416話 閃光のような




 俺は何とか呼吸を落ち着けようとした。


 が。



 ──バリバリ……ドーン!!


 耳をつんざく凄まじい音がして、体をギュッと縮める。


 恐る恐る周囲を見たら、ヤバいことになっていた。


 俺が意識を飛ばしていたのは10秒くらいだったはずだが、何があったんだ。まだ何も始まってないよな?


 真っ黒な空から縦横無尽にバリバリ雷がほとばしり、ドンドン落ちてる。


 ドラゴンが、俺たちをかばうように雄大な翼を広げて前に立っていた。


 なんだこれは。


 この世の終わりか?



「こ、これは『シンティア滅却の雷光』……!」

「『天龍の怒り』だ……」


 誰かが呟いた。


 天龍の怒り?

 ヤバい雷のこと、そう呼ぶのか?


 でも、明らかに自然現象じゃない。



 ……おい、まさかこの雷バリバリ。


 ご主人が呼んだんですか。


 俺は震えながらご主人の姿を探す。

 背中を見つけて安心した。


 なんかご主人、全身がうっすら光ってる気がするんだけど。ヤバい感じだ。

 


「アウル、落ち着いたか?」

「辛そうだった、アウル」


 いつのまにか、ジマシセが左右に来て俺の頭にそっと触れていた。すごく心配そうだ。


 俺はノーヴェに抱きすくめられたまま、うなずく。


 顔面は涙と鼻水でひどいことになっていた。


 でも、まわりはもっとひどい。


 今もそこら中に雷が落ちて、嵐みたいになってる。雨が降ってないのが幸いだ。


 山小屋のそばに固まっていた俺たちは、馬車ごとすっぽり覆うノーヴェの障壁で守られていた。


 そのノーヴェは、俺が落ち着いたのを見て、ホッとしたけど、すぐに難しい顔でご主人たちのほうを見た。



「……ハルクも無茶を言う。魔法ならともかく、自然の雷だと障壁を貫通しちゃうよ。維持し続けないと……」


 ドン!


 言ったそばから、目の前に雷が落ちてみんな揃ってビクッとした。


 はやく何とかしないと、ノーヴェが魔力切れになっちゃうな。


 ご主人は、白装束の男と対面し、会話していた。

 更地になったせいか、よく声が響く。


 2人はごく普通に話しているように見えるが、バリバリと威圧をぶつけ合っていた。



「……チッ、忌々しい。彼奴め、この我の目を眩ませようとは。危うく獲物を逃すところだったではないか。しかし何故逃げ出そうとしておる。兵はどうした。何故ここに氷獄竜がおる」


 男は低い声で悪態をついた。

 古めかしい言葉を使う、尊大な態度の奴だ。


 軍人にも見える整った服。

 しかしその表情は狡猾さを隠せていない。



「おいおい、随分遅い登場だな。やけに弱っているが。まるで何度も無理に障壁を超えたみたいに……ああ、そうか。お前、王城に忍び込んで逃げてきたのか。宝玉でも盗もうとしたのか?無様だな」

「この我に偉そうな口を利くとは。貴様は誰だ?……ふむ、その意識の形、覚えがあるぞ」

「俺もお前の意識の形に見覚えがある。とうの昔に俺が首を落としたはずだが」

「もしやあの時の小僧か?……忌々しい。貴様の所為で我は美しい体躯を失ったのだぞ……!」

「そうか、殺し損ねたか。それは悪かった」


 白装束の男から、もやが溢れ出す。


 うっ、やばいぞアレ。

 嫌な感じがする。


 『浄化』するか?


 そう思っていたら、ふわりと包み込むような歌が響いた。


 アディだ。

 その極上の絹のような歌声が、まわりのもやを一掃した。心が晴れやかになる。


 すごい。

 これ、領域魔法みたいに、浄化魔法のエリアができてるぞ。すごすぎる。


 リーダーがお礼を言っていた。



「ありがとうごさいます、助かりました」

「わたくしに出来ることは僅かです。しかし、あの王の仇敵を討つまでは、力を惜しむことなどできませんわ」

「王の仇敵、ですか」

「ええ。あれは、『闇の従者』の1人です」

「!」


 アディの言葉に、みんなびっくりしていた。


 俺は予想していたので驚かなかった。


 あのご主人が積極的に戦おうとしている相手だ。ご主人は『闇の従者』が自分の敵だとはっきり言っていた。


 それにこの嫌悪感を催す魔力。

 これこそが『闇』魔法なんだろう。


 そして、あの男こそが、俺とポメの意識体を壊した張本人に間違いない。


 記憶もないし経緯は不明だが、俺の身体が恐怖を覚えていた。


 こんな場所で、こんな会い方をするなんて。

 それも『闇の従者』だったなんて。


 これが、俺の巡りなんだろうか。

 気を抜くとまた込み上げてくる恐怖を飲み込む。


 男は、こちらを見てせせら笑った。



「あの女、やはりここにおったか。それに……あの子供まで揃っておる。我の読みに間違いはなかった」

「アウルを知っているのか。あいつに何をした」

「アウル?……ああ、のことか」


 その言葉に、俺はビクッとなった。

 俺を抱きしめるノーヴェの力が増した。


 126。


 その数字、妙に聞き覚えがある。

 それに、嫌なかんじがする。


 まるで、実験体みたいな……。



「126号は、我が主を顕現させる研究の最中に発現した稀な力を持っておったのだ。だが、その個体は我の命令をかたくなに拒んだ。ゆえに、ちょうど捕えておった森の仔犬の意識とその個体の意識を入れ替え、従わせようとしたのだが……」

