458話 スパイシーな対話



 粘土に型をおす、焼く、それが割れるとダメ。


 うーん、わからんな。


 下り坂の斜面はややなだらかになってきた。

 それでも急ぐことなく下りていく。



「よくわからないんだけど、それは警告のようなものか?」

「そうだな……。まあ、かなり昔の、とても特殊なものだからそう気にしなくていいと思うぜ。粘土だって特別なのが必要だしな」

「ふーん、そんなものが山の家に残してあったなんて。どんな人が住んでたんだろう」


 それはもう、あの男性と似たタイプの人ですよ、ぜったい。

 俺は心の中でノーヴェに返事した。


 それきり、この話題はおしまいになった。

 これ以上尋ねても、きっとご主人からは要領を得ない答えしか返ってこない気がした。


 ご主人が「かなり昔」って言うんだから、超古代文明とかの遺物かもしれない。俺たちが考えても仕方ないことなんだろうな。ご主人の顔色が悪かったのだけは気になる。


 なんとなくだけど、それは知ってはいけないことのような気がする。開けてはいけない箱の中身を知るような、言ってはいけない名前のような。


 本当に根拠はないけど。

 おそらくその先には良くないものがあるという、ぼんやりした予感があった。


 そして、そういう予感は重要だ。


 みんなもそう感じたのか、そのあとこの件が話題に上ることはもうなかった。


 帰り道、ちょくちょくノーヴェが脇道へ入って薬草を採集していたので、俺も便乗して採集した。


 森ほどじゃないけど、山の中には平野では見られない植物がいろいろあった。少し雪が残ってるところには、冬しか咲かないという可憐な花もあった。


 荷運びだけじゃ割に合わないから小銭を稼がせていただこうと思ったが、普段と違う景色は散策してるだけでもけっこう楽しい。


 寄り道したせいか、街へ着く頃には、すっかり夕暮れになっていた。


 雑踏が目に入ったとき、とてつもなくホッとした。

 俺、山の中でけっこう気を張ってみたいだ。


 山暮らしは羨ましいけど、やっぱり寂しすぎる。

 俺にはまだまだ早いです。


 ずっと坂道を歩いてたから、街の中の平坦な道を歩くと、なんか変だ。重力に捕まったみたいなかんじ。


 明日は筋肉痛だな……。


 組合支部に立ち寄って、依頼の達成を報告し、薬草の買取をしてもらった。


 ここでうれしいことがありました。


 荷運びの場合、俺にも報酬が分配されます!

 狩猟依頼の場合は、さまざまな事情から俺は報酬がもらえないのだが、荷運びはもらえます!


 便宜上、ご主人経由という形にはなるが正当に分配されるそうです。これはうれしいぞ。疲れがふっとんだ。


 まあ、簡単な仕事だし、普段は2人組で受けてる依頼で金額が固定されてるから多人数で受けるとその分取り分が減って、ポメの涙くらいの額にしかならないが。


 それでも報酬は報酬。

 薬草の買取もあり、お小遣いが増えてよかった。


 ニコニコをやめられない俺を見て、ノーヴェが満足そうにうなずいていた。ノーヴェはいつも若い人たちのことを考えててすごい。ありがとうノーヴェ。


 受付の人からもかなり感謝された。あの男性はやはり冒険者にかなり好意的で、よく山の中で困っていた冒険者を助けてくれていたらしい。


 これからも元気でいてくれるといいな。

 俺もいつかあの境地へ到達したいものだ。


 支部は夕方になって戻ってきた冒険者たちが増えていた。調査から帰ってきた人たちかな。


 人によっては山の中で何泊かしながら調査することもあるようだ。調査範囲が広いんだって。


 すいませんね、誰かのせいで……。


 ちょっと居心地がアレになり、俺たちはそそくさと支部をあとにした。



「晶石の洞窟も行きたかったけど、また明日かな」


 歩きながらノーヴェが名残惜しそうな声を出す。


 マジですか。

 この上洞窟にも行くつもりだったの?さてはノーヴェ、旅行プランで予定を詰め込むタイプだな?


