447話 記録する人々
「シュザに助言をもらってから、前の団体は抜けることにしたんだ。しばらくは商工組合が後援している情報紙の団体で書いていたんだよ。……まったく、シュザの慧眼には恐れ入った!ぼくが抜けてしばらく経ってから前の団体は瓦解し始めてね。それはもうひどい有様だったよ。主催だった女性が突如奴隷の契約解除運動を始めたり、あやしげな人たちと取引を始めたり……。ついには捕縛されてしまったようだ。今でもあそこにいたらと思うと背筋が寒くなる」
おお……。
リトは何というか、前に会った時と同じように聞いてもいないのに淀みなく話し続けた。
あまりにもサラサラと話すから、内容もサラサラと砂時計の砂のように抜けていく。まるで頭に入ってこない。
まあ、元気そうで何よりだ。
ここに入る許可をどうやってとったんだろうか。
けっこう大変だったぞ。記者の特権?
ご主人は読んでいた本に目を戻した。
リトも書架の前でうろうろと物色を始めた。
「……それで、お前はなんで保養地に?」
「ああ、それはね、この街にぼくの実家があるからだよ。いろいろ思うところがあってね、調べ物を兼ねて帰郷していたというわけだ」
「へえ、この街で育ったのか」
まさかの地元民に会えるとは。
しかもその地元民が、このリトとは。
巡りとは不思議なものです。
「ぼくの一族は、揃って記録を取るのが好きでね。みんな狂ったようにあらゆる記録をつけるんだ。そのうちに他の人からも記録を依頼されるようになって、それが家業となった。かくいうぼくも情報紙に関わっているわけだから、この身には確かにその血が巡っているんだろう。……本棚のこのあたり、ほとんどぼくの一族の手記だね」
リトが示したのは、本50冊分ほどのエリアだった。記録魔の一族か、すごいな。
これだけたくさんの記録が博物館で保管されているとは。
歴史家は、こうやって生まれるのかもしれない。
それにしたって、一族丸ごとっていうのは珍しいかも。
その記録魔一族の特権のおかげで、この書庫に入ることを許されているようだった。
会って数分なのに、俺はどんどんリトについて詳しくなっていく。情報量やばいな、この人。放っておくと一日中しゃべり続けてくれそう。ラジオみたい。
「家にあったものは博物館に寄贈してしまったから、ここに来ないと閲覧できないものがあるのが残念だけど。でも、ぼくは子供の頃からこの場所が好きだったよ。本に囲まれていると、落ち着くんだ」
「それ、ちょっとわかるな」
おお、意外にもご主人と気が合った。
ご主人は読んでいた記録を閉じて、リトの見ている書架に近づいて、そこの本を読み始めた。
なんというか、取材をしてないときのリトはぐいぐい来るかんじがなくて、接しやすい。ひとりでしゃべってるだけなので。いつもこうだったらいいな。
「それで、何を調べに来たんだ?」
「……ちょっと前に、この街の近くでひどい雷鳴と咆哮が響き渡っただろう?それはもう、シンティアの滅亡もかくやというほど恐ろしいものだった。君たちは知っているかい?」
「あ、ああ……まあな」
ご主人はしどろもどろに答えた。
知っているというか、原因そのものですね……。
俺もリトの顔を見ないように適当な本を取り、それを熱心に読むふりをした。
幸いにもリトは俺たちの様子に気づかず、悲しげな顔で首を振りながら話を続ける。
「何かの前兆じゃないかと恐れる人たちもいたからね。過去に同じようなことがなかったか、調べておこうと思ったんだよ。ぼくの記憶が確かなら、5代前の王の『祝福の兆し』が落雷だったはずだ」
「そうだな……まあ、その、悪いことの前兆とは限らないからな」
「そう!それを確かめるためにも、祖先の記録を当たってみようと思ったんだよ。記録が見つかれば、それをまとめて情報紙に書くとするよ」
「そうか……うまくいくといいな」
うん、本当にな……。
いいことの前兆だっていう根拠になる記録が、無事に見つかるといいですね。切実にお願いしたいところです。リトに謝礼渡したいくらいの気持ちだ。
あの雷鳴、やっぱり街にいてもヤバかったんだな。間隔といい量といい、尋常じゃなかったのは確かだ。よろこんでたのはロヴィくんくらいのものだ。
ご主人も街のみんなを怖がらせたことを申し訳なく思っているようで、神妙な顔をしていた。
情報紙の記事にどれほど効果があるかわからないけど、少しでもみんなの不安がなくなるといいな。
リトも、こういう方向性の記者に転向してくれてよかったぜ。
