457話 増改築
「しかし、変わった造りの家だな。あんたが建てたのか?」
ご主人は家の中を見回しながら、丁寧さ皆無のいつもの調子で男性に話しかけた。
ノーヴェの動きが固まる。せっかくオレが代表して丁寧に話してたのに!って顔してるな。ご主人にしゃべらせないためにがんばってたのか……。今その努力は水の泡となりました。
でも、男性のほうはご主人の態度をまったく気にしていなかった。
「ここには、昔っから石の家が建っていた。いつからあったのか知らんが、立地が良かったからそこに俺が木で増築したもんで、こんな造りになったんだ。ちと湿気が気になるが、扉を開けておけば悪くない」
なんか饒舌になった。
フランクなほうがちょっと話しやすそうだ。
敬われるのがさほど好きじゃないタイプだったか。そもそも人付き合い自体が得意じゃなさそうではあります。
「へぇ、元々誰かが住んでたのか。こんな山の中に石造りとは、酔狂だな」
「そうでもないぞ。渓谷には手頃な石がゴロゴロしてるし、繋ぎの粘土も作りやすい。言ったろう、山では何でも手に入る」
「そういうもんか」
「昔から、俺みたいな人間がいたってことだ」
やや自嘲気味に男性は締めくくる。
先住の誰かがすでにこのあたりを開発していたから、この人もここに住むことにしたのかもな。山の中には、そういう建物がポツポツあるそうだ。
人里で暮らすのが肌に合わない人にとっては、ここは夢ような場所だ。いや、肌に合っていたとして、誰にだってこういう暮らしへの憧れがあるんじゃなかろうか。俺だけか?
しかし、昔から建ってたって……それは遺跡なのでは。この国の人は長寿だから遺跡ってかんじじゃないのかもしれないが。
遺跡に平気で増築するその感覚、俺は好きです。
気を取り直したノーヴェが石壁のタイルを指差した。街でもよく見かけるようなやつだ。
「あの装飾も、元から?」
「そうだ。なかなかいい模様だから残してある」
「そうですね、なんだか落ち着きます」
「残してあるといえば……」
男性はゆっくりと椅子から立ち上がり、石造りの部屋へ入っていき、なにかゴソゴソしていた。
戻ってきたときには、手に古びた石板のようなものを抱えていた。
「お前さんらは、これが何かわかるか。この石の建物に残されていたんだが。この街の奴らに聞いても誰もわからなかったが、外から来たお前さんらだったら何かわかるかもしれんと思ってな」
「これは……?」
石板を受け取ったノーヴェは、首を傾げた。
俺ものぞき込む。
けっこう大きい。けれど薄い。かなり硬そうな石だ。
そこには何かが刻まれていたが、それが文字なのか模様なのかすら俺にはわからなかった。古語にも見えないし、前に遺跡で見た真世語?とかいう菱形の文字でもない。
これはなんだろう。
本来は博物館で保管されているような類のものじゃないだろうか。寄贈しなかったのか。
ノーヴェもダインも、それが何かわからないようだった。
しかし、やはりというか、さすがというか、ご主人にはそれが何かわかったみたいだった。手渡されたそれを食い入るように見ている。
そして、ご主人の顔は青ざめているように見えた。
気のせいかもしれないけど。
なんかやばそう。
今回も俺たちは『当たり』を引いたのか?
ご主人は平静を装いながら石板を男性に返す。
「珍しいもんだな」
「博物館へ行けば何かわかるかもしれませんね」
「フン。わざわざあんな場所へ行くほどのことでもなかろう。わからないならいいんだ。手間を取らせた」
「いや……」
ご主人は何か言い淀んで、首を横に振った。それから「長居しちまったな」と言って立ち上がる。
うーん、やっぱりちょっと変かも。
ダインを見ると目が合った。ダインもご主人が何か変って思ったっぽい。ご主人は隠したい時はいつも完璧に気持ちを隠すのにな。
みんな帰り支度を始める中、ダインは男性に近づいていた。
「俺ァ治癒師だ。望むなら膝を診てもいいが?」
そうだった!
