414話 撤収作業




「アウル!大丈夫か?怖かったろ、ハルクの奴が勝手に……何やってるんだよハルク!アウルが震えてるだろ!」


 襲撃者の捕縛が終わったのか、ノーヴェがこちらにすっ飛んできた。


 すぐに俺の無事を確かめて、ぎゅうぎゅうに絞め始める。


 俺は……!無事なので…………!

 死ぬ!


 生命の危機を感じて、さすがにノーヴェを押し返した。



「あっ、ごめん。力を入れすぎたよ。……ハルク、お前な〜、制御できないなら連れてくるなよ!というか、こんな上位の竜種、どこから連れて来たんだよ!」


 ノーヴェは俺を絞める力を緩めて、またご主人に文句を言い始めた。制御できてないのバレてますよ……!


 ノーヴェはドラゴン怖くないのかな。

 俺はまだちょっと怖いのに。


 傭兵団とかこっちを様子見してるけど、ぜんぜん近寄ってこないもんな。あれが普通だ。


 まあ、ノーヴェは一緒に遺跡の魔物を倒したし、冒険者だから竜種にも会ったことがあって、慣れてるのかもしれない。


 ご主人はきまりが悪そうな顔をした。



「ごめん……。こいつは賢いはずなんだが。昔、俺が助けてやったやつなんだ。暑いのが苦手でな、気候の変動で弱ってたから寒い場所に連れて行ってやって……名前は確か、『氷獄竜』の何とかっていう……」

「氷獄竜……」


 何そのかっこいい名前。


 ご主人は、懐から曲がった爪のようなものを取り出した。魔法文字っぽいのが刻まれてる。



「礼にこれをもらったから、笛を作ったんだ。これで呼んだらいつでも駆けつけるって約束してくれた。まあ、ちょっと遠い場所を根城にしてるし、この季節じゃなきゃここには来れなかっただろうけどな。……助かったぜ」

「クル……」


 ご主人が鼻っ面をポンポンすると、ドラゴンは喉を鳴らして応えた。


 ノーヴェはため息をついた。



「お前がなぜか竜種としゃべれるのは知ってるけど、これ、後始末が大変だぞ」

「え?」

「お前、考えてもみろ。ここは王都にも近い場所なんだ。そこに都市ひとつ軽く潰せるような上位の竜種が現れた、なんて知られたらどうなる?大混乱だよ」

「あー……」

「クルル……」


 うーん。

 やはりヤバいやつだったか。


 そのわりにロヴィくんに頭を下げたままだから、いまいち威厳がなあ……。


 というか、ご主人は犬やカラスだけじゃなく、竜種ともしゃべれるようです。天龍の加護のおかげかな。


 ドラゴンは、クルルと鳴きながら前足で何かを差し出してきた。


 薄っぺらい、青い石板のような何かだ。

 ガラスか氷みたいで綺麗だ。



「うん?なんだこれ……卵の殻?」

「う、うわあ……。上位竜種の卵の殻なんて、そんな国宝級にヤバいものを……」

「なるほどな、これに呼ばれたことにすればいいと」


 ご主人は受け取った卵の殻をじっくり見てうなずいていた。


 どういうことですか?



「どういうことだ」

「あいつらの住処にこれを放り込んでおいて、『竜はこれを盗まれて、探しにやってきたらしい』ってことにすればいいんじゃねえかってさ」

「いいな、それ」


 ノーヴェはコロっと態度を変えた。


 な、なるほど。それならご主人が呼び寄せたのではなく、たまたま竜種がやって来たことにできるな。悪いのはあくまでも、ここに勝手に拠点を作ったやつらということで。


 ……いきなり竜種の相手をさせられた上に、それを自分たちの仕業にされちゃうとは。ほんのちょっと襲撃者たちに同情するが、あいつらはそれよりヤバいことをたくさんやらかしてるからなあ。


 俺は氷の柱やらなんやらでめちゃくちゃになった周囲を見渡し、うなずいた。


 この惨状で何もなかった、は通用しないだろう。

 何らかの落とし所は必要だ。



「お前、やっぱり賢いじゃねえか。なんでさっきは暴れたんだよ……。ああ、俺に呼ばれて嬉しかったのか。久しぶりに暴れられて楽しかったんだな。気持ちはわかるが、やりすぎたら目をつけられちまうぜ」

