459話 決闘場
夕食後、落ち着いたところで今日の出来事を報告し合う。お茶や酒を片手に、各自が思い思いの格好でくつろぎながらの団欒だ。
俺はクッションの山の上でぐったりしていた。
切ないお腹の声に応えた結果、食べすぎてしまいとても眠くなってきました。冒険の疲れが出てきたのもあるし、今日のご飯はなんだか気迫があって大変だったぜ。
いかん、みんなの話を聞かないと……。
俺たちが冒険者をしている間に、リーダーはいろんな話し合いや交渉を進めてくれていた。
俺たちの冒険の成果をうんうんって聞いてくれていたけど、少しうらやましそうだった。次はリーダーも一緒に行けたらいいなあ。
リーダーも、話し合いで決まったことを共有してくれた。
そう、ここからが本題だ。
「『西の果て』一行側の交渉人も交えて、タリクファール公の執事と話し合いをしてきたよ。その場に少しだけタリクファール公もお見えになったんだ」
「そ、それは大変だったな」
「うん、一応きちんとした服装で出向いたのだけれど、正解だったよ」
ええー!
話し合いにタリクファール公ご本人も登場したの?それはやばそうだぞ。
何でもないことのようにリーダーは言ってるが、リーダーじゃなきゃ気絶してますよその状況は。ノーヴェですらビビってる。
眠気が吹っ飛んだ俺はクッションに座り直して、話をしっかり聞く姿勢を取った。寝てる場合じゃねえ。
俺たちが他国からの来訪者と揉めて、現在の雇い主であるタリクファール公に迷惑をかけてしまってる状況だからな……。
気楽に釣りとかしててよかったのか?
ダメだった気がしてきた。
「公は何と?」
「意外なことに、とても喜んでおいでだった」
ご主人の問いにリーダーは落ち着いて答えた。
よろこぶ……。なぜ。
「実は『西の果て』一行の扱いに関して、中央国ミドレシアとして少し困っていたようなんだ。タリクファール公へも街の執政官から相談があって、対処を考えあぐねていたところ、この件が起こったというわけだ」
む、ますますわからんぞ。
対処に困ってたのに問題が起きてよろこぶ?
みんなが困惑顔になり、リーダーは事情を詳しく教えてくれた。
『西の果て』に住まう太陽の民の始祖一族。
それはたいへん扱いが困難な人々だという。
歴史的に見て彼らは侵略民族であり、周囲の諸国に戦乱をもたらす要因だった。今ですら、その末裔の散らされた太陽の民たちはかつての名残で敵視されることが多い。
そんな太陽の民の始祖だが、今回は王に当たる『女帝』を含んだ一行の来訪とはいえ、国賓として扱うことはできない。
ミドレシアへの滞在が許されているのは、ひとえに病身の者がおり療養目的で来訪しているからに他ならないという。
彼らは『王の宴』に招待されることもないし、歓待されることもなく、ただ滞在のみを許されている。
国によっては入国も拒否されるらしい。ミドレシアは周りの国の中では中立的な立場なので、そこまで拒むことはせず条件付きで滞在してもいいよと許しているようです。
つまり、いくら偉い人でも、あくまでも旅行者として扱いますよ、という話だった。
「……本当のところ、国としてはそういった扱いをよしとしていなかったようなんだ」
「どういうことだ?歓迎したかったってこと?」
「その通りだよ、ノーヴェ。『西の果て』の女帝の来訪など、またとない機会だからね、諸国の目がなければきちんと歓待し、何らかの条約を取り付けたり国交の契機ともなっただろう」
ミドレシアとしては、歴史はともかく仲良くしたかったってことか。でも時期的にもまわりの国の目があるし、下手な動きができない、と。
「ところが、そんな折にアキが衆目のある中、彼らと衝突した。しかも剣を交えた決闘ではなく、なぜか料理で対決するという流れになった。……つまり、アキのおかげで堂々と彼らを歓待できる機会が訪れたというわけだよ」
「なるほどな、だから公が喜んだわけか。話す場を設ける口実ができたから」
ご主人が納得したようにうんうんうなずいた。
よくわからないけど、歓迎して仲良くするきっかけが欲しかったのか。
これ、アキがすごすぎないか?