こいつ治癒師だったわ、忘れてた。
ダインは実はすごい治癒師だから、この人の足を治せるんじゃないすか?山を登った甲斐があったな。
ちょっとわくわくしながらやりとりを見ていたが、予想に反して男性は首を横に振った。
「ありがたい申し出だが、結構だ」
「この男は、こう見えて一級治癒師なのですよ」
「疑ってるんじゃない。金もある。……だが、どんな凄腕の治癒師でも治せないものが、ひとつあるだろう?」
「…………」
みんな、黙っちゃった。
ダインが治せないほどのものって、一体なんだろう。誰もその答えを口にしなかった。
男性はその場の雰囲気を打ち消すように、少しだけ明るい声を出した。
「それに、こいつを治してしまえば、若いのが依頼でここへ来る口実を失う」
「確かになあ。階位の低い冒険者にはありがたい仕事のひとつだろうぜ」
ご主人が乗っかるようにしてさらに雰囲気を和らげた。
そっか、若者の仕事を増やすって考え方もありか。
やっぱりこの人いい人だな、冒険者じゃないのに街の冒険者のことを考えてくれてる。世話されるのが好きじゃないように見えてたけど、案外そうでもないのかも。
ダインは納得して引き下がった。
本当は治してあげたいだろうけど、治療を受けるかどうかの選択は本人の権利だもんな。それに上手く回っている循環を壊すことにもなりかねない。難しい。
でも、ノーヴェは諦めきれないようで、冷えて足が痛むときに飲むといい薬草茶や、手に入れやすい痛みを和らげる薬草について教えてあげていた。
男性は興味深そうにノーヴェの話を聞いていたから、きっとこれでよかったんだ。
なんか、寡黙な大先輩ってかんじだな。
山暮らしの先輩だ。人としてかっこいい。憧れる。いつか、俺もこんな暮らしをしてみたいぜ。
最後に男性は俺に目を向けた。
「……山は下るほうが厳しい。体を痛めないようきちんと身体強化をしろ」
何を言われるかと思ったら、気遣いの言葉だった。俺はうなずいた。大先輩の言葉を心に刻みます。勝手に大先輩って呼んですみません。
俺はこの異様に居心地のいい山小屋から出るのが名残惜しくて、見送ってくれる男性を何度も振り返りながら、山を下りていった。
帰り道。
男性の忠告通り、本当に厳しかった。
身体強化を使っていても膝がガクガクするぞ。気を抜いたら山道をころがり落ちていきそうだ。
楽といえば楽なんだけど、重心が取りづらくてなんか足がもつれそうで怖い。だから変に体に力が入ってしまう。これ、体幹が弱いと危ないな。
みんな平気そうで羨ましい。
俺も体幹を意識した筋トレをするべきかもしれん。
帰り道のご主人は、やはり口数が少なかった。
あの石板に書かれていたことが何なのか、俺にはさっぱり見当がつかない。でも、ご主人が他人の前で表情を隠せないくらいに重大な何かなのは間違いない。
何か新しい情報だろうか。それとも、この街に来る前からずっと探していたことの答えだろうか。
「なあ、ハルク。あの石板は何だったんだ?」
悩んでたらノーヴェが何のひねりもなく尋ねた。
すげえ。やっぱりノーヴェも、ご主人の微妙な態度の変化に気づいてたんだな。
ご主人は、うーん……と煮え切らない返事をしている。しゃべれない類なのか本当にわかってないのか。
その答えはすぐに出た。
「……あれを現代語でどう呼んだらいいのか、なんというか、原型みたいなやつだと思う」
「原型?何の原型だ?」
「えっと、あの石板を粘土に押し付けると凸の模様がつくだろ。それを乾かして焼くと模様のついた陶器の板になる」
陶器とかに模様をつける判子みたいなやつかな?
装飾用の道具だったのか。文字じゃなかったわけですね。
「その陶器は何に使うんだ?」
「割るんだ」
ご主人の声が、なぜかひどく平坦に聞こえて俺はビクッとする。
何か儀式に使うものだろうか、なんとなくあまりいいものじゃなさそうだと思った。
質問を続けるノーヴェも、雲行きのあやしさにどこか怯えているように見える。
「……何のためにそれを割るんだ?」
「正確には、割れないように見ているんだ。それが割れたら、おしまいだから」
どういうことだろう。
ご主人の答えはわかるようでわからなかった。
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