449話 残るもの




 リトは悲劇の役者のような顔で、すべてを知ってしまった悲しみの表情をしていた。そこまで大袈裟な話なのか?


 わからん。ちょっと置いてけぼりなんですが。


 それに対してご主人は、リトの大仰な感情表現に呑まれることなく淡々としていた。というより、すっきりしてない顔をしてる。何か引っかかってるみたい。


 しゃがみ込んだまま、首を捻ってる。



「『鐘楼守り』な……鐘を鳴らすことが、お前の一族の本来の役目だったってことか?」

「さあ、どうだろうか……。一族にそういった技術が伝わっているという話は聞いていないよ。そんな大層な話ではないと思うんだ。……今考えると、この博物館ができたのも、鐘塔がそこにあったからじゃないかな。そこにぼくの一族が関わっているなら、書庫への出入りが許されているのもうなずける。何もかも辻褄が合うんだ」

「うーん……。なんかなあ」


 ご主人は煮え切らない雰囲気だ。


 いいんですか?

 本来の目的の、吟遊詩人からずいぶん脱線してますが。



「……『始まりの基音たる……星界の調べ』……そうか、吟遊詩人は鐘の音を聴いて調弦してたんだな」


 あっ、戻った。

 ずいぶん跳躍的な戻り方をしたな……。古語っぽいものが出てくるとは。


 ご主人が呟いた古語っぽいやつは、さっき展示室で見ていたグルグル四角、真世語の石碑のことだろうか。



「……調弦?」

「弦楽器ってのは、だんだん弛んでくるから弦の張りを調整しなきゃならない。一音あればいい、それを元に他の弦を調節できるからな。その最初の音が必要なんだ。それが、鐘の音だったのかもしれねえと思ってな」

「鐘が鳴らなくなったのは、吟遊詩人がいなくなったからかい」

「どうだろう」

 

 鐘の音って、調弦に使えるんだろうか?

 なんか音がデカすぎたり低すぎたりして、合わせるの大変な気がするんだけど。


 ご主人はどこか遠くを見るように顔を上げた。



「──本当は、ずっと鳴ってるのかもしれねえな。俺たちに聴こえないだけで」


 リトは項垂れたままだ。


 しんみりした空気になっちゃった。

 何がどうしてそうなってるのか、俺はついていけてないですが……。


 頭を整理しよう。


 まず、この博物館より先に鐘があって、鐘を守るように博物館が建てられたってことだよな。


 最初は博物館じゃなくて、鐘を修繕とか研究する施設だったのかも。


 リトの一族がどういう使命を帯びていたのかはわからないけど、昔は鐘に関わっていた。それが今では記録魔一族に変わっちゃった。


 そして、かつて鳴っていた鐘は鳴らなくなった。

 原因は不明。


 吟遊詩人も鐘と関わっていた可能性がある。

 といっても、ご主人いわく鐘の音を調弦に使っていたとか、そういう薄い関係だが。


 でも、吟遊詩人が『イリオ』という名前なら、この博物館を建てた時に出資と寄贈をした記録が残ってるから、がっつり関わってることになる。


 気になるのは、イリオの寄贈品の中の『鍵』という項目……リトは保管庫の錠前と解釈した。


 この『鍵』という言葉、こちらの言語で「鍵をかける行為」と「錠前そのもの」の両方のニュアンスがある。


 イリオの『鍵』はどっちだったのかな。

 何かの鍵をかけたのか、錠前を寄贈したのか。


 鐘はいったい何なのか。

 本当に鳴っていないのか。


 この博物館、まだ謎が多いな。


 ずっと考えていると、なぜだか眠る女性像が頭に浮かんできた。


 鐘の下にあった美しい像。

 その後ろの柱が、かつて鐘塔だったのか。



「これから、ぼくはどうしたらいいんだろう……」


 リトのか細い呟きで、俺は現実に引き戻された。


 そうだった、リトは人生観が変わるほどの何かを経験したんだったな。大丈夫か?


 ご主人は、リトの肩にポンと手を置いた。



「家族と話はしたか?」

「挨拶と近況程度はね」

「なら、今日知ったことをちゃんと話してみろよ。そのための家族だろ。お前だけの問題じゃねえからな」

「……そうだね、そうするよ」

「それから、俺の話を聞きに来い。手伝ってくれた分の報酬、まだ払ってないぞ」

「そうだった!」


 うわっ。


 すごい勢いで飛び起きたきたぞ、リト。

 俺は吹っ飛ばされそうになった。


 リトはご主人の両肩を掴み、ゆさゆさした。


 あの鉄みたいな筋肉のご主人をゆさゆさできるなんて、記者って怪力なの?元気になりすぎじゃない?



