主人は最強だ。

 それにパーティーのみんなも強い。みんながいればなんとかなる。俺には小ワヌくんとポメと、それからロヴィくんもいる。


 もうすぐ旅は終わる。

 タリクファールとオルヴィータのこの街での仕事が終了したら、護衛として雇われている俺たちも王都へ帰ることになる。


 超高級宿での暮らしにちょっと慣れてきたけど、やっぱり拠点が恋しいなあ。


 エルミとマーナとジャミユにお土産を買わなくちゃな。あとヤクシにも。冒険者の子たちにもあげたい。


 みんなにちょっとずつ分けられるようなお菓子とか、売ってるといいな……。


 でも、この旅が終わってしまったら、ご主人の行きたい場所は、宣託はどうなっちゃうんだろう。


 旅で答えが見つかると思ってたんだけど。



 ……ガクン。


 顔面にお湯がパシャリと当たり、俺は頭を上げた。

 いかん、また寝落ちしそうになってたぞ。


 十分にあたたまったので、俺たちはお風呂から上がることにした。


 寝ぼけながら髪とポメたちを乾かして、飲み物をもらって、コクリコクリしながらポメたちにおやすみを言ってベッドにもぐりこむ。


 俺があまりに眠そうだからか、今日は本を読むのは無しになったっぽい。


 とにかくねむい。


 今日の俺は店じまいです。営業おしまい。

 眠すぎて何も考えられない。


 明日もデカいイベントがある。

 楽しみだなあ。


 柔らかい手触りの布に触れた途端、俺は寝た。

 ご主人におやすみを言えたかどうかは、わからなかった。



 そしてぐっすり寝て、すっきり目覚めたら。



 ロヴィくんが分身してた。


 伸びをして、ロヴィくんに挨拶しようと瓶を見たら、やけに得意げなロヴィくんと目が合った。


 どうしたんだろうと思ったら、ロヴィくんが2匹いることに気づく。


 思わずワッって声出た

 一気に目が覚める。


 ロヴィくんにいつの間にそんな能力が!?


 瓶を抱えて2匹のロヴィくんを凝視した。

 片方は白い。そっくりだ。


 マジか。


 と思っていたら、白いロヴィくんは空気が抜けたみたいにぺしゃんこになっていった。


 あっこれ、分身じゃないな。

 脱皮だ!


 ペラペラの皮の横で、ロヴィくんがにっこりと俺を見上げていた。えらいぞ!かっこよくなったな。


 みんな!

 なんと、ロヴィくんが脱皮しました!


 俺は瓶を抱えて居間へ急いだ。




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