462話 成長する
「おはよう、アウル。慌てているようだけど、何かあったのかな?」
朝練をしていたリーダーとご主人のところへ向かうと、周囲にたくさん火を浮かせたリーダーが微笑みながら挨拶してくれた。
前より扱える火魔法の量が増えてませんか。
怖……。
いや、そうじゃない!
見てください!
ロヴィくんが脱皮しましたよ!
俺はロヴィくんの瓶を差し出して見せた。
2人は不思議そうに瓶をのぞき込み、やがて真相に気づいた。
「おお、もう脱皮したのか!」
「この子も脱皮するとは思わなかったよ。これはすごいね」
そうなんです。
なんか最近ちょっとおとなしいし、体が白っぽかったから心配してたんだけど。脱皮前だったんだなあ。知らないうちにスルッと脱皮しちゃったよ。
ご主人は得意げなロヴィくんの頭をちょんちょんと撫でてから、そっと皮を持ち上げた。
ロヴィくんの形そのままで、ちょっと鱗みたいな模様が入った半透明の皮は綺麗だった。
リーダーも皮を受け取って、ため息をつきながらじっくり眺めている。
「まるで、この子がもう1匹いるみたいだ。……前より少し大きくなったね。それに頭と背中にこぶのような隆起が見られる」
「本当だ、ツノと翼か?」
「きっとそうだね」
リーダーはロヴィくんの小さな変化をきちんと観察してくれていたようだ。
顔は相変わらずちいさな目と笑ってる口もとだが、リーダーの言う通りすこしだけゴツゴツしたかも。
頭を触ると、2箇所だけわずかに飛び出ている場所があった。きっとツノが生える場所だ。そこを撫でると、ちょっとくすぐったそうな顔になるのがかわいい。
成長してるんだなあ。
かわいいなあ。えらいなあ。
しばらく3人でロヴィくんを撫でたり褒めたりして過ごした。
途中で小ワヌくんが出てきて、「だから言っただろ」みたいな顔で俺を見てからロヴィくんをぺろぺろした。ポメも出してあげたら、寝ぼけたふにゃふにゃの顔でロヴィくんを舐めた。ロヴィくんはうれしそうになった。リーダーは顔を手で覆った。
少し長くなった尻尾の先は、相変わらず青いままだ。まだ赤ちゃんです。
大きくなったら青くなくなっちゃうかもしれないけど、綺麗な色だからなくなるのは残念だな。
とても、不思議な感情が湧いてくる。
卵から生まれて、順調に大きくなっていることが、奇跡みたいなあり得ないことのような、信じられないような、そんな気持ち。
どうしたらいいかわからなくて、俺は瓶をギュッと抱きしめる。
守らなきゃいけない。
どうやったら守れるんだろう。ロヴィくんはきっと俺よりはるかに強い生き物だけど、俺はこのちいさな命を守りたい。
そう考えていたら、リーダーがそっと俺を瓶ごと抱きしめた。
「……子供の成長を見ると、どうしてこんな気持ちになるのだろうね」
リーダーもロヴィくんを見て同じ気持ちになったのか。なんかうれしい。これが親心ってやつか。リーダーはやっぱりみんなのお父さんだなあ。
「俺も俺も!」
しっとり落ち着いた雰囲気をぶち壊すようにご主人が乱入してきた。リーダーごと俺たちをギュッとする。
珍しいな。
ご主人も加わってくるとは。まるで、みんなが楽しそうにしてるところに突っ込んでくるワンちゃんのようだ。
まあ、俺は、その……申し訳ないが、朝練後の2人に挟まれてだいぶ暑苦しいなと思ってしまいました。2人とも力加減がちゃんとしてるから、ノーヴェに絞められた時のような惨事にはならないが。
みんなでロヴィくんの成長を祝福するこの空間は、暑苦しいけど居心地が良かった。
「俺も、みんなが強くなってうれしいぜ」
ご主人は落ち着いた声でそう言ってから、すぐ離れた。
一瞬だけ、ご主人は普段見せないような顔をしていた。
それは、長く生きた人の顔だったように思う。誰に向けたものなのか、俺にはわからなかった。
起きてきたみんなにひと通りロヴィくんの脱皮を伝えて、ひと通り祝ってもらった。みんなに『祝福』をもらってロヴィくんはうれしそうだった。
みんな真獣の眷属が脱皮すると知って驚いていた。
俺も驚いたからわかるぞ。
大事な勝負前のアキは「よい兆しだ」とうなずいてよろこんでいた。ゲンを
それから、脱皮した皮の処遇については、俺が決めることになった。皮は消えることなくきちんと残っている。つまり、保管するなり何なりしなくてはいけない。ロヴィくんはいらないようだし。
何かの素材として使うには小さすぎて薄すぎる。
かといってこのまま保管するのも大変だ。
この記念すべき初脱皮の皮をどうするべきか?