 洞窟はかなり稼ぎやすい場所らしい。安定して稼げるから、晶石の洞窟目当てでここに来る人も多いんだって。


 時間があるなら行ってみたいですね。


 でもまずは……。


 グギュルルルルルル……。


 俺のお腹がとても切ない音でしゃべり始めた。

 みんなちょっとだけ笑った。



「帰ろっか。ご飯食べて、温泉に入りたいよ」

「おォよ、こりゃァ今日の酒が美味いだろうぜェ」


 ダインは珍しくちゃんと労働したもんな。

 こんな日に酒が飲めるの、うらやましいぜ。


 今日の宿のご飯は何かな。

 想像したらまた切ない音がした。よしよし俺の腹よ、ちょっと待ってくれよな。きっとすぐに満腹になるからな。



 宿に戻って、すぐ身なりを軽く整えて席についた。

 すでに晩餐の準備は整っていたので急ぎました。


 いい匂いがずっとしててやばい。


 今日はスパイシーな香りのスープだ。

 カレーに近いようなやつ。匂いだけで口の中がじゅわじゅわする。


 すでに席についていたリーダーが「明日の健闘を願って」とか何とか言うのを聞いて、みんなすぐに食事を始めた。


 カレーのようなスープは、この国においてはわりとメジャーだ。


 しかし、やっぱり香辛料は貴重なものも多いからカレーくらい大量に使うものは少ない。


 いま目の前にあるスープは、その少ないもののうちのひとつで……ええい、細かいことはもういいや食べるぞ!


 はやる気持ちを抑えながら、スープを口に流し込んだ。



「!」


 やっば。


 俺はびっくりして数秒固まった。


 まず、辛味がガツンときた。

 そのあとにじわじわと甘味やら酸味やら別の辛味やら未知の味やらがやってきて、とんでもないハーモニーを生み出したのち、去っていった。


 嵐のような味だ、なんだこれは。


 たしかめるため、もうひと口食べてみる。

 また嵐が過ぎ去っていく。


 何回確かめても、その度に新鮮な感動がやってきては去っていった。


 気がつけば、スープ皿は空になっていた。

 記憶が飛んでたわ。


 他にも料理があるのに、スープに夢中になってしまった。


 たぶん、俺の記憶にあるカレーとはぜんぜん違うんだけど同質の何かだ、これは。わけがわからないまま皿が空になる。俺は一体何に遭遇したんだ?


 舌にはいつまでも幸せの余韻が残ってる。

 刺激的なのに疲れた体に染み渡るような、そんなスープだった。


 やばいな、宿の料理人が本気出してきたぞ。

 今までの料理より気合い入ってる。気を抜くとこちらが呑まれてしまいそうだ。


 アキを見ると、神妙な顔でスープ皿を見つめていた。当然、空になってます。アキだけじゃなくみんなそうだった。ダインなんか酒飲むの忘れてたし。



「こいつァ……」

「ふむ、香辛料の加減でここまで違った味になるのだね。素晴らしいよ。どうだい、アキ」

「……筆舌に尽くしがたいな」

「うまいな、これ」

「うん、おいしいね。異国の香辛料を使っているように見えるよ」


 みんなの反応はそれぞれだった。


 ノーヴェはさすが舌が肥えているというか、そこまで驚いてはいなかった。


 一番ショックを受けてるのはアキかもしれない。

 俺もだけど。


 前にワヌくんがくれたヤベェ香辛料は、それ単体でヤベェやつだったけど、多数の香辛料を組み合わせることでもヤベェものを作り出せちゃうんだな。


 伝説のピアニストのソロと、オーケストラの違いみたいなかんじだろうか。


 なんにせよ、ヤベェ。


 まだ世界には未知の味があるんだ。

 それを思い知らされる料理だった。そのあとに食べた料理までもが、違う味に感じた。前に提供されたものと同じメニューもあったが、まるで新しい料理みたいだ。


 もしかしたら、向こうの世界で初めてカレーライスを食べた人もこんな気持ちだったのかも。わけがわからないまま夢中になってしまう。


 今のアキには刺激が強すぎただろうか。明日、戦い……じゃなくて、もてなし合戦が開催されるわけで、こんなの知っちゃったらプランがめちゃくちゃにならないだろうか。



「こちらはお口に合いましたか?」


 珍しく、給仕の人がアキに話しかけた。


 今まで、食事中に給仕の人が俺たちと必要以上に話すことはなかったのに。



「ああ。言いたいことはわかった」


 アキは短く答えて食事に戻った。


 どうやら、宿の料理人とアキの間で何らかの、言葉じゃないコミュニケーションが交わされたようだ。さすが、宿の料理人はアキと同種の人間なのか、言葉じゃなくて料理で会話するようです。


 この料理から、どんなメッセージを受け取ったんだろうか。


 それはアキにしかわからないことだった。



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