455話 保養地の支部




 しばらく粘っていたが、ノーヴェの釣果はさっぱりだった。


 ダインも目立った成果があるようには見えないが、そこそこ釣れてるっぽい。ゆったりした釣りとダインの人生のペースが合ってるな。酒はないけど楽しそうだ。


 と思っていたら、ノーヴェの釣竿の浮きが揺れた。


 おっ、これは魚がつついてるっぽい反応だ。



「来た……!」


 期待を込めて、慎重に糸を引き上げるノーヴェ。


 みんな、こっそりと、しかし固唾を呑んで見守る。


 ザパッ。

 小さな飛沫を上げて、釣れたものが正体をあらわした。


 それは、虹色に光る……魚!

 ちゃんと魚が釣れた!


 みんなは、おお!と安心したような感心したような声を上げた。


 よかった。本当によかった。

 ノーヴェは満面の笑みになった。



「釣れたよ!」

「おォ、そいつァ上々だなァ」

「うん、もうダメかと思った」


 ノーヴェは針から外したその魚を、手のひらに乗せてみんなに見せた。


 菱形をしたその魚は小さいけど、綺麗だ。

 レアなやつじゃないか?


 食べられるのかな。

 テンション上がるなあ。



「でもこいつは食えない」

「そうなんだよ……」


 アキの指摘にため息混じりにうなずいてる。


 そうか、食べられないのか。

 ス……とテンションの波が引いていく。


 さすがにかわいそうに思ったのか、みんなノーヴェにいろいろ言葉をかけている。



「薬の材料にはならないのか」

「ならないよ」

「見た目はかっこいいのにな」

「だよなぁ」

「まァ釣れただけ良かったろ」

「うん」


 みんなにひと通り慰められたノーヴェは、その魚をちょっと眺めてからそっと水の中に放した。


 虹色の光が水の中で揺れて、消えた。

 行っちゃった。


 こちらの世界には、魚を鑑賞する習慣はないのかな。水槽とかあんまりない気がする。いろいろ装置とか大変だからかも。


 少し残念だけど、ノーヴェは満足そうだった。

 ノーヴェがいいなら、それでいいか。



「よし、じゃあ釣れたことだし、オレはしばらくここらへんの水生植物なんかを探してくるよ」


 釣り道具を片付けて、ノーヴェはみんなに声をかけてからさっさと植物採集へ出かけていった。


 残った俺たちは、釣りを続けた。



 みんなそれなりの釣果を得たところで切り上げ、釣り道具を返しに漁師小屋へ戻った。


 中に入ると、暖炉に火がついていて、室内がすごく暖かかくなっていた。


 やる気ゼロお兄さんがやる気を出して、俺たちのために火を入れてくれたらしい。


 みんな、わっと暖炉に寄って体を温めた。

 後からやってきたノーヴェも暖炉に張り付いてる。


 めっちゃありがたい。

 外は晴れてたけど、知らないうちに体がかなり冷えていたみたいだ。釣りってあんまり動かないからな。


 さすがに大鍋は空のままだったけど、ダインがさっそくお茶を淹れてつくろぎモードに入った。あったかいお茶、めっちゃ沁みるぜ。


 お兄さんと釣果について話したり、湖の反対側には魚の養殖をやってる小さな村みたいなのがあるって話を聞いたりして、しばらく漁師小屋で過ごした。


 お兄さんはアキが釣ったものを見て褒め、ご主人の釣果の量に驚きまくっていた。今日は釣れない日って話だったもんな。


 釣り、楽しかったな。

 またやりたい。


 去り際にやる気ゼロだったお兄さんは「またいつでも来いよ」と機嫌良く声をかけてくれた。営業モードになるとやる気100くらいになる人だった。今度来たときは、やる気満々お兄さんになってるかもしれない。



 夕食まで時間がまだまだあったので、俺たちは冒険者組合の支部へ向かうことにした。


 アキはやる事が多いので釣れた魚を任せてここで別れて、ノーヴェとダインとご主人と、それから俺の4人で支部の建物へ入る。


 サンサの支部も立派なものだったけど、この北の保養地支部もかなり立派だ。


 内装は木材がふんだんに使われていて、なんか暖かいかんじ。


 しかし、ガランとしている。

 冒険者いなくね?


 ノーヴェが受付の女性に近づいて組合証を見せた。



「オレたち、旅行でこの街に立ち寄ったんですけど、短時間で終わる簡単な依頼があったりしますか?」

「緑の方々ですか。……実は、ひとつございまして。その、緑色パーティーの方々にお願いするには少々心苦しく」


 受付の人は言いにくそうにしている。


 こんな飛び込みで入っても依頼あるんだな。

 一体どんな依頼なんだ。



「じゃあ話だけでも聞かせてくれませんか」

「この山の上に、山小屋があってそこに木こりをしている管理人が住んでいます。その人のもとへ数日に一回物資を届ける依頼があるのですが、ご覧の通り現在この支部の冒険者は出払っておりまして、この依頼を遂行できる人材がおりません」

「なるほど、山を登る荷運びの依頼ですか」


 なるほど。

 林を通り抜けつつ山登りしなきゃいけないのか。それは普通の人だと危ないかもしれないな。


 聞けば、その管理人は足が悪く、山を下りるのが大変らしい。それで冒険者組合で依頼を出して週に一回は、その人のところに物資を届けたりしているという。


 荷物は収納鞄を使うから重くないし、道もそんなに険しくなくて1時間も歩けば辿り着くらしい。子供でもいけるっぽい。でも、一応安全のために冒険者がその仕事を引き受けているという。


 それにしても、北の保養地で活動する冒険者ってそんなに少ないのかな。山の中だし冒険者が活躍できる依頼もたくさんありそうなのに。


 ノーヴェは、この依頼を受けるかどうかちょっと迷っている様子だった。釣りの心構えはあっても、山登りする心構えはなかったようだ。俺もないです。


 受付の女性はため息をついた。



「先日の大規模な落雷で、近辺の生態が大きく変動したようでして、そのために支部総出で調査に当たっており、そういった依頼を受ける人員がおりません」

「……そうですか」


 ノーヴェはちらっとご主人に視線をよこした。

 ご主人はそっと目を逸らした。


 おっと。


 まさかの、ご主人のせいでしたね。

 ご主人だけのせいじゃないけど。


 雷で街に被害はなかったとはいえ、まわりの動物たちは音でビビりまくっただろうな……。中にはロヴィくんみたいによろこんでる動物もいたかもしれないが。


 ともかく、そのせいで管理人に荷物を届けられなくなっちゃったわけです。ひどいバタフライエフェクトもあったものだ。


 これは心情的にかなり断りづらいぞ。

 無関係じゃないからな。


 しばらくノーヴェとご主人は目で会話をしていた。何も言わなくても、みんなにも罪悪感があるのがわかるぜ。ダインは面白そうに2人を眺めている。どんな脳内会話してるんだろう、ノーヴェとご主人。


 結論が出たらしく、ノーヴェはため息をついて受付の人に向き直った。結果は明らかです。



「……時間もあるので、オレたちでその依頼を受けます」

「よろしいんですか!ありがとうございます」


 受付の人は大変よろこんだ。

 本当に困っていたらしい。


 そんなに感謝されたら、立つ瀬がない。せめて自分たちの手で尻拭いができてよかったというべきか。


 ノーヴェが代表して手続きし、俺たちは支部の建物の裏手で荷物を受け取った。


 そうして、もぞもぞした気持ちで山登りに出発したのだった。ご主人は俺以上に居心地が悪そうだった。



 巡りとは複雑なものだな。

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る