173話 終わりと始まり



 居間へ行くと、みんなが賑やかに食事をしていた。


 昨日までと変わらない風景。


 少し気まずい。みんなを置いて飛び出しちゃったし……。目が腫れてるし……。


 リーダーが俺たちに気づいて立ち上がり、俺の前に来た。かがみ込んで俺の顔を見る。


 そして口を開いて……何も言わなかった。


 俺の頭をポンとしただけ。


 顔を見ていろいろ察してくれたみたい。リーダーのそういう気配り、すごくありがたい。


 そのまま席に着いて、アキの料理に取り掛かった。


 ふかして潰した芋が豆や野菜と和えてあるやつ。それを雑穀の薄いパンにぎゅっと挟み、薄切りにした燻製肉をのせてパクッといく。


 おいしい!


 じゃがいもっぽいやつ、とてもほくほくしてる。ちょっとスパイシーなポテトサラダだな、これは。


 なんか、前よりかなり味がわかるようになってきた。前は「おいしい!」しかなかったけど、旨味とか出汁の味を見分けられるようになった気がする。


 これも、意識が統合されて、身体との結びつきが強くなったからかな。詳しいことは、まだ要検証な案件だな。


 順調に舌が育ってくれてる。


 これからもっと料理が楽しめるぞ。うれしい。


 食事が終わってからリーダーに呼ばれる。



「これを君に渡そうと思ってね。これから寒くなるから」


 そう言って手渡されたのは……外套!


 俺の猪くんの革だ。渡したような渡してないような……ご主人が渡したのかな。立派になってかえってきた!


 フードのふちに毛皮がついてる。前のはポンチョみたいだったけど、これは袖があるからコートっぽい。裏地に羊毛か何かのもこもこな生地がついてる。


 促されて袖を通してみる。


 めちゃくちゃあったかい。首下がもこもこしてていいぞ。


 これで冬を乗り切れる!革一枚だったのに、ずいぶんいろいろくっついて返ってきたな。


 俺はうれしくて、たくさんクルクルしてリーダーにありがとう代わりにギューってしておいた。


 ポッケがあるから、そこにポメを入れておけるな。ほら、どうだ。いいだろ?うん、ポメも居心地よさそうだ。


 喜ぶ俺を見て、リーダーは満足そうな顔をした。



「オレからも。ほら」


 ノーヴェがポーチを俺に手渡した。


 おお、これはもしや……収納ポーチですか!それとふかふかな靴も!


 約束してたやつ、小さくて目立たなくていいかんじだ!今まで使ってたポーチと変わらない見た目だし、とてもいい。


 靴も、少し大きいサイズだけど、分厚い靴下を履いたらちょうど良くなりそう。底はギザギザが彫ってあって、雪道でも滑らないやつだ。やっぱり、このあたり雪降るのかな。


 うれしい。俺は手加減無しのギューをノーヴェにお見舞いした。


 冬装備、完璧じゃないか?


 そう思っていたら。


 ダインが収納鞄から布団のようなものを取り出して俺にぽいっと渡した。


 本当に布団だった。


 ……渡されても前が見えんのだが。


 めっちゃ軽いぞ、羽毛布団か?嘘だろ、そんなお姫さまみたいな……。


 たしかに、朝晩冷えてきてたから今の毛布ではこの先少し厳しいかも、って思ってたけど。


 こんなふかふかの布団に慣れたら、もう石床で寝られなくなるじゃん。ダインめ、俺を贅沢にしてどうする気だ。ありがとうよ!


 なんだよ、みんな打ち合わせたみたいに俺にいろいろくれるじゃん。これじゃあほんとうに誕生日だ。


 あ。まさか……。


 今日はあの女の処刑があって俺が落ち込むだろうから、あらかじめこうして元気付けるって決めてた?


 うわあ…………。


 俺は長椅子に置いた羽毛布団に顔を埋めた。


 はずかしい。


 あったかい…………。



「……おい、寝るな。俺がまだ渡してない」


 アキに叩き起こされた。


 アキは、起きた俺に小さめの晶石コンロと鍋のセットを渡した。一体化してて、携帯に便利なやつ。



「お前は先の依頼で、よく料理番を務めた。褒美だ」


 俺の、俺専用のコンロ!うれしい。どこでも料理が可能ってわけだ。冒険者として完璧すぎる。


 俺は控えめにアキにもギューってした。


 アキはすこし戸惑っていたけど、背中をぽん……としてくれた。



「ほら、こっち向け」


 最後にご主人に呼ばれる。


 頭にすぽっと帽子を乗せられた。

 耳当て付きのあったかいやつ。



「うん、あったかそうだ」


 ご主人は笑顔になった。


 あったかい。すごくあったかい。俺はまたちょっと目から何かしら出そうだったけど、ぐっとこらえて突進するみたいにご主人をギューーっとした。


 完成しちゃったな、冬装備。


 はやく冬来ないかな!これ着て出かけたい!


 はしゃぐ俺を、みんなが暖かく見ていた。かなりむずむずするけど、今日はそれがうれしい。


 俺のことを気にかけてくれる人たちがいるって、こんなにも幸せなことなんだな。


 過去の悲しみは消えたわけじゃない。


 これからも、ふとした瞬間に嫌なことを思い出すだろうし、怖い夢も見るだろう。


 でも俺は、確かに通過した。

 これで立ち止まらず進んでいける。


 俺は立派な奴隷に、冒険者に、そして大人になるんだ。


 俺はあたたかい冬装備に包まれながら、これからを思って少し笑顔になった。


 今日は、何かが終わって、始まった。


 明日はどんな日になるだろう。





***

次回、別視点。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る