412話 知り合いの強い奴



「な、なあ……ハルクの知り合いって」

「ふむ、随分と威嚇のうまい……。その上、魔法にも長けている人物のようだな」

「いや、これか……?」


 ヴィルカンが真実に勘付いたようだが、イドリ団長はかたくなにだと思い込んでいるようだった。どう考えても人間の出せる声じゃないが。


 傭兵団はご主人のことをよく知らないからな。


 冒険者組は、「あーあまたハルクが……」と半分呆れつつ現実逃避してる様子だけど、傭兵団は未知の事態に戸惑っていた。すみませんね、うちのご主人が。


 でも、まだわからないからな。

 地上で大暴れしてるのは、本当に人間かもしれないし。ご主人みたいな人がいるのかもしれない。実際に対象を観測するまではシュレディンガーの魔物……あっ、魔物って言っちゃった。


 とんでもねえな……。


 とにかく、轟音やら咆哮やらが続く中、俺たちは階段で上階へやってきた。


 そこは住居部分なのか、狭い部屋が連なっていた。奥に広めの空間があり、リビングのようになっている。


 来る時は眠らされていたので、初めて目にするわけだが。


 薄暗い。陰気な場所だ。



「なんだこりゃ、下の牢と変わらねェなァ」

「うん、なんだか監獄みたいだよ」


 たしかに、鉄格子が無いっていうだけで、牢屋と変わらない。一応仕切られてはいるけど、プライバシーなんて皆無だ。それに個人の持ち物も少なそう。


 ここに隠れ住むのは、ちょっと嫌だな。

 

 俺たちの荷物は、狭い倉庫のような場所にひとまとめにされていた。



「あった!」


 ノーヴェが木箱をごそごそして、みんなの冒険者組合証を掲げた。傭兵団の身分証もあった。


 俺のもあった!首から下げてた笛とかお守りとかもあったぞ。よかった。依頼の最初に渡された青い羽根のバッヂも、人数分揃ってる。


 収納鞄やポーチもすぐに見つかった。

 そして、みんなの武器も。


 リーダーは大事そうにご主人があげた剣を握りしめていたし、傭兵のみんなも武器を取り返して歓声を上げていた。


 アキは食料や調理道具の入った鞄が荒らされていないのを見て、すごくよろこんでいた。


 敵たちの倉庫を一通り調べると、未知の魔法道具やら今まで捕えたであろう旅人の装備、武器や大量の晶石なんかがたくさん見つかった。



「こいつら、晶石の洞窟を出入りしてたんだな」

「正規の持ち出しではなさそうだ。燃料を確保できるから、この場所を拠点にしていたのだろうね」


 ノーヴェとリーダーが晶石がたくさん詰まった箱を前にして話し込んでいた。


 ん?

 待って、晶石の洞窟?


 晶石って、魔物の心臓にあるやつだけじゃなかったのか!採掘もできるんだな。知らなかった。


 そりゃそうだ。魔物から取った分だけで、王都中で消費される晶石をまかなえるはずがない。なんか需要と供給のバランスがおかしいと薄々思ってました。



「滞在中に、洞窟へも行けたらいいな。アウルに見せてあげたい」

「そうだね、採掘を体験するのもいいかもしれない」


 のんびり旅行のプランニングを始めた2人。

 今それどころではないのだが。現実逃避しちゃいけないと思います。


 地上で何かが暴れる音はひどくなってる。揺れるたびに天井からパラパラと砂とかホコリが降ってきていた。


 ……外、出たくねえなあ。

 昨日まではあんなに牢を出たかったのに。


 この状況、虎穴に入らずんば虎子を得ず、の逆バージョンだ。穴から出なきゃ自由になれないが、外は危険。現実逃避がはかどるぜ。


 みんなは襲撃者の持ち物にはあまり触れることなく、ご主人の後に続いて出口へ続く階段へ向かい始めた。物品の接収は俺たちの仕事じゃなく、後から衛兵がやるみたい。


 まあ、自分の持ち物と命だけで精一杯だもんな。

 俺はみんなについていって階段を上った。


 上りきってしばらく通路が続く。


 やがて、外の光がぼんやり見えてきた。

 出口だ。やっと自由だ。


 ……めっちゃ寒っ。

 思わず両手で腕を擦る。



「リーダー、溶かしてもらえるか?」


 先導していたご主人が言った。

 入り口は、たしかに氷漬けにされていた。どうりで冷えるわけだ。


 リーダーが前に出ると、みんなはさっきとは打って変わって真剣な雰囲気になり、武器に手をかけたりして身構え始めた。


 そう、ここからが正念場だ。


 外からは戦闘の音がはっきり聞こえてくる。

 何者かが唸る声、怒号、金属を打ち付ける音、衝撃音。まさに戦場。


 俺はぐっとお腹に力を入れた。

 みんな、準備はいいな?


