410話 仕事はおしまい




 ご主人に連絡を取れると知って、みんなは沸いた。


 声は聴こえないので、文面から読み取れる雰囲気だけですが。ジマシセが盛り上がっていた。あの2人は無駄に言葉が多くて余白を浪費するので、早い段階でダインが代表で意見を書くことになったようだ。


 しかし、俺がご主人に手紙を届けられると知ってまた乱入してきた。文章でも賑やかな人たちだな……。


 リーダーは、ご主人に渡すため、意見をまとめた書面を急いで作ってポメに託した。


 俺のもとに届いた紙を小ワヌくんへバトンタッチ。


 ここからはワヌ便が活躍です。


 しばらくポメ便はおやすみだ。ワヌくんが仕事中は、ポメに姿を消す魔法をかけられないので。


 幻影魔法で姿を消した小ワヌくんをポメ空間から出して、鉄格子の隙間から送り出す。


 ポメと違って、小ワヌくんの気配はほぼない。

 すぐに場所がわからなくなった。


 気をつけて。


 悪いやつらに見つからないようにな。ご主人によろしくって言っておいてくれ。あんまり無茶しないように、とも。


 ご主人からの返事を待つ間、俺は鉛筆を削って過ごした。すぐ先っぽが丸くなっちゃう。ナイフを収納に入れておいて良かったぜ。


 それから、ずっと放っておいたロヴィくんを出した。外套のフードに隠れてました風を装って出てきてもらう。


 ロヴィくんは俺の手のひらで、笑顔で俺を見上げた。


 よし、元気そうだな。

 魔力をあげて頭をそっと撫でると、目をきゅっと細める。


 かわいい……。



「そちらのトカゲも無事でしたのね。安心いたしました」


 アディがそう言って微笑んだ。


 ずっと同じ馬車に乗ってたから、ロヴィくんのこともちゃんと気づいてくれていたようだ。ジマシセが騒いでたしな。


 アディは爬虫類が苦手じゃないのだろうか。


 リーダーのお母さんのホーウィアみたいな人は、かなり稀な部類だと思うのだが。


 じっと見ていると、アディは微笑みながら手を伸ばした。



「わたくしも、触れてもよろしいですか。王がさまざまな生き物を愛でていらっしゃいますから、王城に住む者は慣れていますのよ。……ふふ、かわいらしい子ですね。幼体でしょうか」


 アディは許可をとってから、ロヴィくんにそっと触れた。


 そうか、王のおかげで生き物に慣れてるのか。

 やっぱり俺、ちょっと王が好きかも。


 こんな状況になったのは王のせいでもあるのだが。


 でも、ワヌくんが黙認してるってことは、今の状況のほうが安全だったりするのかもしれない。


 ロヴィくんはアディに撫でられてうれしそうだ。いつか、アディの、パル・アヴィータの素晴らしい歌をロヴィくんにも聴かせてあげたいなあ。


 ロヴィくんを愛でていたら、小ワヌくんが帰ってきた。おかえり。早くないですか?このくらい余裕?さすがっす、ワヌ先輩!


 ご主人、元気だった?

 ……えっ、たくさんのカラスと一緒に寝てた?どういう状況なんだ。まさか、カラスの親分になったのか。まさかな。……いや、ありえる、ご主人なら。


 届けられた紙を広げて、アディと一緒に読んだ。



『皆無事で良かった。こちらは住処を外から見張っている。すぐに助けられず、すまない。


 地上部分には崩れかけたような小屋しかなく、そこに俺たちの馬と馬車がある。奴らの馬もいるようだ。小屋の裏手に、地下への入り口がある。


 内部に侵入したいが、恐らく気づかれてしまう。


 皆の案をまとめると、奴らを地上に誘き出した上で数を減らせばいいんだな。その隙に皆が牢からの脱出を試み、奴らを捕縛するというわけか。


 俺は戦えないが、ひとつ案がある。奴らを誘き出した上で、疲弊させる案だ。知り合いに強い奴がいるので、そいつを呼ぶことにする。


 その準備に少し時間がかかる。決行は夜明けになることだろう。夜明けまであと9時間といったところだ。リーダーの了承が得られたら、すぐに取り掛かる。


 奴らが全員出たのを確認したら、俺が侵入して牢の鍵を開ける。それまで体を休めていてくれ。


 それとアウル。がんばってえらいぞ。

 だが、無理をするなよ。ちゃんと寝ろ。


 ハルク』


 ……というのが、ご主人からの手紙だった。


 元気そうです。

 ご主人、手紙だと言葉が固いんだな。


 案があるらしいが、大丈夫なんだろうか。知り合いの強い奴って誰だ。ワヌくん?あ、違うのか……。じゃあ誰なんだ。


 元気そうで安心したのに、急に雲行きが怪しくなってきました。


 夜明けまで9時間か。ご主人は数字が苦手だが、10までの数は大丈夫なので、これはちゃんと9時間のはずだ。ご主人は香時計を持ってるのかもな。俺も収納に香炉を入れておけば……。