俺はそれをリーダーに渡した。
リーダーなら意味がわかりますね?
リーダーはにっこり笑った。
「王都に戻ったら母に預けることにするよ。一体どんな反応をするか、楽しみだね」
そうです。
リーダーのお母さんのホーウィアは大のトカゲ好きだからな。よろこんでくれるだろうし、大切にそして適切に保管してくれることだろう。
リーダーは皮を紙や布で丁寧にくるみ、しまいこんだ。
ホーウィア、また倒れなきゃいいけど。
ちょっとだけ心配になった。
それに、よく考えたら普通の生き物じゃない真獣の眷属の皮になんかすごい効果とかあったらヤバい。ホーウィアはロヴィくんが真獣の眷属だなんて知らないんだし。
早くも俺は皮の処理についてちょっとだけ後悔し始めていた。
何とかなるか。……なるだろうか?なってくれ。
ロヴィくんのおめでたい出来事で盛り上がったが、今日はアキにとって決戦の日である。
開催場になるこの宿は、今朝は何だか少しだけ慌ただしい雰囲気だ。設営準備をしてくれているんだろう。
それでも俺たちの優雅な朝食の世話をしてくれているし、あまり忙しさを感じさせないあたりは、さすがプロだ。
ひと足早く朝食を食べ終えたアキは、料理の仕込みをしつつ、宿の使用人たちと打ち合わせをしている。
俺もアキから今回の勝負で給仕役をおおせつかったのだが、具体的に誰に何をどう運べばいいのかまだ知らない。勝負は昼過ぎからだから、現時点で手伝えることは少なそうだ。
そんなに難しいことはしないはずだが、アキの勝負に水を差すようなことはしたくない。
それに、この決闘……じゃなくて、もてなし合戦は実は国際的に重要な場になるらしいからな。失敗は少ないほうがいいに決まってる。
うーん、俺大丈夫かな。
何もわからんのだが。
そわそわと落ち着きなく歩き回る俺を見かねてか、ノーヴェが欠伸をしながら声を掛けてくれた。
「オレたち暇だよな〜。時間はまだたっぷりあるし、晶石の洞窟にでも行こうか?」
今からっすか?マジか。
たしかに、アキ以外の人は特にすることもないし、暇ではあるけど……。大事な勝負の前なんですが?
俺がいまいち乗り気じゃないのを見て、ノーヴェは身振り手振りで晶石の洞窟について説明し始めた。
「こう、ちょっと掘ったらキラキラした晶石がカランって出てくるんだ。そんなに掘らなくても自然生成する場所があって、そういう場所はなぜか青く光るんだ。すごく綺麗だよ。せっかく保養地にきたんだから、一度見ておいてもいいんじゃないか」
うーん、ちょっと気になってきた。
魔物の心臓に作られるはずの晶石が大量に生成される洞窟か。なんかすごそう。見てみたい気持ちはある。
でもなあ……。
やたらノーヴェの押しが強いな。
ご主人ならコロッと負けるだろうけど、俺はご主人とは違うんだぜ。なんか悔しいから負けたくない。
揺れてるのを見透かしたように、ノーヴェは追い討ちをかけた。
「……それに、短時間でいい稼ぎになるから、お土産をたくさん買えるぞ」
行きましょう。
歩き回るのを止めて即座にうなずいた俺に、ノーヴェは満足そうな顔をした。
簡単に負けた。
だって、やっぱりお土産はたくさん買いたいし……。
完全に俺がお金に弱いのがバレてる。
ちょっと恥ずかしい。がめつい奴だと思われてないだろうか。
でもそれだけじゃなく、ノーヴェは俺にいろいろ体験させてくれようとしてるんだと思う。
現に、リーダーやご主人はノーヴェに反論することなく俺たちのやりとりを見守っていた。つまり、ノーヴェに賛成してるってことだ。
やっぱり、こうダイレクトに気を遣われると恥ずかしいな。
まだぜんぜん慣れない。
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