453話 冒険者なので






「なんだ、暇してるのか?採集に行こう!」


 厨房にやってきたノーヴェが、お茶しながらまったりしていた俺たちに声をかけた。


 さ、採集っすか。

 いままさに厨房で戦いが始まろうとしているんですが。俺も覚悟を決めたところなんですが。



「対決とかいって、どうせ明日だろ。細かい調整はシュザが、料理はアキがやるんだから、アウルまで気を張る必要ないじゃん。太陽の民じゃないのに」

「……」


 うわ……。めっちゃ正論だ。

 アキが料理するんだから、俺が緊張する必要はどこにもないんだよなあ……。給仕が重要っていったって、言われた通りに料理を運ぶくらいだ。


 あくまでも、メインはアキ。


 街の観光もけっこう楽しんだし、このさい気分転換に採集に行くのもいいかも。軍資金も欲しい。


 覚悟を決めた俺だったが、わりと簡単にノーヴェの提案のほうにぐらぐらと傾きつつあった。


 どうするかなとアキの表情をうかがう。


 アキはちょっとムッとしていたけど、ノーヴェの続く言葉で少し表情を変えた。



「それに、料理に使える市場に無いような素材を探せるかもしれないぞ」

「新鮮な魚が欲しい」

「お、釣りすっかァ?」


 アキだけでなく、珍しくダインが乗り気になった。

 釣りか。俺もやってみたい。


 ノーヴェは楽しそうに計画を立て始めた。



「そうだな、まずは湖で釣りして、成果があったら周辺で薬草採集して、支部に顔を出して……」

「俺も行く」


 それを聞いてアキもうずうずしちゃったのか、立ち上がって準備を始めた。


 負けだ。完敗です。


 アキが料理の仕込みより優先するなんて。

 やっぱりアキも冒険者だったか。


 まあ、気合を入れるのも大事だけど、正直に言っていつものアキの料理で勝負には十分すぎるくらいだと思う。競うのは料理そのものの質じゃないんだから、豪華である必要はない。


 張り切りすぎるの、よくないよな。

 ノーヴェはいい提案をしてくれた。


 うなずいてたらご主人が厨房に飛び込んできた。



「俺も!俺も行く!釣りしたい!」

 

 会話が聞こえていたらしい。完全に散歩に行きたいワンちゃんだ。尻尾ブンブンしてるな。


 こうして、リーダー以外のみんなで冒険者をやることになった。


 まだ部屋に残っていたヴィルカンが、出かけることにした俺たちを羨ましそうな目で見ていた。


 今回は彼は付いてこないことにしたみたいだ。さっきやらかしたばかりなので、自主謹慎するみたいです。


 捨てられそうな仔犬のような仔猫のような顔をしていて、なんとなく胸が痛んだ。


 大丈夫だよ。

 アキはきっと、最終的になんかいいかんじにしてくれるよ。ぜったいに。


 ふと、アキがこんなにいろんな人から慕われているのは『女王』の証を持っているからなのかな、と思った。


 少なくともヴィルカンは影響を受けている。

 他の人もみんなアキが好きで、まわりに集まってくる。それは『女王』の証が、一族を率いるためのカリスマ性のような何かを与えているからなのかも。


 でも、たとえそうだとしても、そうじゃないとしても、俺はアキのことが好きだと思う。みんなも、きっとそう。


 だって、アキはいつでも対等でいてくれる。

 上じゃなくて、隣に立っていてくれる。そして、あの黄色の目でじっとのぞきこんでくる。


 すごいのは『女王』の証じゃなくてアキだな。

 うん、アキはアキだ。


 出かける支度を終えて、そわそわしているアキの背を追って俺たちは宿から出た。


 魚釣り、楽しみだ。



 外に出て、行ったことのない方向へしばらく歩くと街から外れて林のような場所へ辿り着いた。


 すぐにパッと視界が開けて、目の前に湖が現れる。


 すごい。

 今日は天気がいいから、巨大な鏡みたいに空を反射してる。きれいだ。


 湖は思ったより大きかった。

 湖畔や、湖を見下ろす斜面に何軒か家がある。邸宅みたいにでかいやつもあるから、偉い人はあそこから景色を楽しむんだろう。


 こんな山の中に、こんなに大きな湖があるとは。


 前に見たカントラ大河も雄大ですごかったけど、湖はまた違う雰囲気だ。静かで、安心感がある。


 俺たちの向かう先には大きな漁師小屋のようなものが立っていた。それから、湖の中にいくつかの桟橋が並んでいた。人はいない。


 いよいよ釣りか。

 ……釣りって何をするんだ?


 わくわくしながらついてきたけど、俺何も知らないし何の用意もないぞ。釣り道具とか。


 むしろ誰も釣り道具持ってきてないな?



