450話 果てより来たる




 眩しい。


 博物館の外は快晴だった。

 時刻はそろそろ昼ごはんかなというくらい。


 のんびりと宿に戻る道すがら商店を眺める。

 相変わらず賑やかだ。


 しばらく歩いてから、振り返って博物館の屋根を眺めた。


 丸っこい屋根から突き出した尖塔。

 大きな鐘が見える。


 かつては、今くらいの時間にあれが鳴っていたんだな。


 向こうの世界のお寺にあるようなくタイプの鐘じゃなくて、鐘を動かしてガランゴロンするタイプに見える。


 ご主人も一緒に振り返って鐘を見ていた。


 女性像があった場所、あそこにかつて吟遊詩人が立っていて歌っていたのかも。


 どこからか音楽が聞こえてくる。

 リズムのいい、物悲しげなメロディー。この街は毎日音楽が聞こえてくるな。


 だけど吟遊詩人はいない。

 もういない。


 調査は進んだけど、答えはまだ見えない。

 ご主人はこれからどうするかな。


 見上げた顔は、逆光で表情がよく見えなかった。



 賑やかな通りを抜けて宿へ向かう。


 途中、見慣れない服装の一団が、15人ほど幅を利かせて商店街を歩いていた。妙に目立つ人たちだ。


 む、あの人たちが宿で言われていた、この街に来ているという要注意人物かな。


 よく見たら『太陽の民』っぽい。

 なんか、まわりの通行人の『太陽の民』が、みんな膝をついて挨拶してた。そのほかの人は特に何もしていないが。


 『太陽の民』の偉い人なのかも。

 観光かな。まわりに衛兵らしき姿も多い気がする。たぶん、王の影とかもいそう。街中を歩くのも一苦労だ。


 問題が起きなきゃいいが。

 まあ、ミドレシアは他の国に比べて『太陽の民』への偏見が少ないらしいので、そんなに心配しなくていいかも。今のところ、嫌な顔をしてる人は見当たらないし。


 巻き込まれたくないので、俺たちは遠くから見守るだけにして、目立たないようにコソコソと宿に向かいました。


 ご主人には当たりを引く稀有な才能があるからな……面倒ごとは避けるに限る。


 どうにか安全に宿に辿り着いた。

 門番の顔を見てほっとする。この豪華な宿で気が抜けるようになるとは。慣れって怖い。


 ちょっと頭を使いすぎて疲れちゃったからな。安心安全な宿でご飯食べて、休憩してのんびりしたいです。



 ……そんな安心感も、部屋に入った途端、どこかへ飛んでいってしまった。


 空気がズン、と重い。

 なんだなんだ?


 宿の俺たちの部屋では、何か重大な問題が起こったようで、妙な雰囲気になっていた。


 頭をかかえるリーダー。

 胸を張って生き生きキラキラしてるアキ。


 そして、項垂れてるヴィルカン。

 彼は今にも消えてしまいそうだ。


 何があったんだ?

 状況がさっぱりわからない。


 たしか、アキとヴィルカンは一緒に買い物に行ってたんじゃなかったっけ。何があったんだ。何でアキだけ輝いてるんだ。



「……どういうことだい」

「ごめんシュザ……俺のせいなんだ」

「何を言う、実に喜ばしいことだろう。これで心置きなく戦えるというものだ」


 戦い?

 アキはいったい何と戦うんだ。なんで、そんなにうれしそうなんだ。ぜったい料理に関係した何かだろう、ということしかわからんぞ。


 やっぱり状況がさっぱりわからない。


 ダインは寝転がりながら半笑いだ。状況の改善に役に立ちそうもないな。ノーヴェもお茶を飲みながら首をひねってはいるけど、深刻そうじゃないし。


 帰宅早々、俺たちは新たな問題に遭遇しました。

 ご主人も困惑しきりだった。


 とりあえずご飯食べたいな……お腹が限界を訴えてるので。話はご飯の席で続けられることになった。


 宿の従業員たちによって、部屋での昼食の準備が着々と進んだ。


 今日のご飯は何かなあ。




「……つまり、街中で『西の果て』の一行と遭遇したということだな」


 整えられた昼食の席にて。


 呼ばれたイドリ団長も同席して、昼食と状況の説明が始まった。


 団長を呼ぶほどの事態って、本当に何が……いや、やっぱりいいです。今は素晴らしいご飯に集中させてください。


 俺はわくわくしながら、パンに手を伸ばした。


 外はカリカリ、中はふかふかのパン……!