「君たちも何か目的があってここに来たんだろ?こういう言い方は少し失礼かもしれないけど、冒険者がこの書庫に興味を持つのは珍しいからね。有名な場所じゃないし、実用的でもないし、物語性もない。普通の人にとっては退屈じゃないかな」
「そうだろうな。ちょっといろいろな……目当てのものは見つかりそうにないが」
「ぼくでよければ、手伝おうか?こう見えて、記憶力には自信があるんだ。この書庫にもまあまあ詳しいし、きっかけとなる言葉さえあれば、目当ての記録を探し当てられると思うよ」
「そいつはすげえ、ぜひ頼むよ」
リトの提案に、ご主人はパッとうれしそうな顔になった。
心強い助っ人が現れてよかったですね。
「礼ならはずむよ、飯でもおごるか」
「うーん、そうだな。それじゃあ、『王の宴』に参列した感想をぜひ聞かせてほしいな」
「えっ?」
ご主人の笑顔が固まった。
リトはうれしそうにまくしたてる。
「もちろん知ってるとも、君たちが活躍したことを。王城の関係者から概要は聞いているよ。ぼくも他の人から話を聞こうとしたんだけど、当事者たちはほとんどがうわの空で、どんな様子だったかぜんぜん覚えていないというんだ。でも、『ガト・シュザーク』のみんなは違うだろう?だから、少しだけでも、話せることだけでいいから、教えてくれないかな〜」
リトは親しげにご主人の肩に手を回して、ニコニコしながら交渉を始めた。ご主人は冷や汗をかいてるように見える。おろおろしてるな。
助っ人、ぜんぜんよくなかったですね。
リトはリトだった。根っからの記者。つよい。
ご主人がどうなったかって?
もちろん押し負けたが。
俺のご主人が押し負けないはずがない。
王の宴で何があったかを話すかわりに、リトに手伝ってもらうことになった。これが平等な取引なのかどうか、ジャッジは難しいところだ。
こうして、親切?な助っ人の登場により、俺たちの調べ物はようやく軌道に乗った。
ご主人は、やや疲れた表情をしながら、「吟遊詩人について調べている」と、かなり率直に話した。駆け引きとか、そういうのってうんざりしちゃうもんな。さっさと終わらせるに限る。
ところが、リトは難しい顔で考え込んだ。
「ああ、それは実に難しい、難題だよ。……記録というのは、特筆すべき事柄のほかは日々の積み重ねとその変化に特化している。例えば商店なら毎日の売り上げと顧客や商品についてだ。つまり、基本的には生活や仕事に直接影響のあるものだけが記録されるんだ」
「じゃあ、吟遊詩人は?」
「まるで景色のようだね。いつもどこかにいて、同じ歌を歌い、どこかへ消える。1日に何回あくびをしたか、何回扉をくぐったかなんて誰も数えないだろう?吟遊詩人とは、そういう類の存在だったんだよ。どこに現れて、どこで何を歌ったか、誰も気に留めない。いつもそこにいたから」
「そうなのか……」
生活に溶け込みすぎて、誰も気にしない、か。
俺の頭に浮かんだのは、お天気おじいさんだ。
いつもアダン像の下で座っていて、景色の一部になっている、すごい人。すごいけど、予言をして欲しいとき以外は透明になっちゃうんだ。
お天気おじいさんがいつ起きて何を食べてどこで寝てるか、ほとんどの人は知らないし、知ろうともしない。
吟遊詩人に似てる。
いつもいるから記録されない存在。
その歌だけが残る。
でも、歴史というのはそういうものなんだろう。
『英傑マールカ』のように、意識して残そうとしなければ、すぐに忘れられる。
その『英傑マールカ』を歌った詩人が忘れられるなんて、なんだか寂しいなあ。
本当に記録されていないんだろうか。
だとしたら、マールカ研究者の彼は相当にがんばって資料をあつめたんだな。
ご主人に渡していたあの資料の価値が、跳ね上がったぞ。彼は実はすごい人だったのかも。
ご主人はほんの少し気落ちした様子だったけど、リトには何か考えがあるようだった。
「だから、通常の記録には登場しないだろうね。やり方を変える必要がある」
「見つかるのか?」
「ハハ、こうなったら俄然やる気が出てきたよ。情報への飢餓感こそが、記事を書く上で最も強力な燃料なんだ。情報を出し渋る人からいかに搾り取るかにかかっているからね。舐めてもらっちゃ困る」
リト!
ものすごく頼もしく見える!
言ってることはちょっとアレだけど!
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