408話(別視点)思いが巡る夜



(別視点)





 ガンッ!


 鉄格子を殴りつける音が響く。



 ドロアが悔しそうな顔で拳を握っていた。

 デレンは難しい表情のまま、無言でその様子を見守る。


 彼女は先程まで、鉄格子を掴みながら暴れていた。


 見てしまったのだ。薄れゆく意識の中、ヴィルカンが傷つき倒れ伏すさまを。かなり深い傷を負ったように思われた。目が覚めてすぐ、彼女は暴れ始めた。


 せめて、自分か、ダインと同じ牢であれば。


 そう思うと悔しくて、感情を抑えられなかった。

 しかし、どれほど暴れようと叫ぼうと、その音がデレン以外に届くことはなかった。


 痛々しい沈黙に包まれる。


 デレンはしばらくドロアの様子を見たのち、肩を叩いて落ち着かせた。ドロアは泣き崩れ、冷たい石の床に座り込む。



「ヴィーが……ヴィルカンが……!」

「……」


 襲撃され捕縛されたことよりも、ヴィルカンを助けられなかったことを強く悲しんでいた。


 やがて、デレンはついにその重い口を開いた。



「……それが、傭兵というもの。抵抗を続けたヴィルカンにこそ責が問われる」

「でも……アタシが治してやれてたら……アタシはそのためにいるのに……!」


 このままでは、明日までもつかわからない。

 襲撃者たちが混血のヴィルカンに回復や治癒を施すとは思えなかった。


 仲間を失う経験は初めてではないとはいえ、ドロアはまだ若い。達観しているデレンとは違い、割り切れない思いもあるのだろう。


 デレンは再び口を閉ざして、ドロアにかける言葉を探し始めた。


 しかし、どんな言葉をかけようとも、彼女の慰めとはならないだろうということもわかっていた。



「ごめん、ごめんねヴィー……。アタシがちゃんとしてたら……」

「……そう泣くな。あやつは、ああ見えてしぶとい。想像を膨らませて絶望するのは後にしろ」

「…………そう、だね。今は信じるしかない」

「そうだ」


 まだ肩を震わせていたが、ドロアは平静を取り戻そうとした。


 デレンはそれを見て、満足げにうなずく。


 感情を吐き出すのは良いが、あまり体力を消耗してはいけない。ほどほどのところでどうにか宥めることができて、内心では安堵していた。表情は難しいままであったが。


 状況は確かによくない。

 しかし、デレンには確信があった。


 弟のアノン、そして団長のイドリがこの状況で黙っているはずがない。


 それに、冒険者パーティーのリーダー、シュザもである。


 デレンはほとんど会話を交わすことはなかったが、その分よく他の者たちを観察していた。


 シュザは穏やかな物腰に騙されそうになるが、弟のアノンと同じ人種であるとすぐにわかった。


 つまり、世話好きで気配りがうまく、謀略を好む。


 彼らが動かないはずがない。


 ならば、自分にできることは、その時のために力を温存することだけだ。できれば、ドロアにも体力と気力を消費してほしくはない。


 なぜなら、彼女は回復士だからだ。

 治癒師には及ばないとはいえ、今後必ずその力が必要になる。


 デレンはそう考えていた。

 だが、その考えをうまく言葉にできなかった。


 代わりに、まったく別の言葉がスルスルと出てきた。



「お前は教院へ行け」

「は、何だよ。こんなときに」

「?」


 自分でも意図しない言葉が出たので、デレン自身驚いていた。


 こんな牢の中で何を言い出すのか、と呆れさえする。ドロアも同じ気持ちを表情に出している。


 しかし、そうかと気づく。

 自分は、ドロアに教院へ行ってほしかったのか、と。


 デレンは無口だったが、団の後輩たちを思う気持ちはアノンよりも強かった。



「……近頃、連盟では治癒師を育てようという動きがある。治癒の才がある者が教院へ行くための費用を援助し、その後連盟で働いてもらう、という動きだ」

「そうなのか?」


 ドロアは、それとなくそういった話を小耳に挟んだことはあるが、まさか本当にその計画が動いているとは知らなかった。


 デレンとアノンは、傭兵団連盟の中でも古参であり、事務的な決定に対して意見を出す立場だった。それゆえに知り得たことである。



「……同じ動きが、治癒師の間にもあるようだ。戦争に同行する『従軍治癒師』を、専門の分野にしてしまおうという動きだそうだ」

「知らなかった。……でも、それは軍や騎士団の関わっているものだろ?傭兵のアタシらが相手にしてもらえるとは思えないよ」

「傭兵も、兵には違いない。教院は区別をしない」


 ドロアは、困惑した表情になった。


 今まで、教院というのは高い壁となって立ちはだかっているように思えていた。


 しかし、今はその門戸が大きく開かれている。

 戸惑うのも無理はなかった。



「……あのダインという男」

「!」

「……以前、ハルクに倒された団長たちを治癒していた際に、手際が良かったので、誰かが理由を尋ねたところ、従軍経験があると話していた」

「そう、だったんだ……」

「その時に、言っていたのだ。『従軍治癒師は普通の治癒師とは別の訓練を受けるべきだ』と。……お前はまさに適任だろう。だから、教院へ行け」

「……」


 ドロアは唇を噛み締める。


 いけすかない男ではあったが、ダインも教院へ行くことを遠回しに勧めてきた。そういった理由があったからかもしれない。


 ドロアは、従軍治癒師が通常の治癒師とは異なる働きが求められるという点を誰よりも理解していた。戦闘の連携に治癒を組み込む、という戦い方を常としていたからだ。


 一番の問題である費用を、連盟が用立ててくれるというのなら。


 もう、教院へ行かない言い訳はできない。