「よし、じゃあ各自で釣り竿を借りるぞ」


 ノーヴェが率先して漁師小屋へ向かった。


 あ、借りられるんですね。よかった。


 みんなで挨拶しながら漁師小屋へ入ると、やる気のない顔のお兄さんがいた。俺たちに気づいてるダルそうに顔を上げる。



「……なんだお前ら。まさか釣りか?」


 釣りだが?

 やる気なさすぎだろ、この人。この漁師小屋は飾りなのか?


 見回すと、きっちりと釣り竿や針や桶なんかが並んでいる。やけに大きな暖炉があり、そのまわりにいくつかベンチが置いてあった。空の鍋もあるから、あったかいスープも提供してくれるのかな。


 うーん。小屋の中は、めっちゃやる気満々に見えるんだけど。


 このお兄さんは何なんだ。


 ノーヴェはお兄さんの態度を気にすることなく話しかけていた。



「そうだけど。今日はダメなのか?」

「ダメだダメだ、こんな日に釣れるかよ」

「やっぱり晴れすぎてたか……」


 ノーヴェは肩を落としている。


 晴れすぎてると釣れないの?

 知らなかった。てっきり釣り日和だと思ったのに。


 なるほど、だからお兄さんはやる気ゼロなんだな。今日は人も来ないし商売する気がないから。わかりやすいっちゃわかりやすい。


 ノーヴェは仕方ないなあとボヤいていたが、アキがめちゃくちゃガッカリしていた。


 張り切ってたからなあ。

 俺もちょっと残念だ。


 俺たちのしょんぼり具合を見て、さすがにかわいそうに思ったらしく、お兄さんはほんの少しやる気を出した。



「……条件次第じゃ、こんな日でも釣れる場所を教えてやってもいいぜ。まあ、ちょいと上級者向けじゃあるんだが」

「聞こう」


 アキがノーヴェを押しのけるようにして、ぐいっと前に出た。反応速っ。


 お兄さんの言う条件っていうのは、要はお金でした。それを遠回しにそれとなくボカして言葉を選びつつ要求してきた。


 そんな部分でやる気を出されてもな。その労力を真面目な接客に使えないものだろうか。


 アキが握るものを握らせてどうにか場所を聞き出し、それぞれ釣り竿や餌や桶、手網などを借りて釣りスポットへ向かった。


 こうして、俺たちはどうにか釣りを始めることができたのだった。


 始めるまでが大変だった。


 そして、始めてからも大変だった。


 お兄さんが教えてくれた場所は、目立たなくてさびしかんじだった。でも、湖面に大きな木がいくつもせり出してきていて、木陰になっている。


 晴れの日でも、ここならけっこういけるらしい。


 桟橋にそれぞれマイ木箱を取り出して座り、釣りの準備を始めた。みんな距離を取っている。


 俺はご主人と一緒にやることにした。

 何もわからんので。俺の木箱も役割を果たせてよかったな。こういう時にすごく役に立つ。


 ご主人が糸を結んだり何か色々取り付けてるのを眺める。こんな細い糸を結べるなんて、器用だな。それにこの糸、透明に近いけど何でできてるんだろう。


 眺めていたら、針先に餌をつける段階に差し掛かった。



「餌、つけてみるか?」


 俺の出番か。

 そうだな、針だけじゃ魚はかからないよな。


 ご主人が紙に包まれた餌を俺に差し出したので、開いてみる。餌って何を使うんだろう。


 中には、赤いうねうねしたやつがいた。


 うわああああ!


 そうだよ、ちっちゃいミミズ。

 釣りの餌として当然ではあるけど!


 びっくりした俺は声にならない叫びを上げて後退り、木箱ごとゴロンと転んでしまった。



「大丈夫か!?……ごめん、驚かせちゃったな」


 あわあわしたご主人にひっぱり起こされ、座り直す。


 大丈夫です。


 餌の紙を放り出さなかったことを褒めてほしい。

 あと、水に落ちなくてよかった。


 ミミズがダメってわけじゃないです。俺が苦手なのはもっと黒っぽいかんじの虫なので。予想してなかったから驚いちゃっただけなんだ……。


 餌を取り付けるのはご主人に任せた。俺だと指に針を刺しそう。


 一時騒然としたが、どうにか水面に糸を垂らすところまでたどり着き、ひと息ついた。


 ふう。

 釣り、マジで始めるまでが大変だったぜ。







***


おしらせ(おわび)


ここ数日は更新がままならず、楽しみにしていてくださった方には申し訳のないことでした。


しばらくは更新が不安定になってしまうかと思いますが、どうにか調整できればと考えております。(更新が止まるわけではありません)。


どうかご理解のほどよろしくお願いいたします。


そして♡や⭐︎、コメント等での応援をありがとうございます! 大変励みになっております。


今後もゆるりと見守っていただけましたらうれしく思います。



以上、おしらせ(おわび)でした。


引き続き本編をお楽しみください。



***

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る