「王の宴での話、ぜひ聞かせてくれ!……いや、それはまた後になるか。うん、後日聞かせてくれるかな?絶対だよ、約束だからな?」

「はいはい騒ぐな。わかってるって。……実を言えば、吟遊詩人を探しているのだって、王の宴で王から宣託を受けたからなんだよ」

「なんだってー!?」


 ご主人!

 リトをこれ以上刺激したらダメです!


 俺たちはリトを落ち着かせるのにかなり苦労した。



「……ハァ、すまない。どうしても気になってしまって。少しだけでも聞かせてくれないか?」

「ダメだ。先に解決すべき問題があるだろ」

「そうだけど……」


 ぐぬぬ、という顔になるリト。


 この人、ほんと自分の欲に正直だな……。


 ご主人は苦笑したように笑ってリトの腕をバシバシ叩いた。



「ははは、リトはリトだな。祖先がどんな使命を帯びていようが、お前はお前であることをやめられないんだ。お前たちが守ってきたものが鐘だろうが灯台だろうが記録だろうが、お前の目標は変わらないだろ」

「まあ……そうかもしれないな」

「リトの仕事は、とても価値のあるものだと思うぞ。口伝は消えるが、書物は残る」

「そうだといいな」

「そうだよ」


 リトは力無く笑った。


 王都で活躍していたはずのリトが、どうして実家に戻っていたのか。


 もしかしたら、ごたごたがあって疲れちゃったのかもな。リトがかつて所属していた団体だって、なんとなく『闇の従者』の手が伸びてた気配がするし。リーダーのおかげで抜けられたからよかったけど。


 きっと、原点に立ち返ることで、自分を見つめ直したかったんだろう。


 情報紙という媒体は、植物紙の普及とともに比較的最近広まったものみたいだ。だから、情報の取り扱いや、記者としての在り方はまだ手探りなんだと思う。


 ぜひ、良きジャーナリストになってほしい。


 きっとリトは、後世に残る記録を残すだろう。ここにあるたくさんの手記に並ぶ記録を。


 俺はそれを読んでみたい。


 ご主人が言ったように、書物は残る。

 それを誰よりも実感している人がそう言うんだから、これは動かない事実だ。


 俺も、リトの活躍を願ってるよ。



「じゃあ後日、君たちの滞在する宿に伺うことにするよ。場所を教えてくれるかな?」

「おう、ここだ」


 ご主人に取材の約束を取り付けるリト。


 彼は、取り出された木札に描かれた紋章を見て目を見開いた。



「こ、こ……ここに滞在を?君、どう考えたってこれは嘘としか。一泊で黒色冒険者の月収が吹き飛ぶよ!本当にここに止まってるんだね?ぼくを騙していないよね?」

「嘘なんてつかねえよ。この木札を偽造したら鉱山送りだろ。ここにあと2日くらいはいるかな」

「……ぼくは入れてもらえるだろうか」

「話は通しとく」


 リトのこの驚きよう、やはりあの宿はただの超高級宿じゃなかったか……。


 疑いの目を向けられながらも、どうにかまた会う約束を取り付けた。


 俺たちはリトと別れて書庫を後にした。

 書庫、入るのも大変だったが、入ってからも大変だったぜ。


 けっこう楽しかったから、また来たい。



 受付の人に軽く会釈し、ご主人と手を繋いで回廊を歩く。


 結局、吟遊詩人の痕跡はわずかだった。

 残したものは見つからず、記録上だけの存在。


 それでも、この博物館と関わりがあったかもしれない、ってことがわかってよかった。


 何よりも、ちゃんと存在してたんだ。

 これを知ったのは大きな収穫だと思う。


 確かにいたんだ、この北の保養地に。

 生きて、生活していた。


 そして毎日歌っていた。


 吟遊詩人。『英傑マールカと悪逆オリジャ』の原型となる詩を歌っていた人、人たち。


 どんな人だったんだろう。

 どんな詩だったんだろう。


 聴いてみたかったな。


 もうその音楽を聴くことはできないであろうという事実が、ちょっとだけ寂しかった。


 寂しい気持ちのまま、俺たちは博物館から出たのだった。





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