 さっきから、どうもロヴィくんがそわそわしてる気配がある。おとなしいロヴィくんからそういう気配を感じるのは珍しい。初めてかも。寒いし危ないから出ちゃダメです。


 リーダーが剣の形をした飾りを握りしめて、火魔法を発動させた。


 砕くと音で脱出がバレるかもしれないから、火魔法なんだろう。ノーヴェじゃなくてリーダーなのは、ノーヴェに魔力を温存してもらいたいからかな。

 

 ゆっくりと氷が溶けていく。

 そう分厚くなかったのか、やがて人ひとり通れる穴ができた。

 

 ご主人がまず顔を出して周囲を確認し、ひとりずつ穴から出て指示された方向へ静かに向かう。山小屋があるらしいから、その裏手へ回る予定だ。


 入り口で一瞬足を止める人もいたが、すぐに走り去っていく。


 俺の番になって、やっと外の様子が見えた。


 そして絶句した。


 な、なんだこれは……!

 至るところに氷の柱が立っている。周囲の木々は凍りつき、朝焼けに染まってこの世の終わりみたいな景色だ。


 そして。



「グルァァァァァァァ!!」


 でっかいドラゴンがいるーーー!!


 ご主人の知り合い、竜種だったようです。

 マジか……。どこから連れて来たんだよ。


 俺はしばらく呆然としていたが、急かされて走った。


 襲撃者たち、こっちをぜんぜん見てない。

 そりゃそんな余裕ないわ、ドラゴンだもんな……。


 山小屋の裏側に走り込み、みんなで固まって隠れる。ノーヴェが何か隠蔽する魔法を使ってるっぽい。端っこから戦場を観察した。


 暴れている竜種は、いかにもドラゴンというかんじのデカくて威厳があるやつだった。青っぽい色で翼があり、2階建ての家くらいはある。氷魔法が使えるっぽいから、かなり強いのはたしかだ。


 襲撃者たち20人くらいが全員で攻撃してるが、たいして効いてない。


 あれが、ご主人のかあ……。想像を絶する強い奴だったな。なんというか、絶望というか。傭兵のみんなも蒼白な顔になってるぞ。


 でも、この案、かなり功を奏してる。


 あんなのがいきなり現れたら、全員で全力で対処せざるを得ない。住処から誘き出せる上、寒さで疲弊もさせられる。


 そう、良案ではあるんだ。

 同時に、問題だらけでもある。



「……おい、聞いてないぞ。なんで竜種がいるんだ。あれがお前のか?」


 ノーヴェがさっそく小声でご主人に文句を言った。


 全員無事に脱出できたのはよかったけど、これどうすんだって話ですよね。


 イドリ団長はしきりに頭を振りながら、現実を受け入れようとがんばっていた。大丈夫です、俺もぜんぜん受け入れられない。



「我々まで巻き込まれてしまうのではないか?」

「手加減するよう言ってあるから大丈夫だ。……多分」

「言って聞かせられるものなの?」

「た、頼むよ〜。竜種と戦いたくないからねぇ」

「案ずるな。山小屋は無事だ。ハルクの言う通り、手加減しているのだろう」


 歴戦の傭兵たちが震えながら今にも逃げ出したい顔をしている中、冷静なアキがみんなを安心させていた。冒険者組はみんな冷静でした。


 そうか、ご主人は竜種とも意思疎通できるのかあ……。まあ、ご主人なら可能か。


 デカいドラゴンは、いろんな攻撃方法を使って、襲撃者たちをもてあそんでいた。


 ブレスみたいなやつで凍える息を吐いたり、爪で素早い一撃を繰り出したり、尻尾でぐるんとしたり、翼で風を起こしたり、ドーン!と地面を足で踏み鳴らしたり。


 おかげで付近はすっかり更地になっていた。

 ただの林だからよかったけど、これが森だったらワヌくんたちがカンカンに怒りそうだ。


 ちょっと楽しそうに見えるが。

 さすが、ご主人の知り合いである。めちゃくちゃだ。あれが敵だったら絶望しかなかった。


 味方でよかった……。


 いや、味方なのか?

 味方、だよな……?


 俺は寒くなって、ぎゅっと自分の体を抱き締めた。





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