451話 街中の衝突と血族





 アキの腕に入ってる証、ただのタトゥーじゃなかったことが判明してしまった。


 アキ、すごい人だったのか……。


 しかし、まだ何が起こったのかよくわからないぞ。聞く限り、アキが始祖御一行と揉めたっぽいとしか。


 ヴィルカンはため息をついて、スープ皿を見つめていた。まだしっとりしてる。



「でも、悪いのは俺なんだ。俺が何も知らないせいで……」


 ヴィルカンの説明によると、こうだ。


 始祖御一行に気づかず、膝をつく習慣も知らなかったヴィルカンは、それを御一行のひとりに見咎められたらしい。


 ちょっと過激な感じの側近がいて、その人になぜ膝をつかないのか問われ、意味がわからなかったので、そのまま「意味がわからない」と返してしまった。


 それで、その側近が混血がどうとか言って怒り始め、騒ぎに気づいたアキが様子を見に来た。


 そして、混血じゃない見た目のアキも膝をつかないので、さらにその側近がヒートアップした。


 ここで妥協して、膝をついて挨拶していればまだ良かったんだろうけど、相手はアキである。


 アキは「ここはミドレシアで、俺たちはミドレシアに属している。何故見知らぬお前たちにへつらう必要がある」と言ってのけた。さすが俺たちのアキです。


 当然、血の気が多い側近はめっちゃ怒った。


 今にも決闘が始まりそうな雰囲気になり、さすがにヤバいと思ったのか、渋々アキは服の袖をめくって『女王』の証を見せた。『女王』であれば、膝をつく必要はないので。


 それで収まるかと思いきや、「『女王』は女のはず。男のお前がそれを持っているのはおかしい」という話になり、ますますややこしくなった。


 まあ、その側近も引っ込みがつかなくなったんだろうな。


 というか、思ったよりヤバい事態に発展してませんか。街中で太陽の民の始祖と揉めるとか、国際問題まっしぐらじゃん。下手したら戦争だぞ……。


 さすが俺たちのアキ……。


 アキ以外のみんな真っ青である。



「それで、どうやってその場を収めたんだい」


 リーダーの冷静な問いかけで、話は続けられた。


 側近はその場で決闘しようとした。


 そこで、突如現れた衛兵により「本当にこの場で戦うつもりか」と問われる。ずっとそばで様子を見てたんだろうな。


 側近は「もちろんだ!我ら砂漠の戦士に二言はない!」と言い切った。


 それを聞いてアキは満足そうにうなずいた。


 そして、言った。「ならば勝負だ。──、決めようではないか」と。


 頭に血が昇っていた側近は内容を聞き流して「おう!望むところだ!」と元気よく返事をした。


 それから、自分の間違いに気づいた。「料理……?待て、料理とは何のことだ」と騒ぎ始める。


 アキは堂々と「俺は料理人だ、他に何の勝負をするというのだ」と主張した。もちろん側近は、話が違う!と騒ぐ。


 しかし彼は先ほど「砂漠の戦士に二言はない」と宣言したばかりである。衛兵や他の立会人もいた。それを指摘され、他の側近にも諭され、歯ぎしりしながら引き下がった。


 こうして、アキは始祖御一行と料理勝負をすることになったのだった。細かい話はまた後で詰めることになった。


 めでたし。



「……は?」


 イドリ団長は話の急展開についていけず、ポカンとしていた。食べかけのパンが皿にポトリと落ちる。


 まあ、そうだよな。


 なんで一触即発の事態から料理で勝負しようぜ!になるのか、普通は理解できないよな。


 でもアキだからな。

 あれだけアキがうれしそうにしていたんだから、そんなことだろうと思ってたよ。ほとんど騙し討ちでしたが。


 リーダーは、少しホッとした顔をしていた。

 思っていたほど深刻な事態じゃなかったからだろう。『太陽の民』の始祖とか、いちばん揉めたらヤバそうな人たちだもんな……。


