413話 鎮圧




 覆面をした白い装束の襲撃者たちが、次から次へとドラゴンへ挑みかかる。


 それはまるで、映画の決戦シーンのような壮絶な光景だった。ドラゴンがもう、完全にラスボスだった。これじゃあ、どっちが悪役かわからん。


 とんでもないものを解き放ったものだ。

 本当にどこから連れて来たんだよ。


 戦場を眺めながら、リーダーがため息をつく。



「ここからはどういう段取りなんだい、ハルク」

「えっと……頃合いを見て、俺が竜を止める。そうしたら、みんなであいつらを捕縛してくれ」

「妥当だね」

「ま、そうするしかないよな。オレは魔法で援護するよ」

「了解した」


 だ、妥当か……?ほんとうに?

 あんな氷だらけのヤバい戦場に突っ込んでいくのが?


 大いに疑問だが、それしかないんだろうな。

 あの竜種が攻撃をやめた瞬間が狙い目だそうだ。


 傭兵団のみんなは状況を理解するのをあきらめ、各自の配置を決めている。対応力のある人たちだ。ご主人への信頼が強いのもあるんだろうな。


 俺は非戦闘員なので待機だ。山小屋の裏でじっとしてます。ノーヴェがあったかくなる領域を作る魔法道具をくれたので、アディとダインと一緒にあったまっていますよ。


 山小屋を守るために数人が残り、あとの人たちは疲れた襲撃者を捕えるため、散開して待機した。


 ご主人がドラゴンを止めたら、捕縛の合図だ。



「よし、そろそろかな。行ってくるぜ!」


 ご主人はヒュン!と姿を消した。


 戦場では、襲撃者たちは流石にかなり疲弊しているのか動きが鈍くなってる。座り込んでいる人もいるぞ。今なら傭兵団でも簡単に勝てそうだ。


 固唾を呑みドラゴンの動きが止まるのを待った。



「グルァァァァ!」


 ドガーーーーーーン!!

 ドドドド、ドーン!



 ……ドラゴン、止まりませんね?

 ご主人?


 ハラハラしながら見守っているが、ドラゴンは一向に止まる様子がない。


 ご主人の姿がちらほら見えている。攻撃をかわしつつ、話しかけてる。


 が、ドラゴン気づいてないですね。


 完全に我を忘れてますよ、あれ。

 めっちゃ楽しそうだもん。



「ダメだこりゃ。聞きやしねえ」


 冷気をまとったご主人が、ヒュン!と俺たちのところに現れた。



「どォすんだァ?あいつら死んじまうぜ」

「まずいよなあ……」

「わたくしが鎮めてみましょうか?」


 アディの提案に、ご主人は首を横に振った。



「ダメだ。あんたは、その力を温存しておいたほうがいい。……しょうがない、最後の手段だ」


 ご主人はそう言うなり、俺を持ち上げて、小脇に抱えた。


 は?何?何?

 最後の手段?


 俺?



「おい、ハルク……」

「行くぜアウル!」


 ヒュンッ!


 景色がブレて、冷気がピシピシと顔に当たる。


 な、ななな……何をするんですか!!


 なんで俺がーーーー!


 俺は高速移動で運ばれた。

 止める間もなかった。


 目の前に、ドラゴンがいた。


 デカい。

 大きさは遺跡の魔物ほどじゃないけど、あの魔物より威圧感がある。そばにいるだけで圧倒されてしまう。


 こりゃ無理だ。


 ああ、今度こそ生贄か。

 前にもこういうことがあった気がするな。



「た、食べられる……!」

「食べられねえよ、多分」


 生贄じゃないなら、なんで連れてこられたんだ。


 不意にドラゴンがこっちを見て、氷の息を吐いた。

 ご主人は俺を抱えたまま、ヒュン!と避ける。


 ああああ!死ぬ!


 咄嗟に身体強化をマックスにしたが、ぜんぜん間に合ってなかった。ダメだ、俺はこんな戦場じゃ1秒で死ぬ。



「よし、アウル。ロヴィのやつを出せるか?」

「ろ、ロヴィくん?」


 なんでロヴィくんを!

