448話 詩人の痕跡と鐘
やる気がみなぎっているリトは、吟遊詩人を探し出すための方法をいろいろ考えた。
吟遊詩人を記録の中に見つけられないのは、存在が当たり前だったから。それをわかってなかった俺たちは、『吟遊詩人』っていうキーワードから出発していた。
だから、めぼしいものがなかったんだ。
しかし、人には生活がある。生活している以上、食べて寝て、買い物して……という活動は必ず行うし、痕跡として残る。
そして、そうした行動が必ずしも職業名で記録されているとは限らない。
だから、『吟遊詩人』という言葉じゃなくて、それっぽい振る舞いをする人や、吟遊詩人が関わりそうな人の記述を探さなきゃならない。
それを覚えておくと、すでに目を通した本からも見落とした何かを拾えるかもしれない。
たとえば、宿。吟遊詩人が滞在していた宿なら、騒音がどうとか、何かそれらしい記述があるかもしれない。
たとえば楽器店。音楽には楽器が、楽器には手入れが必要だ。修理記録に残ってるかも。
公的な記録から当たるのは難しいだろうということだった。吟遊詩人はほとんどどこでも出入りを許されていたので、施設の使用許可のような記録には残らないからだ。
さすが、リトは情報を扱う専門家なだけあって、調査の方針を固めるのがうまかった。記録を漠然と眺めてるだけじゃダメですね。
リトの提案した方向性で、各自が資料に当たることになった。俺も戦力に数えてもらえた。
大変な作業だ。
何せ、わかりやすいキーワードがあるわけじゃないからな。俺はまだ字を読むの得意じゃないし。
それでも、さっきよりは何かを掴めそうな、そんな期待感があった。
ふと、ご主人が思い出したように声を上げた。
「……あ、そういや名前があったな。『イリオ』、確かそんな名前だったか。この名前が関係してるかもしれねえ」
そうでした!
名前がわかれば強いぞ。
「それは大きな情報だよ!名前がわかれば名簿の中から見つけやすいからね」
「本名かどうかはわからねえけどな。呼び名がいろいろだし、複数の可能性もあるし」
「それでも、絞り込める可能性があるなら重要だよ」
リトは恐ろしいスピードでページをめくっている。それも1ページずつじゃなく、パラパラパラパラ……とめくるやつだ。速読ができるのか、この人。
俺はといえば、リトの一族が書いたものの中で子供が執筆した日記を任されていた。
子供のうちから相当な記録魔みたいですね。
博物館に置いてもらえるレベルとか、すごいな。
しかし、これがけっこう侮れない。
俺でも何とかわかる表現で書かれているから、読みやすい。それだけじゃなく、大人なら見逃すような日常の情景も、子供視点で書かれていたりする。書かれた当時の文化を知る上では、重要な資料になりそう。
今日の雲の色が変だったこと。
初めて食べた料理の話。
誰かからもらった玩具。
夕方になると、いつも好きな音楽と歌が聞こえてくること。
鐘の下で弦を鳴らしている人をじっと見てたいたら、小さな焼き菓子をくれたこと。
……あっ、これだ!
こういうのを探してたんだ。
すごい、俺でも見つけられたぞ。
重要じゃないかもしれないけど、うれしい。
「あっ」
「おお」
みんな、ほぼ同時に声を上げた。
それぞれが見ていた資料から何かを発見したようだ。顔を見合わせる。
さて、何が出るか。
「じゃあ、俺からな。……写字生の記録の中に、『英傑マールカ』の写本を請け負った話があった。それ自体は普通の話だが、この写字生は『マールカの話は街頭でいつも歌われているのに、なぜ書にするのか』と不思議がっていたらしい」
「おお、それは大きな発見だ!……その写字生は、『英傑マールカ』頒布の一歩を踏み出した人かもしれないね」
すごい!