 ヴィルカンが責任を感じるのも、ちょっとわかる。なにせ、自分のせいで目をつけられて絡まれたわけだし。


 彼は相変わらずしんみりとスープをすすっていた。



「俺がちゃんとしていれば……」

「それは違うぞ、ヴィルカン。確かにお前の無知さが招いた事態とはいえ、直接の原因は『女王』の証だ。『女王』の態度は氏族に影響を及ぼすのだからな」


 イドリ団長の説明に、ヴィルカンは首をかしげた。



「どういうことだ?」

「つまり、『女王』であるアキの態度に血族のお前が影響された状態だった、ということだ。それゆえに、お前は『女帝』に跪かなかったのだ」

「そうだったのか……」


 言われてみれば、そうだ。


 アキはともかく、ヴィルカンが膝をつかなかった理由がわからなかったからな。


 そうか、血族に影響を……。


 ん?血族……?


 えっ、アキとヴィルカンって、血が繋がってたのか!?マジ?


 知らなかった!

 妙に仲良しだとは思ってたけど!!



「……その話の時は、坊主は寝てたからなァ」


 ダインがボソッと呟いた。俺の驚きが見えていたらしい。


 そうか、まあ何かこの2人は似てる気がしていた。でも『太陽の民』はみんな似てるから、とりわけ波長が合ったのかなと思ってたんだ。



「そういうわけだから、お前のせいではない」

「でも俺、アキが『女王』だなんて知らなかった。そもそも『女王』のこともよくわかってなかったし」

「今では『女王』を継承する者はほとんどいない。知らなくて当然だろう。……だが私はヴィルカンの傷を癒した話を聞いた時から、アキが『女王』なのではないかと思っていたぞ。治癒の秘術は、『女王』にしか使えないという話だ。その身に子を宿す女の、生命の源泉たる性質を利用したものだったはずだ」

「えっ、じゃあその秘術の治癒って、自分の生命力を分けてるってことなのか?」


 ノーヴェが驚きの声を上げた。治癒が関わるからか、ダインも興味深そうにしている。


 アキは首を横に振った。



「言ったろう、俺では満足に扱えないと。だから生命力を分けたのではない。せいぜいが、魔力を多めに消費する程度だ」

「それならいいけど……」


 うーん、秘術にもデメリットがあったってことか。


 もしかしたらアキはヴィルカンを治癒した時、生命力を消費する代わりに、意識体に関わる何かを消耗したのかも。ご主人が意識体を癒す温泉にアキを誘ってたからな。


 そっか、血族か……。



「やり方はともかく、平和的に話が収まって良かったよ。始祖の一族も、この街での争いは本意ではないだろうからね」


 リーダーは微笑みながら話をしめくくった。


 そう、思っていたほど深刻じゃなくてよかった。


 さすが、俺たちのアキだ。


 決闘という物々しいものから、料理対決とかいう、ほんわかしたものにすり替えちゃうとは。アキは計算してそうしたんじゃないだろうけど、うまくやったよな。


 それに、血の気が多い人に絡まれただけの話で、始祖御一行の全員が好戦的というわけじゃないはず。


 なごやかな雰囲気になったところで、リーダーは小さくため息をついた。



「……まあ、これからが大変なのだけどね。僕たちは現在、任務中だ。他国からの来訪者とこのような事態になった以上、タリクファール公に事態を報告しないわけにはいかない。食事の後、すぐに執事との面談に向かうよ」

「私も同行しよう」


 事態は深刻ではない。

 深刻ではないが、いずれにしても大変なことになったのは間違いないようです。後始末とか手回しとか、やることは多そうだ。


 俺はちょっとホッとして、デザートのタルトっぽいやつを味わった。相変わらず豪華だ。


 そしておいしい。

 やはり、世界平和にはおいしい料理が必要だ。





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