452話 対決とは
慌ただしい午後が始まった。
リーダーはイドリ団長と一緒にタリクファール公の屋敷へ向かった。
宿の人が素早く手を回して、タリクファール公の執事との面談を取り付けてくれたらしい。そんなことまでやってくれるのか。すごいし、ありがたい。
リーダーは対決の内容や日取りや場所なんかも相談すると言っていたので、この面談で詳細を詰めるつもりみたいです。
大変なことになっちゃったなあ。
俺はアキに助手として駆り出されることになった。手伝いができるのはうれしい。雑用しかできないけど応援してるぞ。
しょんぼりしていたヴィルカンも手伝いを申し出たが、料理以外の部分でがんばってもらうことになった。彼は、いろいろ、その、力が強くて料理に不向きな人材なので……。
しかし、料理対決って具体的に何をするんだろう。
向こうの世界の基準で考えるなら、審査員にそれぞれが作った料理の味の点数をつけてもらうイメージだけど、こちらの世界でも同じやり方なのかな。
もしそうだとしたら、アキに有利すぎる。
だって、始祖御一行は旅行者だからこの国の食材に慣れてないはず。審査するにしても、審査員がこの国の人なら慣れた味のほうが有利だろう。
始祖御一行、完全にアウェーだなあ……。
でもなあ。
アキは料理のことしか考えてないけど、良くも悪くも公平だ。だから、自分が圧倒的に有利な状況で勝負して勝っても、よろこんだりしないと思うんだよな。特に今回は料理が絡んでるし。
何か、いいかんじのルールがあるのかも。
俺は備え付けの厨房でアキが選んだ食材を受け取る係をしながら、めっちゃ悩んだ。アキは楽しそうに食材を手に取ってはどんどん俺に渡していく。
何の料理作るのかな。
というか、何が起こるのかな。
難しい顔をしていたからか、アキが俺の顔をじっと見てきた。吟味されている食材の気分になる。
「何を心配している。俺が負けると思っているのか?」
俺は渡されたにんじんに似た野菜と細長いたまねぎを抱きしめながら、首を横に振った。
勝つとか負けるとか、そういう心配はしてない。
ちょっとわからないことがあっただけ。
伝わらないだろうけど。
しばらくじっと見つめられ、やがてアキは口を開いた。
「……今回は、お前の働きが重要になってくる」
なんですって。
なぜだ。主役はアキだろ。
思わず、黄色の目を見つめ返してしまった。
「食事とは、料理がすべてではない。どのような形式で食するか、どのように供されるかといった点も関係してくる」
アキはそう言ってから、空の木皿を手に取って床に座り説明を始めた。
皿は床に敷かれた絨毯の上に置かれる。
「例えばこんな風に、西の果ての彼らはおそらく卓を使わず絨毯に盆を置き、そこに食事を並べるだろう」
へえ、そうなのか。
それから、皿は今度は木箱の上に置かれた。
「そしてミドレシアでは、低い卓のそばで横になる形式が正式な晩餐の形だ。俺たちは普段、高い机と椅子を用いることが多いが、今回は低い卓を使うことになる。……こういった形式、そして給仕の方法も『食事』に含まれる」
つまり、どういうことだろうか。
俺は続く言葉を待った。
「今回の戦いは、それぞれの立場で『もてなし』を競うことになる。料理を運ぶこともその一部だ。だから、お前にも働いてもらうぞ」
なるほど、これは味の勝負じゃないってことかな。
その国のもてなし方を含めた、異文化の食体験全般が勝負の内容になるってことか。よくわからないが。
納得だ。
俺はうなずきかけて……思いとどまった。
いやいやいや。
待って待って。
なんでそこで俺が重責を担うかんじになってるんですか。俺が失敗したらミドレシアの恥ってことになっちゃうじゃん。給仕の訓練とか受けてないのに……。
俺はふるふると頭を横に振ったが、アキは不思議そうな顔をするだけだった。
なんでこういう時に限って伝わらないんだ。
「そォ圧をかけんなよォ、アキ」
いつのまにか、ダインが厨房に入ってきていた。
入ってくるなり、ドカッと椅子に座ってぶどうをむしゃむしゃ食べ始める。それ、食べていいやつなのか?
「坊主は、料理の質を競うもんだと勘違いしてやがったぜェ?競うって言ってもなァ、何かをはっきりさせるためのもんじゃねェんだから、そこらへんキッチリ説明してやれ」
「……そうなのか」
そうです。
何もわからん。
アキは俺がいろいろわかってなかったことに、やっと気づいてくれました。
とりあえず、厨房に備え付けてある椅子にそれぞれ腰掛けた。ダインがお茶を淹れてくれる。
「……まァつまり、なんだ。どっちが食事で相手をいい気分にさせられるかってのを競うわけだ。そういう形の交流ってやつだなァ」
「『太陽の民』、特に西の者たちは来訪者へのもてなしを欠かすことは恥だと考えている。今回はその誇りをかけた戦いだ」
「だから戦いじゃねェよ」
まだよくわからんが、少なくとも料理大会じゃないってことは理解した。いうなれば、もてなし合戦みたいなものか。そういう交流方法なんだな。
2人の見解が一致していない気もするが。
アキは戦う気満々だぞ。
ダインはため息をついた。
「アキ、オメェな……実は頭にきてんだろ」
「何の話だ」
「素直に決闘してやりゃ話は早かったのによォ……ヴィルカンも弱くはねェんだから」
む、アキも怒っていたのか。
ヴィルカンのことを馬鹿にされたみたいだしな。
『太陽の民』は戦闘民族だ。いちばん簡単に決着がつくのは決闘なんだろう。それでも、わざわざ騙すような形をとって、アキの得意分野へ持ち込んだわけだ。
それって、こてんぱんにしてやるぜ!ってことじゃん。交流の皮を被った私刑では。
アキ怖っ。
ぜんぜん世界平和じゃなかったな……。
ダインに見透かされても、アキは余裕を崩さずにお茶を飲んでる。
「わかっていないな、ダイン。始祖たる者たちの食を知る絶好の機会だぞ、俺が逃すとでも思っているのか」
「……オメェはそういうやつだなァ」
ダインは脱力して大きく息を吐いた。
まあ、アキはアキだよな。
あくまでも食が中心に回ってる世界だ。
納得しかけたところで、アキは付け足すように言葉を紡いだ。
「それに、他国での振る舞い方を知らない者と刃を交える価値などないだろう。元は同じ民族とはいえ、始祖と俺たちは別の巡りを辿っている。──それを教えてやらねばなるまい」
アキは静かにそう語った。
しかし、その目の奥には深い覚悟のようなものがジリジリとゆらめいていた。それは、料理人のアキではなく、『太陽の民』としてのアキの感情のように見える。
そっか。
やっぱりこれは戦いなんだ。
戦闘民族だから、形式はともかく『戦い』で白黒をつけなきゃいけない。そして、そういう形でなければ伝えられないことがある。アキは料理ともてなしという手段で始祖の一族に何かを言いたいんだ。
つまり、この『もてなし合戦』には、決闘やアキの好奇心を満たす以上の目的があるってことだ。
これは、料理以外には無関心を貫くアキにはとても珍しいことだ。
ダインはもう何も言わなかった。
きっとアキの真意を確かめたかっただけなんだろう。
こうなったら、俺もぐだぐだ言ってられない。
これはきっと大事なことだ。
アキがやりたいことを達成できるよう、全力で手伝おうと決め、お茶を飲み干した。
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