417話 雷の申し子
戦闘は激しさを増し、雷もヤバくなってきた。
いよいよこの世の終わりってかんじだ。
「グルルル……」
ドラゴンはずっと翼を広げて俺たちを守ってくれていた。氷でバリケードを作って、時折飛んでくる木や岩をガードしてくれている。雷も落ちてるけど、今のところ平気そうだ。
過剰戦力じゃなかったな。
むしろ、俺たちを守るためにこのドラゴンを呼んだのかも。
ご主人は、この事態をどこまで予想してたんだろう。
ドン!と障壁が揺らぐ。
「ヒャッ!……何なんだよもう、この雷!そろそろもたないぞ」
ノーヴェは文句を言いながら魔力回復薬をグビグビ飲んだ。
戦闘の余波と雷の両方に対応するのは、流石のノーヴェもキツそうだ。
交代するわけにもいかない。
ノーヴェと同等の障壁を張り続けられる魔法師はここにはいない。
うーん。
何とかならないか。
そう思っていたら、ロヴィくんが再び存在を主張してきた。
いやいや、ダメだって。外は戦場だぞ。雷の音も怖いし、危ないんだ。
さっきと違って、ロヴィくんのかわいさで止められるものじゃないんだ。
……でも、ノーヴェもロヴィくんの応援があれば頑張れるかも。
障壁内はそこまで寒くないから、ちょっと出て応援するくらいならいいかな。ちょっとだぞ。危なくなったらすぐ避難だからな。
俺はノーヴェから少し離れ、ロヴィくんを手のひらに出した。
あっ、こら!
ロヴィくんはスルスルとノーヴェの体を上り、頭のてっぺんに乗っかった。かわいい!
じゃなくて。
「えっえっ、何!?」
「ピ……!ピ…………!」
困惑するノーヴェの頭上で、ロヴィくんは、またはしゃいでる。大喜びだ。
空を見てる?
いや、雷だ。
雷をよろこんでるのか?
……そうだよ、ロヴィくんは雷龍リヴの眷属。
そしておそらく種族は『雷竜の子』だ。
そうだった。
つまり、雷の申し子なんだ。
だから、雷が鳴りまくり落ちまくるこの状況は、ロヴィくんにとっては楽しいお祭りなんだ。いや、危ないから大人しくしていてほしいのだが……。
「あ、あれ……?障壁に雷が当たらなくなったぞ」
「……そいつのおかげだなァ」
「ピ……!」
ぐったりしていたダインが起き上がり、小さな声でノーヴェに教えてあげていた。
……え?
ロヴィくんのおかげで雷が当たらない?
まさか、雷が避けてる?
マジですか。
ロヴィくん、そんな力あったんだ!
赤ちゃんなのにすごい!世界いちかわいい!
なんでそうなるのか、ぜんぜんわからないけど!
かわいいので大丈夫です!
