407話(別視点)失われた血2



(別視点)





 アキは呆然としたヴィルカンの様子に目を向けつつ、言葉を続けた。



「母親が盗賊に連れ去られたと言っていたな。そこに俺もいた。俺はまだ七歳ほどだったが、よく覚えている。お前の母親は……ディアフィーは、気丈な女だった」

「……そういえば、聞いたことがある。連れ去られた洞窟には子供も捕まってたって。それがアキだったのか」


 衝撃からどうにか立ち直り、アキの話が耳に入るようになる。しかし、まだ信じられない気持ちが強い。


 ヴィルカンは、アキをまじまじと見つめながら続きを聞いた。



「あの時代、盗賊は子供であろうと処刑か収監されるはずだった。事実、俺の氏族は滅んだ。……だが、俺だけは自由の身で生きている。それは、ディアフィーが騎士団に口添えしてくれたからに他ならない」


 アキは淡々と、出自を語った。


 アキの氏族は女性がいなくなり、存続の危機に陥った。周囲の他の氏族との婚姻を望もうにも、すべて騎士団によって粛清されてしまっていた。


 アキの母親は氏族で最後の女性だったが、アキを産んですぐに亡くなった。


 話し合いの結果、どこからか女性を連れてくることになった。この際、他の人種の血が入っても仕方ないとの判断だった。


 そこで連れて来られたのが、ヴィルカンの母親ディアフィーだ。


 彼女に食事を運ぶのが、アキに与えられた役目だった。


 以前、ヴィルカンの話の中に登場した『隼眼の男』というのは、ディアフィーやアキの身の回りの世話をしていた人物である。


 ディアフィーが逃げ出す決心をした時、世話役の男によって檻の鍵が開けられていた。そして、彼女に魔物除けの香と香炉を渡したのが、アキだ。

 

 ディアフィーがいなくなってしばらくのち、騎士団がやってきて盗賊たちは全員捕縛された。


 子供だったアキは略奪行為には参加しておらず、しかも当時は世話役の男の画策によって足に枷を嵌められていた。そして、騎士団に助けを求めた女性が「そこにいる子供だけは助けて欲しい」と懇願したと、後に聞かされた。


 こうした事情からアキは『盗賊』とはみなされず酌量され、自由の身となり養育院へ入ることになった。


 その後、路地裏でシュザと出会うことになる。


 


「──お前の話を聞いて、すぐにわかった。俺が今こうして生きているのは、お前の母親のおかげに他ならない。だから、恩を返しただけだ」


 アキは話をそう締めくくった。


 ヴィルカンは、じっと話をきいていたが、やがてポツリと言った。



「……アキは、母さんを恨んでないのか。氏族が滅んだ原因は母さんにあるだろ」

「『奪う者は奪われる』。盗賊に落ちた時点で、遅かれ早かれそうなっていた。むしろ俺が生きていることが奇跡だ」


 アキの声色は、嘘を言っているようには聞こえなかった。恨んでも仕方のないことであるのに、アキにはまったくその感情がないようだった。


 血縁者であるというのに、その精神構造は自分とは全く異なっている。


 ヴィルカンは、思い出したように呟いた。



「……じゃあ俺は、アキの弟ってことになるのか」

「俺の兄弟はシュザだけだ」


 アキは素早くそれを否定したので、ヴィルカンは目を丸くして、それから苦笑した。



「そうか……。妙にアキが気になったのは、そういう理由だったんだな」

「知らん」


 アキの返事は素っ気なかった。


 ヴィルカンは、何ともいえない気持ちになった。


 この感情が、喜びなのか、悲しみなのか、わからなくて持て余している。



「なあ、アキ」

「なんだ」

「抱き締めていいか」


 アキは返事をしなかった。


 ヴィルカンはそれを肯定と受け取り、ぎこちなくアキの首に腕を回した。アキは抱き締め返すようなことはしなかったが、拒否もしなかった。


 そして、ヴィルカンは気づいた。


 今まで、ふわふわと地に足がついていないような心地で生きてきた。どこにも所属していないような、そんな疎外感にも似た感覚だ。


 ヴィルカンは出自をあまり気にしてこなかった。少なくとも、自分ではそう思っていた。それに、『太陽の民』にとって重要なのは母方の血筋である。それは混血であっても同じだった。


 だが、心のどこかで父方のことを知りたい気持ちが、血を分けた同胞に会いたいという願いがあったのかもしれない。


 今、やっと地面を踏み締めている。

 彼はそう実感した。


 しばらくじっとしていたが、アキは鬱陶しいというようにヴィルカンを振り払った。それがなんともアキらしいとヴィルカンは思った。



「名乗り出るつもりはなかったんだろ。話してくれてありがとう」

「いずれ、話すことになると思っていた」

「そうか……。アキはすごいよ。俺、やっぱり下僕になったほうがいい気がしてきた」

「…………馬鹿め、血族を下僕にするやつがあるか」


 冷たいその声には、どこか情が滲んでいる。

 ヴィルカンは笑った。



「ここ出られるかな。そもそもどこかわからないが」

「そういう計略はシュザに任せておけ。あいつがこの状況を許すはずがない」

「大した信頼だな。兄弟だからか」

「そうだ」


 急にシュザが羨ましく思えた。

 さっきまでは、明日死ぬ命だと嘆いていたというのに。


 今は、生きる理由がいくつも増えた。



「休んでおけ、ヴィー」

「!」

「どうしても俺に恩を返したいのなら、ここから出て俺の作った料理を食え」

「うん!」


 それは恩返しにならないのではないか。

 そう考えたが、アキなりの親愛表現だと気づき、ヴィルカンはうれしそうに返事をした。



 こうして、数十年の時を経て、兄弟は獄中で再会したのだった。




***

次回、別視点続きます。

次で最後と思われます。




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