 最後に、俺宛にもメッセージを書いてくれていた。

 俺はちょっとうれしくなった。


 離れ離れだけど、近くにいる。

 それを実感して、すごく安心した。


 安心したら、眠くなってきたな……。


 いかん、みんなに手紙を回してリーダーに届けて、それからまたワヌ便にがんばってもらわねば。


 俺は頭を振って仕事に集中した。


 ご主人の手紙を受け取ったリーダーはすごくうれしそうな顔になった。


 そして、すぐに表情が曇った。

 気持ちはわかる。


 これは、ご主人が何かしでかす時の空気だ。

 だが、必ずご主人は『当たり』を引く。


 リーダーは腹を括った、というような表情で、了承の言葉を書いて、ポメに託す。


 その紙をみんなに回して了承を取ってから、またワヌ便によってご主人に届けてもらった。


 俺はこのあたりで限界が来ていた。

 めちゃくちゃ眠い。


 それに、すごく疲れた。


 大活躍だったポメもきっと疲れて……ないな。

 まだ走り足りない雰囲気がする。ポメ空間の遊園地で存分に暴れてくれ……。


 ロヴィくんをよしよししてからしまい、小ワヌくんの帰りを鉄格子のそばで待つ。


 その時、廊下の空間が揺らいだ気がした。


 何だ?ワヌくんにしては揺らぎが大きい。


 まさか。

 見回りだろうか。


 俺はギュッと体に力を入れて、そちらを見ないようにした。


 足音はしないが、気配があるような気がする。


 揺らぎは奥の、アキたちがいる牢のほうへ移動し、また戻ってきて階段の方へ消える。


 行ったか。


 …………ハァーーー。


 俺はやっと力を抜いて、大きなため息をついた。

 眠気が吹っ飛んだぜ。


 どうやら、ポメとずっと視覚共有していたおかげか、目がちょっと敏感になっていたみたいだ。


 襲撃者のうちの誰かが、幻影魔法で姿を消して見回りに来ていたと思われる。


 ポメ便で手紙を回してる時じゃなくてよかった!

 たぶん大丈夫だけど、気づかれたら大変だもんな。


 このこと、リーダーには伝えておこう。


 俺はまた紙を取り出して、『みえない、みはり、ろうか、いました』と書いて、ポメ便で慎重にリーダーのところに届けた。


 ポメの視界でも、廊下にはもう揺らぎはない。


 敵も幻影魔法が使えるのか。

 気を引き締めないとな。


 リーダーは『教えてくれてありがとう。今日はよくがんばったね。よく寝て明日にそなえよう。祝福を送るよ。おやすみ』と返事をくれた。


 これで、俺の仕事は終わりだ。


 ふと力が抜けた。

 俺、けっこう気を張ってたんだな。

 

 帰ってきた小ワヌくんが俺の手のひらに乗った感触があった。よしよし、おつかれさま。助かったよ。ワヌくんはすげえぜ。


 みんなのおかげで、なんとかなりそうだ。

 ありがとうな。


 俺も、みんなの役に立てたかな。


 とりあえず今は眠い、眠すぎる。


 コクリ、コクリと船を漕ぎながら、俺は寝る準備をする。今日は獄中泊かあ。


 まず浄化して、横になって……。



「アウル様、おつかれさまです。さあ、お休みになってくださいませ」


 いつのまにか、またアディに膝枕されていた。

 俺は抵抗しようとしたが、できず、そのまま意識が薄らいでいく。


 アディが歌を歌い始めた。

 今度こそ本物の子守唄だろう。


 どこか懐かしいようなその歌のおかげで、こんな場所でもぐっすり眠れそうだ。歌姫の歌で入眠なんて、なんと贅沢な夜だろうか。ありがとうアディ。


 こうして、波乱に満ちた旅の1日目が終了した。



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