これでしばらく障壁は大丈夫なはずだ。
俺もテンションが上がった。
そしてすぐに立ちくらみして、足がもつれた。
やっべ。
「おっと……はしゃぐんじゃねェよ」
ダインが俺を支えてくれたので、地面に顔をぶつけずに済んだ。
俺は抱え起こしてくれたダインの顔を、数秒じっと見た。
さっきのやつ、ダインは見ちゃったんだよな。当てられてぐったりしてたけど、もう平気なんだろうか。俺はまだ体がうまく動かない。
ダインも俺をじっと見た。
それから、俺の顔をむにっとした。
何をするんだ。
だけど、ほんの少しだけその手が震えていた。
俺の感じた恐怖は記憶に過ぎないし、それをちょっと『視た』だけなのに、精神力が強いはずのダインがまだ立ち直れていない。
俺は申し訳なく思った。
これは、俺がダインに頼りっぱなしだったせいだ。いつもオープンに思考を垂れ流しにしていたから、ダインはいつもの癖で見ちゃって被弾したんだ。
あんなの、知らないほうがよかったのに。
「……お前、んなもんをひとりで抱えるこたァねェだろ。俺にも分けろ」
そう言って、ダインは笑った。
雷光に照らされて、それは壮絶な表情だった。
俺はダインをギュッとした。
体に力が入ってるのか、いつもみたいにやわらかくなかった。
いつも驚くべきやわらかさなのは、ダインがそれだけ力を抜いて俺を深く受け止めてくれてるからだと気づいた。
でかいやつだ。
震えてるくせに、傷ついて体を固くしてるのに、それでも「分けろ」だなんて。
ダインはどこまでも治癒師で、盾なんだ。
筋肉には勝てない。
俺はそれを痛感した。
「おォ……?」
ダインの腕に嵌っていた偽の枷が、サラサラと崩れて砂になる。時間経過で形がなくなってしまうということは、魔法で作られた枷だったんだな。
時間。
ご主人が戦い始めてから、ずいぶん時間が経ったように感じる。
空を見上げると、まだ激しい閃光が瞬いている。
ご主人……。
「ハルクと互角にやり合うようなのがいたとは、驚きだなァ。……読めねェ奴だぜ」
ダインが少し難しい顔でそう言った。
権能が通じない相手なのか。ヤバいな。
傭兵団はみんな呆然と戦いを見ていたが、やがて冷静さを取り戻したイドリ団長が状況の分析を始めた。
「あいつ、『闇の従者』といったか。何者だ?襲撃してきた者共の背後にいたのは間違いないが、目的は何だ」
「それは、僕らにもわからない。ただ、先ほどハルクは、あの者が『王城に侵入した』というようなことを言っていた。王と一戦交えたのかもしれないね」
「だが、こちらに来た、ということは……」
リーダーは真面目な顔になった。
「目当てのものが、ここにあるということだ」
目当て。
みんな、アディのほうをサッと見た。
悠然と微笑むアディ。
やっぱり、歌姫の力が目当てなのか。
攫われるのに慣れてるってる言ってたし。
「わたくしはついでかと思われますわ。本当の目的は、とある物品にあるのではないかと」
「物品?」
「あの者は、ミドレシアの秘宝ともいえる、ある『宝玉』を狙っていたものと思われます。近頃、王城の障壁への攻撃が多発しておりまして」
「宝玉……」
「ええ、『星の眼』──ミドレシアの王たる者が代々受け継ぐ天龍の眼の力。恐らくそれを宿した宝玉が、あの者の目当てだったのでしょう」
「な……」
みんな驚愕の表情でアディを見つめた。
どういうことですか。
王の何でも見抜いちゃう『眼』。
それが狙われたのか。
俺たちを攫わせたのは、保険ということか。
で、目当ての宝玉が王城になかったから、ここへ転移してきた、と。
じゃあ、あるんですか?
宝玉が、ここに?
「ご安心を。宝玉は、ここにはございません」
アディはゆったりと微笑みを崩さず、そう言った。
ないんですか。
ちょっと脱力した。
じゃあ、あいつがここに留まってる理由はなんだ。
不意に、戦闘が止んだ。
戦っていた2人は距離を取って着地する。
ご主人は……無事だ。
というか、無傷だ。ほっとする。髪を束ねていた紐がなくなっていたけど、平然としていた。
対する白装束の男は……。
ボロボロだった。白装束は、もうあまり白くない。
肩で息をして、血走った目でご主人を睨んでいる。
力の差は歴然だった。
ふと、男の姿が揺らぐ。
眼は赤く染まり、顔の皮膚に鱗のようなものが浮かび上がった。口からはチロチロと細長い舌がのぞいている。白い髪がうねうねと動いているように見えた。
異様な姿に、ゾクリと寒いものが背中を走る。
あんなの、まるで、まるで……。
蛇、みたいじゃないか。
ドラゴンの唸り声が大気を震わせる。
俺の中のワヌくんの威嚇が強くなった。
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