454話 釣りの時間
やっと落ち着いて水面を眺める余裕ができた。
この場所は崖から大きな木の枝がせり出していて、影を作っている。水深も深そう。魚の溜まり場になってるのかな。ここからは、あまり底の方は見えない。
みんなの様子を見ると、桟橋に等間隔に並んでそれぞれ釣り糸を垂らしていた。会話はできる距離だけど、ちょっと声を大きくしないといけないかも。
あたりは静かで、ときおり鳥の囀りが聞こえてくる。水面は動いてないけど、桟橋にちゃぷちゃぷと水が当たる音がした。
釣りだ!と騒いでいたわりに、落ち着いたものだ。
釣りとは、のんびりやるものだしな。
……そう思っていた、今までは。
俺は手網でご主人が釣り上げた魚をすくう係を任されたのだが、なんというか、あれだ。
5秒に1回くらい釣れます。
ちゃぽん、くいっ、ザバッ、というかんじです。釣り糸には針を水に沈めるための小さな錘と、水深を決めるための水に浮く丸いやつをつけてるんだけど、その浮きがしょっちゅう揺れる。
ぜんぜんのんびりしてない。
入れ食いだ。
網ですくった魚から針を外してまた餌をつける時間のほうが長い。それもご主人が一瞬でやっちゃうけど。
こっちの釣りはそういうものなのか?
「あっ、藻にひっかかった!くそ、針が……!」
「……この魚じゃないな、深さが違うのか?」
「桟橋って酒飲めねェんだよなァ」
みんなの様子を見たが、釣果はいまいちだ。うん、普通はこうだよな。ダインなんか釣りする気すらないぞ。水のそばで酔っ払うは普通に危ないのでダメだと思います。
ノーヴェは今回の釣りの発案者だが、しょっちゅう藻を釣ってる。釣竿の扱いがあまり上手じゃない。
アキはそこそこ釣れているように見える。でも狙った魚じゃないみたいだ。
やっぱりご主人がちょっとおかしい。
視線を戻すと、また浮きがくいくい揺れた。
水から上がった銀色の魚がぴちぴちする。
俺は慌てて網を構えてすくった。忙しいな。
今のところ、釣れるのは1種類だけだ。ご主人はいい感じに群れてるところにあたったのかも。
魚の名前はわからない。銀色で少し細長い。向こうの世界のワカサギとかが近いかな。俺は向こうの世界の他の淡水魚もあまり知らない。
リリースせずに水を張った桶に放してるところをみると食べられる種類なんだろう。どんな味かな。
「よしよし、すくうのが上手いぞアウル。次は釣ってみるか?」
ご主人に釣竿を渡された。
やった!ちょっとやりたかったんだ。
ご主人の真似をして、こわごわと水面に針を落とす。が、桟橋に近すぎたのでまた上げて、離れた場所に針を落とした。
よし、うまくいった。
釣竿って長いからちょっと扱いが難しい。この釣竿の素材はわからないけど、よくしなる強い葦みたいなやつでできてる。
待つこと数分。
ご主人の時は入れ食いだったのに俺の番になった途端、静かなものだ。やはり、釣りはこうじゃないとな。
ぼんやりしてたら、浮きが揺れた。
ついにかかったか?
ちょっとそわそわしながら様子を見守る。
くいっ、くいっ……。
くいくい。強めだ。
よし、ここだ!
俺はタイミングを見計らって針を引き上げた。
ザバッ!
「おっ、ちょっとデカいやつが釣れたな」
釣れた!
思ったより重くて、魚が糸の先で振り子みたいにフラフラした。
よろこぶ間もなくご主人が素早く素手で魚をキャッチし、針を外して桶に放した。
俺でも釣れた!
藻しか釣れないと思ってたのに。
しかも、ご主人が入れ食いで釣ってたやつと違う種類だ。同じような銀色だが、すこしでっぷりとしてる。
俺は桶の上から、スイスイ泳いでる釣ったやつを眺めた。デカいからわかりやすい。
ちょっと、かなりうれしいな、これ。
ニヤけちゃう。
ご主人もうれしそうに俺の頭を撫でようとして、直前で手を止めた。魚を掴んだ手なので生臭いっすね。思いとどまってくれてありがとうございます。
というか、ご主人は手網とか使ってなかったな。
俺の仕事、いらなくない……?
そのあとも、俺は何匹か小さな魚を釣った。
それからまたご主人に交代する。
入れ食いタイムが始まる。ちぎっては投げちぎっては投げ……ではなく投げては釣り投げては釣り、だ。
この差は何なんだ。
魚をおびき寄せる何かを放ってる?それとも、糸を垂らす場所がうまい?
わからん。
ご主人なので、としか言いようがない。桶が魚でいっぱいだ。金魚すくいみたい。
「魚は、魔力に敏感だっていわれてる。だから、魔法を使うと寄ってこなくなるんだぜ?」
ご主人がこっそり俺に教えてくれた。
つまり、ノーヴェの釣果が芳しくないのは魔法師だからってこと?無意識に身体強化を使ってるからかもしれないな。
うーん、なんか納得した。
魔法でパッと捕まえられそうなのに、わざわざこういうのんびりした方法を取るのは、そういう理由があるからなのか。
ミドレシアの人たちはのんびりしてるから、こういう釣りのほうが向いてそう。
とか思ってたら、デカい声がした。
「あー!糸が木の枝に引っかかった!」
「来た!」
ノーヴェとアキが同時に声を上げる。
ノーヴェは頭上の木の枝に糸が絡まってしまっていた。かわいそう。ここ、上級者向けの釣り場って言われてたのはそういう釣りにくさのせいかな。
そしてアキは……戦っていた。
かなり強い引きで、釣竿が持っていかれそうなのを踏ん張っている。おお、すごいぞ、負けるなアキ!
竿が折れそうなくらい泳ぎ回る魚としばらく格闘したのち、アキはついに大きな水飛沫を上げて魚を釣り上げた。
デカい。
30センチメートルくらいありそう。
素早く手網でそれを回収する。
みんなもアキのところに集まった。
網の中でビチビチしてる魚は、縞模様みたいなのがあって、ちょっといかつい。すごいなあ。
ご主人が、ほう、と感心した声を上げた。
「これがアキの狙ってたやつか?」
「そうだ。もう少し小さいものを期待していたが、この大きさでも問題はない」
「あっ、これ美味い魚だよ。実家で出されたことある。香りがいいんだよ」
「保養地の名物だなァ」
へえ、すごい魚を釣ったんだな。
アキは魚を大きめの桶に放した。
がぜんやる気が出たらしく、また釣竿の準備をしてから釣りに挑んでいた。さっきとは目つきが違う。
よかった、来たかいがあった。
これで勝負は勝ったも同然だな。
他の人の釣果もうれしいものなんだな、と思った。
みんなで釣りっていいな。
ちなみに、糸が木の枝に引っかかったノーヴェは泣く泣く糸をほどく作業をしていた。ガチで半泣きだった。
ミドレシア人はのんびりと釣りをするのは好きだ。しかし、絡まった糸をほどくような地道でイライラする作業や、同じことを延々と繰り返すのがとても苦手な人たちでもある。
俺はそういう作業は嫌いじゃないので、ノーヴェを手伝った。枝を押さえておく係です。
「ここをこうして……よし、できたー!」
どうにか外れた糸は、なぜか変な場所で結び目ができていたけど、ノーヴェはうれしそうだった。達成感がありますよね。1匹も釣れていないが。
これもまた、釣りの醍醐味かもしれない。
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