 赤ちゃんなのに、こんな危険で極寒な戦場で出したくない!


 ……のだが、ロヴィくんはめちゃくちゃ出たがってる気配がした。


 竜種に会うのが初めてだから、興奮してるのか。


 とか考えてたら、目の前に鋭い爪が迫っていた。

 ご主人はまた、ヒュン!と避けた。耳元でブォンと音がする。


 もういやだーーー!


 俺は半泣きだった。



「多分、ロヴィを出したらこいつ大人しくなるから」


 本当に?

 たしかに、ロヴィくんは真獣の眷属というすごい存在だけど、まだ赤ちゃんなんですよ!


 ガブっといかれたらどうするんですか。



「……食べられちゃいませんか」

「大丈夫だ」

「わかりました……」


 ご主人が言い切ったので、俺は覚悟を決めた。


 もしかしたら、ドラゴンも赤ちゃんのかわいさで大人しくなるかもしれない。そのことに一縷の望みをかけることにした。


 俺は中が空洞になった水球を作り、その中にロヴィくんを出した。温水で外気を遮断しないと、外はすごく寒いから。


 ロヴィくんは水球の中をグルグル歩き回ってる。

 めっちゃ、はしゃいでる……!



「ピ……!ピ…………!」


 そのかわいい声が届いたのか、ドラゴンがぐるりとこちらに首を向けた。お、効果あったか?



「グルァァァァ!!」


 いかつい顔で威嚇を始める。


 ダメじゃん!

 ロヴィくんのかわいさが効いてないぞ!


 ご主人も威圧してるけど、跳ね返されてるな。

 楽しくなっちゃったドラゴンは、ご主人でも止めるのに苦労するらしい。とんでもねえぜ。


 ドラゴンは至近距離で咆哮を上げる。ビリビリビリと振動が脳に伝わる。


 ダメだ、俺はここで死ぬんだ。


 俺はギュッと目をつむった。

 こうなったら、身体強化も無意味だ。



「ピギュゥ……!」


 その時、小さな鳴き声がしてドラゴンはピタリと動きを止めた。



「グルル……?」

「ピギュ!」


 と、止まった……!


 というか何だ、そのかわいすぎる鳴き声。

 初めて聞いたんですけど!?


 目を開けたら、目の前にドラゴンの鼻があった。



「お、正気に戻ったな?まったく、程々にしろって言ったろ?」

「グル……」


 ドラゴンは完全に動きをとめ、目をパチパチさせながら俺とロヴィくんを見た。驚いた顔をした。たぶん。


 そして。


 ドシーン!と、頭を地面にぶつける勢いで伏せた。


 俺はやっと地面におろしてもらった。

 平伏するドラゴンが目の前にいる。


 心なしか、ドラゴンがプルプルしてる?


 何だ、この状況。



「やっと気づいたか。これはリヴの子だぞ。ちゃんと敬えよ」

「クルルル……」

「ピ……」


 どうやら、ロヴィくんが真獣リヴの眷属って気づいて「やっべ」ってなったらしい。そういえばリヴって竜種の長だったような……。竜種って縦社会なのか。


 これは、なんとかなった、のか?

 俺、ちゃんと生きてる……?


 戦場のほうでは、傭兵団のみんなが襲撃者たちをきっちり捕まえていた。抵抗されたけど、簡単に制圧していた。さすがだ。


 ようやく、戦場に静寂が訪れた。


 俺はといえば、途方に暮れていた。

 目の前ではドラゴンが、ぎゅっと目を閉じて伏せをしている。


 ……む、これ俺がドラゴンを従えてると勘違いされないか。ヤバいぞ。


 俺は素早くご主人の後ろに隠れた。


 まだ足がぷるぷるしてる。

 今回ばかりは本当に死ぬかと思った。


 俺は抗議の意を示すため、ご主人にぎゅうぎゅうにしがみついた。



 浮かんだ水球の中ではしゃぐロヴィくんと、そのロヴィくんを前にして伏せをする大きな竜種。


 やはり、赤ちゃんには誰も勝てない。


 ロヴィくんが最強だと、また証明されてしまったのだった。








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