吟遊詩人の歌う『英傑マールカ』と、書籍版『英傑マールカ』が同時に存在していた貴重な時代なのでは。
続けて、リトが見つけた資料を見せてくれた。
「ぼくのほうは、吟遊詩人というよりさっきハルクが言った名前に関係しているんだけれど。……ほらここ、この博物館を建設する際に出資や寄贈を行った人の名簿の中に、『イリオ』という名前があったよ」
「そいつはすげえ。何を寄贈したんだ?」
「ええっと……。当時の通貨の金貨をいくらか、羊皮紙と建築資材、それから『鍵』とあるね。保管庫の錠前を寄贈したのかな」
「さあな。寄贈品にめぼしいものはないが、その名前が確認できたのは大きい」
存在してたんだな、『イリオ』。
このイリオが吟遊詩人かどうかはわからないが。なかなか重要な発見じゃないだろうか。
続けて、みんなの目が俺のほうを向いたので、俺は見つけた記述を指差した。たいしたことないかもしれないけど。
なぜか、リトがニッコリして俺の頭をポンポンした。
「そういえば君、前に会った時は字が読めないって話だったよね。この短期間で、ここまで読めるようになったのかい。すごいじゃないか」
「だろ、こいつがんばったんだぜ?……えっと、アウルが見つけたのは……『街を歩いていたら、鐘の下で弦を鳴らして歌う人から菓子をもらった』って話か」
「子供だから、『吟遊詩人』という言葉を知らなかったのかもしれないね。でも、街の中で、鐘の下、か……」
リトは考え込む表情になった。
何か引っかかるものでもあったかな。
「この街に、鐘はひとつしかない」
「この博物館にあるやつだろ」
「そうだよ。博物館にあるんだ。街の中じゃなくてね」
そういえば、そうだな。
鐘の下、それはあの眠る女性像があった場所のはずだ。完全に屋内です。
子供だから勘違いしちゃったって可能性もあるけど。
子供の立場から言わせてもらうと、子供だからって物事を正しく認識できないと決め込むのはよくないと思いますね。
この手記は博物館に置かれてるんだから、信頼できるって思われてるんだろうし。
「別の街の記録か?」
「いや……」
リトは珍しく黙り込み、俺から本を受け取って、別のページを確認し始めた。奥付け的なやつを見てるみたい。
「……やはりこの山麓の街だよ。問題は年代だね。この手記は、博物館が建つ前に書かれている。つまり……」
「鐘は博物館が建つ前からあったってことか?」
「そういうことだよ。むしろ、鐘があったからそこに博物館が建ったというほうが正しいかもしれない」
マジか。
そんな事実が、子供の手記から判明するとは。
「これは、この街で育ったぼくも知らなかったな、鐘は博物館に取り付けられたものだとばかり」
「この街で育ったからこそ、だろうな」
「この街で育ったからこそ……」
リトは、本を持ったまま、書架に寄りかかりそのままズルズルと床に座り込んでしまった。
どうしちゃったんだ。
知らなかったことがそんなにショックだったのかな。
額に手を当てて、深いため息をついてる。
ご主人が、あわあわしながら心配そうにしゃがみこんだ。
「だ、大丈夫か?」
「すまない。ちょっと、いろいろ思い出してね。……実家の壁に、紋章が彫ってあるんだ。細長いまっすぐな尖塔の紋様だ。ぼくはそれを灯台だと思っていた。歴史を記す一家として、
「ああ」
リトは、つらつらと語り始めた。
何の話が始まったんだろう。
「ある日、曽祖父に灯台の紋章の意味を尋ねたことがある。彼は『我々は守り人だ』と言った。その時のぼくは、灯台守りのようなものだと思っていたんだが……」
「うん」
「よく考えたらおかしいんだ。このあたりは海から遠い。砦や物見台はあっても、灯台はない。……この手記を読んで、博物館より前に鐘があったことを知って、やっと間違いに気づいた。あの尖塔の紋様は灯台じゃない、鐘塔だ。ぼくらは灯台守りじゃない、『鐘楼守り』だったんだ……なんてことだ…………!」
ええ……。
なんか、すごいことが判明した、のか?
俺にはよくわかならなかったが、リトは大きなショックを受けていた。どうやら、彼のルーツに関わる話みたいだ。
なんか、俺がそんな記述をみつけたばっかりに、話が飛び火してごめんな……。何が起こったのか、よくわかってないんだけど。
俺はとりあえず、リトの肩をポンポンした。
元気出してください。
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