「クルルル」

「よしよし、わかってるならいいぞ」


 うわ、本当に意思疎通してる。


 ロヴィくんは相変わらず、俺が作って浮かべてる水球の中でうれしそうにドラゴンを見つめていた。


 初めて会った同族だ。

 前世のロヴィくんはこのドラゴンより大きかったけど、同族には会えずに終わってしまった。


 今はトカゲの赤ちゃんにしか見えないロヴィくんも、いずれこういう立派な竜種へ成長するんだろう。


 ……これはちょっと悪い例だから、あんまりお手本にしちゃダメかも。我を忘れて暴れる竜になっちゃいけませんよ。


 俺はノーヴェの腕の中から出て、ロヴィくんの入った水球を手のひらに乗せ、ドラゴンの鼻先へ近づけた。


 ごつごつした顔の中にある、澄んだ水色の目がこちらを見た。


 挨拶、したいんだよな。

 ほら。


 ロヴィくんは水球からちょっとだけ顔を出し、鼻ツン挨拶をしてすぐ引っ込んだ。やっぱり寒かったらしい。俺も寒くて鼻水が出てきた。


 ドラゴンは目を細めて喉を鳴らした。

 何となく魔力を感じたので『祝福』をくれたのかも。本当に賢い竜だ。


 赤ちゃんがかわいいのは、どの生き物でも同じなんだろうなあ。近づくと寒いので、寒いのが苦手なロヴィくんとはちょっとばかり相性が悪いけど。


 挨拶を済ませて、俺は満足したらしいロヴィくんをしまった。水球が凍らないように維持するの、結構大変だったので。


 怖かったけど、会えてよかったな。

 いろんな人にたくさん会って、大きくなろうな。


 こうして、脱出劇はなんとか丸く収まったのだった。



 ……リーダーに事情を説明したら、ため息とともに頭を抱えられてしまったが。


 ドラゴンの提案である『卵の殻を襲撃者の住処に放り込んでおく』という筋書きは採用された。あとで衛兵に嘘だと見抜かれても問題はないらしい。卵の殻という証拠があれば、辻褄合わせでも深く追及されないだろう、というのがリーダーの見解だった。


 リーダーがそう言うなら、そうなんだろう。


 傭兵団のみんなは、説明を聞いても終始信じられないという顔をしていたが。「そもそも竜種と話せるって何だ……?」とヴィルカンが首をひねっていた。


 山小屋から俺たちの乗ってきた荷馬車と馬たちを取り戻すこともできた。


 荷馬車は入念に調べて、仕掛けられた魔法道具の類は外されている。


 捕縛した奴らもダインがじっくり検分して、服や体に仕込んでいた武器などはすべて回収された。今はグルグル巻きにされて猿轡を噛まされ、2台ある荷馬車のうちの1台に詰め込まれた。


 薄着で寒そうだが、魔法道具で暖かくしてあるので風邪は引かないだろう。


 ダインは首をかしげながら、「よく見えねェな」と呟いていた。思考が読みにくいらしい。訓練を受けているからだろうか。それとも、意志薄弱なのか。


 どうも、襲撃者たちの動きには違和感が多かった。

 どう違和感があるのか、言葉にできないけど。何か変だったんだよな。


 とにかく、こいつらも連れて北の保養地へ向かうことになった。


 やっとだ。

 やっと着く。


 長い道のりだったなあ、と俺は空を見上げた。


 さっきまで朝焼けでオレンジ色だった空はすっかり朝の色になっていた。


 でも、なんか暗くて分厚い雲に覆われている。

 朝なのに、どんどん暗くなってる気がする。


 雨、降るんだろうか。



「その竜種はどうするんだい」

「ちょっと休んで体力が回復したら、姿を消して元の場所に戻るってさ」

「そうかい。見つからないように戻れたらいいのだけど」

「そうだな」

「雨降りそう」

「雪かも」


 馬車に乗って出発する前に、山小屋の横にみんなで集まって話し合いだ。


 どうにか脱獄に成功し、紆余曲折はあったものの襲撃者の捕縛にも成功した。


 みんなは達成感に満たされた顔をしていた。ご主人はちょっと浮かない顔をしてるけど。あやうくドラゴンを暴走させるところだったからな。


 無茶な計画がこうもうまくいくとは。

 売り飛ばされずに済んでよかったぜ。


 めでたし、めでたしだ。




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