下手をすれば国交樹立の立役者じゃん。
ただのもてなし合戦のはずが、やべえことになってきたな。
「俺は歓待するつもりはないが」
アキはゴソゴソと荷物を整理しながら呟いた。うん、アキはそうだよな。したいことしかしてないもんな。それがアキだ。
「だがよォ、そんなもてなしの場を国の奴らが借りよォってわけだ。場所はどォすんだァ?」
ダインが、きわめてだらしのない格好で寝そべりながら酒壺を掲げ、きわめて真っ当な問いをリーダーに投げかけた。
そうだよ、部屋だ。
もてなし合戦というからには、料理だけじゃだめだ。お互いにもてなし合うんだから、それなりに広めの部屋が必要になる。しかも歓待の場にしようというんだ。
よくよく考えたら、相手は一国の王がいるんだよな……。アキのインパクトが強すぎて忘れていました。
今日明日でちゃんとした会場を準備できるものなのかな?
リーダーはダインにうなずき返した。
「そうだね、開催場所は重要な点だ。国として動けないからタリクファール公の逗留する館を使用することはできない。この街はそう広くない。ほとんどの施設の宴の間はすでに数ヶ月先まで催し物の予定が詰め込まれている。広さや品格が相応しい会場を今すぐに用意するのは困難だろうね」
やっぱりか。
最大にして最後の難問が待ち受けていたってわけですね。場所が用意できないんじゃ、意味がない。
だけど。
リーダーは優雅に微笑んだまま言葉を続けた。
「──そこで、この宿の広間を『決闘場』とすることにしたよ」
えっ!
この宿が宴会場になるの!?
俺はびっくりしてクッションから転がり落ち、やわらかい絨毯に受け止められた。
リーダーの言葉にみんなは、「おおー!」と声を上げた。その手があったとは。灯台下暗しだ。
たしかに、ここの食堂らしき場所は無駄に広くていいかんじだった。ちょっと整えるだけで立派な宴会場になりそう。
「それはいいな!」
「うん、ちょっと格が高すぎる気もするけど、目的を考えたら最適だよ」
「俺は料理さえ作れるならどこでも構わん」
「よく宿の主人が了承したもんだなァ……」
みんなうなずきつつ、思い思いの感想を語った。
俺もうなずきながらクッションに座り直す。
うん、すごくいい案だ。いい、良すぎる。良すぎて心配だ。
かなり麻痺してきたけど、この宿は超高級宿なんすよ……。むしろ立派になりすぎちゃう気がする。
それにダインがボヤいていたように、急な話なのによく宿の主人がそれを受け入れたよな。
「実は、宿を使うことを提案したのは、この宿の支配人だよ」
「えっ、そうなの?」
そうだったの?
俺はノーヴェと同時にリーダーをまじまじと見つめてしまった。
見つめられたリーダーは苦笑した。
「うん、彼は僕が報告へ向かう段階ですでにこうなることを予想していたようでね。彼らは街の事情にもよく通じているから、今回の件において『決闘』に相応しいのはこの宿だ、と考えていたそうだよ」
「そいつは慧眼だな」
「おかげで、場所を探して街を走り回らずに済んだよ。彼らは急な催し物にも慣れているから、すぐに宴の間を整えることができると胸を張っていた」
「まァ、いつでも楽隊を呼びつけられるくれェだからなァ。宴を開くなんざお手のものだろォよ」
うんうん、この宿のサービス内容は多岐にわたりすぎる過剰なかんじだったからな。なんなら牛も呼べるし。
今回は、宿が料理を用意する必要もないし、宴会場の設営など一瞬で済ませてしまうだろう。
すごいな。
ヤベェ宿は、やはりヤベェんだなとわかった。
これにて場所問題は華麗に解決できてしまった。
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