 もし、自分がきちんと治癒師の資格を持っていたなら。

 今日のような状況にはならなかっただろうか。


 それはわからない。

 しかし、どんな結果でも、全力を尽くしたと胸を張って言えただろう。


 今の自分にはそれができない。


 ──ここから出られたなら。



「……わかった。そうする。教院に行くよ」

「ん」


 デレンはうなずいた。


 普段からは考えられないほど話したので、喉に痛みを感じるほどだった。しかし、ドロアの気分は幾分マシになったように思われる。彼女はもう、絶望していなかった。


 軽く咳き込んで喉に手を当てていると、そっと横から細い手が伸び、魔力が放出された。デレンの状況に気づいたドロアが、回復魔法を使ったのだ。


 喉の痛みが和らぐ。


 ドロアは、伸ばした手をそのまま自分の顔の前に持ってきた。


 それから、拳を握りしめる。


 鉄格子を叩くためではない。

 それは、覚悟を決めた拳だった。


 ここから出られたら、ヴィルカンを助けよう。

 そして、事態が終息したら教院へ入ろう。


 そう決意した。



 それから2人は無言のまま、牢で過ごした。

 その沈黙は、初めより心地の良いものだった。







***

(別視点)





 カラスがいた。


 雪の残る山腹にある、倒れかかった古びた小屋。


 まわりの木々に飲まれようかというそれを見下ろせる場所で、カラスが羽を休めていた。


 一羽ではない。

 数十羽のカラスがいた。


 数本の木を埋め尽くすように止まっている様子は異様だったが、やがてその黒い姿は夕闇に溶けていった。


 その群れの中心に、人間がいた。



「あー、さむ……。今日はここで一晩見張りか……」

「カァァ」

「ん?何で中に入らないのかって?……そりゃお前、俺にかかれば侵入は簡単だけどな。あいつらやたら慎重なんだよ。多分、入った瞬間気づかれるぜ。そうなったら、リーダーたちが危ないからな」

「カァ……」

「そうそう、構造もわからない建物に入って、ひとりで全員を助けるのは無理がある。わかってくれたか?」


 話が通じているのか、いないのか。


 ひとり難を逃れたハルクは、カラスを話し相手にして木の枝に腰掛け、山小屋を見張っていた。驚くほど馴染んでいる。


 北の保養地から、丘ひとつ越えた場所に襲撃者の住処があった。倒壊しそうな山小屋に見えるよう偽装されたうまやがあり、奪取された荷馬車と馬たちはそこへ隠されている。


 地下に本拠地があるらしく、山小屋の裏手の岩に隠された出入口があるようだった。


 かなりの人数が拠点にしている住処が、保養地にこんなにも近い場所に築かれていたとは。誰も思わないだろう。


 構成員の戦闘力、組織力からして、他国の軍が関与しているのは間違いない。そして、北の保養地にある『古樹の里』に住まう何者かが援助していることも明白だ。



「なんで街に助けを呼びに行かなかったかって?……俺1人の言葉では信じてもらえないだろ。それに、兵で囲んで下手に刺激すれば、捕まってるやつらが殺されるかもしれない。……自力で抜け出さないと、依頼が失敗扱いになるだろうしな」

「カ……」

「そう言うなって。人質を取られていると、いろいろ難しいんだよ。それに、そっとしておけばひとまず命は無事だ。……え、なんで無事だとわかるかって?」


 ハルクは収納鞄から干し肉を取り出して、かじりはじめた。



「死肉の匂いに敏感なお前らが、騒いでないからな」

「カァ」


 その通り、というようにカラスは鳴いた。


 カラスは知っているのだ。あの小屋の近くから度々死の匂いが漂うことを。だから、いつもこうして近くで見張っている。


 今日はそこにハルクが加わっている。



「だが、どうしたもんかな。殺すだけなら簡単だが、アウルもいるし、背後関係を知るためにも生かしておいたほうがいいんだろうなあ。そもそも、俺は人間と戦わないと決めてるし……。やっぱり、幻影魔法で撹乱させるのが一番か」

「カッ」

「お前もそう思うか。……そうだよな。幻影魔法こそが、俺の始まりで、すべてだ。使い所を考えないとな……」


 ハルクはぼんやりと闇に沈んだ山を見つめた。


 その顔には、やがて笑みが浮かぶ。



「……懐かしいな。ミドレシアに来る前、こうしてひとりでいろんな国を回って、お前らに道を教えてもらったりしたよな。ほんの12、いや10年前のことが懐かしいなんて、変なかんじだ」


 ハルクは、ほら、と干し肉のかけらを慣れた手つきで隣のカラスに分け与えた。


 山小屋の周囲に変化はない。


 付近で煮炊きの煙も上がっていないことから、内部で煙を処理する仕組みがあるのか、晶石を多用している可能性が高い。



「あいつら、腹を空かしてなきゃいいが。ま、どっかに食料隠してるだろ。アウルだって隠してるんだから」

「カァ〜……」

「心配じゃないのかって?……うーん、アウルが張り切りすぎないか心配だ。あいつは、役に立ちたくて仕方ないやつだからな」


 ハルクは空を見上げた。

 雲の切れ間に星がまたたいている。



「……嫌な気配だ。やっぱり戦いになるんだな」

「カカァ」

「そうだな、それが俺の役目だ。だとしても──」


 その表情はあまり明るくはない。

 夜空のような瞳の中で星が揺らいでいる。



「アウルが、苦しまなけばいいんだが」


 その小さな呟きに、カラスは返事をしなかった。




 こうして、各々が思案を巡らせる夜が更けていった。





***

次回、主人公視点に戻ります。




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