「意識を?非道なやつだな」

「……幼いせいか双方とも砕けた。仔犬は消えたが、その個体は朦朧としながらも何故か生きておった。力の使えぬ個体など我には不要であったので、配下に渡して処分させたのだが……」


 男は嬉々として語った。

 俺の来歴が語られているのに、頭に入ってこない。


 俺と、ポメの意識体を入れ替えて従わせようとした……?それが俺たちの意識体が砕かれた経緯か。


 だけど、そんなことできるのか?

 そもそも意識体に触れることなんて、普通できない。


 というか。


 本当に実験体だったのか、俺。


 薄々、そうじゃないかと思ってた。

 記憶も実感はない。でも、恐怖だけは忘れてない。


 あいつは俺とポメの敵だ。

 ワヌくんが俺の中で威嚇している。

 


「また見つけたってことは、さては王の宴の噂を聞いたな?アウルを街中で誘拐しようとしたのもお前の手の者だな。力が戻っているからと、手放したものをまた手に入れようとは。身勝手なやつだ」


 ご主人が言い返す。

 声色は、すごく冷静に聞こえる。


 でも、雷のバリバリ鳴る音が増えた。



「サンサの老人の背後で、その活動を援助していたのもお前だな。あのカスマニア人の老商人が持つ人脈と販路を活用して『粉』を広めようとしたってところか。ミズラ領に手を出していたのもお前……そして、10年前エルドで騒動を起こしたのもお前だろ。おおかた、導師を傀儡にして邪龍の顕現でも目論んだんだろうが」


 ご主人が、次々に情報を列挙する。


 そうだったのか。


 サンサのカトレ商会を陥れた黒幕。

 ミズラ領での画策。

 そして、10年前のエルディーアでの騒動。


 全部繋がってて、全部この男が背後にいたのか。



「そう、すべて我が輝かしき功績だ!だが──」


 男は不意に表情を歪め、ご主人の胸に手を突き刺した。


 ヒュッとなる。


 ご主人は動かなかった。

 


「──我が主を、邪龍と呼ぶなァ!!」

「うるさいぞ」

「グハッ」


 ご主人は薙ぎ払うように手を動かした。男が吹っ飛んでいく。いつの間にか、その手には剣が握られていた。


 見たことのない剣だ。

 ものすごく長い刺身包丁みたいな、片刃の剣。


 胸を突き刺されたはずなのに、ご主人に怪我はなかった。


 男もダメージを受けている様子はない。

 平気そうな顔で立ち上がった。



「……許さん。貴様は許さんぞ!その膨大な魔力を宿した身体、我が主の依代に相応しいと思っていたが、すっかり魔力が消えておるな?ならば用はない。滅してやろう」

「滅ぶのはお前だ」


 ご主人は構えた。

 男も剣を出して構える。


 そうして、ついに戦闘が始まった。



 それは、戦闘と呼ぶには速すぎた。


 戦闘というか、閃光だった。


 雷のような動きで2人は交錯し、時折キィン!と鋭い金属音を響かせる。まったく目で追えない。残像もよくわからない。


 もはや人間の戦いじゃなかった。



「すごい……」

「やっば……」

「何だ、あの動きは」

「こんな戦い、一生見られないだろうねぇ……」


 傭兵団のみんなは、呆然とした表情でそれを見ていた。むしろ、恍惚としていた。さすが、戦いを仕事にしている人たちだ。


 冒険者組も、唖然としていた。


 会話の内容にショックを受けていたのもあるし、ご主人をよく知っているはずなのに、まったく知らない戦い方をしているからだと思う。


 俺はやっと理解した。


 ご主人の人並外れた戦闘力は、まさにこのためにあったんだ。


 あれは『闇の従者』と戦うための力だ。


 ……というか、空中機動みたいなことしてるけど、どうやってるんだ。足場とかないのに、方向転換しながらジグザグ動いてるの何なんだ。ご主人、空を歩けるのか?


 わけわがわからない。


 雷が降り注ぐ中、自身も雷光のように攻め込む。


 俺は得た情報すべてを忘れて、その閃光のような姿に、この世のものとは思えない景色に、ただ見入ってしまった。


 きれいだ。



 ご主人は、たしかに天龍の加護を受けている英傑その人だと思った。


 同時に、ご主人と互角の戦いをする闇の従者が恐ろしいと感じだ。




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