 デザートみたいな幸せな食感だ。このパンだけ永遠に食べていたい。


 パンだけでもおいしいのに、パンに乗せるためのペーストがいろいろあった。にんにくの香りが強めな野菜ペースト、レバーペーストっぽいやつ、キノコっぽい味のペースト、何かわからんがうまいペースト。


 幸せすぎるな……。


 この素晴らしい食卓を前にして、暗雲が垂れ込めてる顔の人もいるが。主にヴィルカン。


 食事をろくに味わえてない。

 かわいそうに……。



「うん、俺とアキが市場で『西の果て』の一行と会ってしまったんだ。避けてたんだけどな、つい店先で話が長引いて、気がついたらもう逃げられない距離だった……」


 『西の果て』の一行か。


 俺とご主人が博物館の帰り道で見かけた、『太陽の民』の一団のことかな。西の果てって、たしか砂漠だったはず。『太陽の民』はそこから来たんだったっけ。


 まだオアシスが残ってて、そこに人がいるって話だったような……どこかでそんな話をきいた。


 俺たちは回避できたのに、まさかのアキとヴィルカンが見事に当たりを引いてしまったようだ。人生わからないものだな。


 でも、それの何が問題なんだろう。

 会ったからって、必ず何か起こるってわけでもないだろうに。


 俺はあっさりした魚介スープを味わいながら、話の進展を見守った。スープもおいしい。臭みは全くなくて、貝っぽい風味がある。こんな山の中で魚介スープってぜいたくだなあ。


 イドリ団長は顔をしかめながら、パンを雑にちぎって食べている。



「それの何が問題だというのだ。我ら血族の始祖とはいえ、向こうも温泉療養だとか何とかという理由で来訪している以上は諍いを起こすこともなかろう」

「僕は話が見えてきたよ……」


 リーダーは顛末の予想がついたらしく、目を伏せて首を左右に振った。


 ということは、やらかしはアキか……。

 冒険者組は何となく、展開が見えてきたようで、うなずいていた。まだ詳細はわからないが。



「俺は一行が近づいてくることに気づかなくて、膝をつけなかったんだ。アキも完全に無視していたし……」

「何?」


 イドリ団長の顔がさらに険しくなった。


 どういうことだ。


 『太陽の民』は全員、一行が通り過ぎる時に絶対に挨拶しなくちゃいけないのかな。ぜんぜん違う国の知らない人だろうに。


 状況が飲み込めないでいると、イドリ団長が太陽の民じゃない人たち向けに説明してくれた。


 どうやら、『西の果て』には『太陽の民』の始祖と呼ばれている一族がおり、すべての『太陽の民』を統括している、ということになっているらしい。


 統括とはいっても、『太陽の民』は今は大陸中に散らされているので、形ばかりのようだが。


 それでも、『太陽の民』の血を引く者は皆、混血でも始祖たる一族の長である『女帝』が近くに来ると自然に地面に膝をつく。


 街中でも膝をついてる人がいたけど、あれって強制的にそうなるっぽい。


 恐ろしいな、女帝……。

 というか、この街に来てるのは女帝なのか。怖。


 ノーヴェは話を聞きながら感心したような声を上げた。



「その話は、初めて聞いたよ。何か統率するための魔法を使っているのか?」

「『女帝』たるものが受け継ぐ秘術があると聞いた。それゆえに、『太陽の民』は皆、『女帝』の近くへ来ると畏怖を感じ、ひざまずくのだ。……ただし、例外がある」


 イドリ団長はアキへ鋭い目を向けた。



「氏族の長たる『女王』の証を持つ者は『女帝』と対等であるゆえに、この秘術は作用しない」


 全員の視線が、一斉にアキへ向いた。


 アキはそんな周囲をまるで気にすることなく、優雅な手捌きでステーキっぽい肉を口に運び、ゆっくりと噛み締めていた。


 女王の証か。


 持ってるな、アキ……。


 俺は、一緒にお風呂に入った時に見た、アキの左手首にあったボヤけたタトゥーを思い出していた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る